第11章(2)
キトの固定ウォッチと視界を繋ぐ。
彼は馬車に揺られてどこかに向かっていた。
市街地の中。水路にかかった橋を渡り、丘の上に進む。
大きな家が建ち並ぶ区画に馬車を走らせる。
突き当たりの大きな屋敷の前で止まり、彼は馬車を下りた。
城で会議をしているのではないのか。
ロナルドはいない。教会関係者もいない。キトは単独で屋敷に向かい、そこの主人らしき人間と会う。
応接間に誘われ、豪華なソファに座る。
俺はウォッチに音声も送るように言った。
「お待ちしておりました、キトライドさま」
彼は両手を擦り合わせながら、キトに媚びた挨拶をしている。
ずっと前からキトに面会希望を出していたのが、やっと通ったらしいことが、話の流れでわかる。
「ロナルドじゃダメな話だった?」
「はい。是非ともキトライドさまに直接聞いていただきたく……」
「わかったよ。忙しいから、手短に」
キトはそう命じたのに、男の話は長かった。
しかも、要領を得ない。
聞いていてもなかなか要求が見えてこないのだが、大体このようなことを言っていた。
神託の話は聞いている。協力する準備はできているし、実際にすでにいくらか物資や便宜の提供はした。代表団に加えてもらいたかったが、要望が通らなかった。とりあえずは承諾したが、やっぱり不満である。
「キトライドさまも、評議員の方も、フォレスティアにとっての公益を優先しているのはわかります。しかし、不安に感じている一部のものの声を無下になさるのは、よろしくありませんよ」
「…………」
「私は顔が広いし、財力もあります。多方面にくすぶっている不安の種を潰しておくこともできますよ」
キトはひどく顔を歪めて、しばらく考え込んでいた。
「……そんで、なにが欲しいの?」
「いいえ、そんな、滅相もない。何かが欲しいなんて」
ただ……と男は口ごもり、キトの顔色を伺いながら続ける。
「巫女の席がまだ空いていると伺っております。そこにぜひ、私の娘をと思いまして……」
「は? あんたの娘って、まだ十歳そこらだろ?」
「はい。しかし、しっかりした子です。神事をこなすこともできますし、なにより本人のたっての希望で……」
まだ巫女の件が揉めていたのか。
俺の中ですでに終わったことだったので、驚いた。
「いや、無理無理。せめて年齢は守ってくんないと」
キトはそう断ったが、男はぐずぐずと言い訳を続け、なかなか引き下がらない。
時間だけが無為に過ぎていく。
「他でなにか埋め合わせをするから、巫女は諦めてよ」
キトはそう断じて話を終わらせた。
そして面会が終わり、馬車に戻り、次の目的地に向かう。
この区画の別の屋敷に停まると、似たような風体の男と話を始める。
驚くべきことに、似たような話が始まった。
俺は辟易として、ウォッチの映像を切ってしまった。
「どうしましたハーベストさま」
「いや、確かに俺が行く必要のない会議のようだ」
「しかしハーベストさま。どこかで重要な話がなされるかもしれません」
監視というのは、地道な仕事ですよ! とナビは快活に言う。
「俺に監視の仕事は合わないようだ」
それならまだ、何か別のことをしている方がいい。
怒られるかもしれないが、俺は階段を下り、聖堂の礼拝室に向かう。
この聖堂に人はほとんどいない。なぜかわからないが、いつも扉は閉ざされて薄暗い。
俺がいるから、人払いされているのだろうか。
しかしひとりだけ、一番前の長椅子で祈りを捧げている者がいた。
赤毛のショートヘア。エリスだ。
『あんたはなにも言わない方がいい。俺以外の人間と話すな』
キトに言われていたことを思い出す。
しかし、それは無理というものだ。
ずっと部屋にいるわけにもいかないし、キトがいないときに用事が発生したらどうする。
キトは俺のそばに常駐してくれないだろう?
