第1章(2)
樹上、というのが再構成体のすみかだと聞いていた。
来いと言われた『新樹庁』というのもそこにあるのだろう。
トカゲはまっすぐに、それを目指していた。
山を飲み込むようにして、幹をまっすぐ天に伸ばしている大樹。
太陽を遮って、ベルフォートに大きな影を落としているそれを、俺は今まで気にしないようにしてきた。
明らかに、異様だったからだ。
あまりにも大きな樹。
枝葉はキラキラと光り輝き、色とりどりの実が成っているのが見える。
この立派な樹は、いったいどのくらいの養分を吸って成長したのだろう。
日を遮られたベルフォートは農作物が不作となり、多大な迷惑を被っていると聞いている。
それなのに、樹上のやつらは謝るどころかなけなしの作物を献上するよう命じているらしい。
その事実だけで、関り合いになりたくない連中だと思っていた。
巨大な樹は、近付いてみたら案外隙間だらけの構造をしている。
ひとつの樹というより、たくさんの樹が密集して生えているような状態なのか。
成長の際に取り込んだらしい山の中腹に、広い平地と建物群が見える。
トカゲはその建物群の中にある、大きく丸が描かれた広場に着陸をした。
なかなか絵になる場所だな。
俺は目の前に広がる景色に少し心を動かされた。
一面に広がる緑色。一様な緑ではない。鮮やかなものから深いものまで。多種多様な植物が根差しているんだろう。
樹の成長に取り込まれたような古い建物がある。そこに増築を重ねたのか、真新しい白の建築が幾重にも重なっている。
人間の街では見ない形の建物だ。
周りをぐるりと見渡すが、霧がかかって遠くまでは見えない。比較的近傍には、樹の間を縫うように段々と平地が広がっていて、同じような建築がいくつか見られた。
「いつまで乗ってるの」
つい見入っていると、足元から落ち着いた声が聞こえた。
「はやく降りてよ」
「すまない」
レムのようなこなれた急かしかただったので、反射的に従ってしまう。
自分の背丈くらいの高さから地面に降り立つと、そばにひとりの少年が立っていた。
俺は思わず、あ、と声を出す。
すこし癖のある赤毛。血色の良くない顔と、鋭い金色の瞳。
以前美術館で見かけた少年に似ていた。
「なに?」
「いや……なんでもない」
人間の顔を覚えるのは得意でない。
似ているだけの別人かもしれない。
彼はまるで興味のなさそうな顔でこちらを見ていたから、俺はそう判断した。
「新樹庁、というところに呼ばれたんだが……」
「知ってるよ。案内しろと言われてる」
ああ、そうなんだ。
俺はホッとして、彼の誘導に従う。
何人かの人間が駆け寄ってきて、俺のトカゲを着地点から移動させている。
次のトカゲが来るらしい。
足早に円から出ようとする赤毛の後ろをついていく。
「再構成体のすみかだと思っていたんだが」
案外人間が多いんだな、と感想を漏らす。
「あいつらは生活能力がないからね」
淡々