やはり窓口は必要だ。
巫女の件が揉めているなら、早くエリスで決定してほしい。
俺はゆっくりと彼女のほうに足を向ける。
「エリス」
声をかけると、彼女は大きく肩を跳ねさせた。
「は、ハーベストさま!」
立ち上がり、慌てて数歩下がる。
なぜか怯えたような顔をしている。
「申し訳ない。驚かせてしまったか?」
「い、いいえ。そんなことはありません」
彼女は手櫛で髪を整え、すこし乱れたローブの裾を直す。
「…………」
「………………」
声をかけてみたものの、何を話せばよいかわからない。
彼女も同じような表情をしていた。
気まずそうにうつむき、視線を逸らしている。
俺は色々考えた結果、口を開いた。
「先日は申し訳なかった。その、足鎧を磨かせたりして」
拭くだけでよいと言い忘れたから、彼女は時間をかけて磨いてしまった。そのせいでキトにきついことを言われた。
「俺の相手をするのは大変だろう。負担に思うなら、巫女なんて断ってくれてもいいんだが……」
「いいえ、そんな、負担だなんて、滅相もございません!」
彼女は即座に声をあげる。
思いの外強い口調だったので、俺はすこし驚いた。
「お願いします。巫女候補から、外さないでください」
必死な視線に突き刺される。
外すもなにも、俺としてはエリスに巫女になってもらいたい。前もそう伝えたはずだが……。
困惑していると、エリスは泣きそうな顔をして言った。
「申し訳ございません。キトライドさまに、ハーベストさまには不用意に近付くなと命じられていますのに」
「キトに?」
俺は怪訝な声を上げてしまった。
「どうしてキトにそんなことを言われるんだ」
「ええと。私が、ハーベストさまを困らせてしまうからだと」
困らせる?
別に困ってなどいない。
というかここのところ、誰にも構ってもらえなくて困っていた。
キトがいないから部屋から出られないし、帰るなとも誰とも話すなとも言われるし。
俺はため息をつく。
「むしろキトに困らされている。俺はもう少し、フォレスティアの民のことも知りたい。しかしうまく話せないから、誰かに窓口をしてもらわないと困るんだ」
そうぼやくと、エリスは目を見開き、口元を押さえる。
「キトは俺をなんだと思っているんだ。頼りないかもしれないが、なにもできない子供じゃないんだ……」
「…………」
エリスはわずかに、息を漏らした。
それは思わず噴き出した息だったようで、取り繕うように咳き込んでいる。
「も、申し訳、ございません……」
声が震えている。
笑いをこらえているようだ。
緊張が解けたらしいことを察して、俺は嬉しくなった。
「君さえよければだが、話し相手になってくれないか」
そう提案すると、彼女は目を輝かせる。
「もちろんです……!」
その顔は、嫌々付き合わされている感じではない。
俺はエリスが座っていた場所からすこし離れた位置に座り、彼女にも座るように促す。
ぎこちない動作で、彼女は席に着いた。俺が促した位置ではなく、すぐ近くに腰を下ろしたことにすこし違和感を覚えたが、まあいいかと思った。
「ハーベストさまがご滞在なさっているので、フォレスティアの民はみんな沸き立っております」
「そうなのか。全然わからないが……」
「いまは聖堂を閉じていますが、はじめの頃はたくさんの信徒が押し掛けておりました。いつも行列ができていて……応対が大変でした」
「それは申し訳ないことをした」
「いいえ。我々の不手際です。お騒がせして、申し訳ございません」
俺が気付かないところで、エリスたちは色々手を尽くしてくれていたようだ。
俺が静かに過ごせるように、配慮してくれていた。
「本当は、聖堂のものたちはみんな、ハーベストさまに尽くしたいのですよ。料理人も、仕立て人も、音楽家も……ハーベストさまをおもてなししたいのですが、キトライドさまに禁止されています」
「それはありがたいが、あまりみんなに負担をかけるのは望んでいない」
「負担だなんて。ハーベストさまにおもてなしができたら、一生の名誉です」
みんな残念がっています、とエリスは言った。
しかしその点については、キトの配慮をありがたいと思ってしまった。
毎日そのような接待を受けていたら、目が回ってしまう。
その後もエリスは色々な話をしてくれた。
その中で特に印象に残った話がひとつあった。
きっかけは俺が、父親の話を振ってみたことだった。
「父が無理矢理私に仕事を命じたりというのはありません」
エリスは微笑みながら、俺の懸念を否定した。
「父は私のことをとても大事にしてくれています。だから巫女へ推薦してくれたんです」
巫女というのは本当に人気職のようだ。
先ほどのキトの監視でもそれは伺えたのだが、エリスはいかにこの職が奪い合いの惨状になっているかを語った。
「本来の巫女というのは、そこまで人気ではなかったんです。若い時期に嫁ぐことができず、良縁を逃してしまう不安から、敬遠されることが多かったんです」
それは納得しやすい理由だった。
しかし、なぜそれが人気職に変わったのだろう。
俺の疑問にエリスはこう答えた。
「人気に火が付いたのは、元々の巫女さまだったエレンさまが、キトライドさまとご結婚なさったことにあります」
キトとエレンの結婚。
それは当人同士の契約に留まる話ではなかった。
神の妻という名目上の役割だった巫女が、実際に神の代理人である聖人と結婚し、妻となった。
巫女というのは、良縁を逃す話ではない。
良縁を引き寄せる話であると、国民の理解が変わったのだという。
「さらに人気が決定的になったのは、エレンさまがご懐妊されてからです」
「ご懐妊?」
「ええ。エレンさまは今、お腹に聖なる御子を宿しておられます」
「聖なる御子?」
なんだそれは。聞いていないぞ。
「ええと、それは、キトとエレンの子供がいるということか?」
「はい、そうです」
人間は好きな者同士が契約して家族になると、やがて新しい家族が増えることがあると聞いたことがある。
それは、人間に限った話ではない。生命体が生命体である証拠として持つ仕組みである。
限りある命を持つものが、生きた軌跡を残そうとして、自分の分身を作り上げるという仕組み。
基本的には喜ばしいことであり、祝うべきことと認識しているのだが……。
「最近エレンと会っていない。彼女は元気だろうか」
「はい、エレンさまはお元気ですよ。キトライドさまが絶対に家から出るなと仰られていて、不満を溜めていらっしゃるそうですが」
どこかで聞いた話だな。
しかし、わからなくもない。
子供を生むというのは、とても大変なことらしい。
命を宿している間、体は不安定になり、無理も利かなくなる。
だから多くの社会では、子を宿した者を家の中で守ろうとしてきたのだと理解している。
このフォレスティアはコンフィズリーよりも厳格な文化を持っていそうだから、その傾向は強いだろう。
「子供の話は初めて聞いた。みんな知っていることなのか」
「もちろんですよ。ウィディア都民で知らない者はいませんよ」
俺はすこし寂しい気持ちになる。
どうしてそんな大事なこと、俺には黙っていたのか。
俺だって、ふたりにおめでとうくらい言ってやりたいのに。
「ご懐妊がわかった際には、国をあげての祝賀行事が行われました。ウィディアでは大変豪華なパレードが……」
その後の話は、なぜか頭に入ってこなかった。
夕刻近くになり、エリスはキトに叱られるからと言って話を切り上げた。
「また、お話をさせていただきに、参上してもよいでしょうか」
「ああ。よろしく頼む」
彼女は瞳を輝かせてから、深々と礼をし、礼拝堂を去っていった。
静まり返った聖堂で、俺はぽつりと呟く。
「キトは俺を嫌っているのだろうか」
言わなかっただけ? それとも、あえて黙っていた?
「子供のことを、俺に知られたくなかったんだろうか」
独り言のつもりだったが、ナビが快活な声をあげる。
「キトライドの過去発言から、彼がその判断に至った理由を推定します」
妙な振動音を発生させながら、彼女はしばらく目を光らせていた。
やがてチン、と軽快な音を立ててから、口を開いた。
「キトライドはハーベストさまを『ひどい試練を持ってくるやつ』だと考えている可能性があります」
直球すぎる正論。
ダメージを受けている俺に構わず、ナビは続けた。
「ハーベストさまは以前、エレンに試練を与えました。キトライドはあのことをまだ根に持っています」
「エレンに試練?」
何のことだろうか。俺が思い出そうとする前に、ナビがあっさりと答える。
「瀕死のキトライドに、怪しげな飴を食べさせるよう命じました。キトライドは血を吐きました」
「…………」
「あの出来事は、エレンとキトライドに多大なプレッシャーを与えました」
そうだ。
その通りだ。
どうして俺は、そのことを忘れてしまっていたのか。
キトと親しくなれたようなつもりでいたが……俺はもともとそういう存在であり、これからもそうだ。
俺がニースの要求を拒むことができない限りは、永遠にその状態が続く。
「…………」
俯いて、頭を抱える。
そんな俺に、ナビは淡々と提案をする。
「対応が不服であれば、キトライドに改善要求をしましょう」
「いや、いいよ。キトの対応は当然だ……」
「そうでしょうか。いささか度が過ぎている気もします」
「…………」
度は過ぎていない。
少なくとも、エレンと子供を俺から遠ざけたことについては、間違っていない。
キトにとって一番大切なのは家族だ。
家族を巻き込まないために、俺から距離をとらせるのは当然だ。
『あんたが口を開く度に、人生を狂わされるやつがいるの、わかってないでしょ』
キトの言葉の重みを、今更ながら実感する。
俺はどこか他人事だったのではないか。
俺が何気なく言ったことで、深く傷ついている人がいる。
俺は自分の存在を、もう少し客観的に捉えなければならない。
それができるようになるまでは、キトが俺を隔離することに文句は言えない。




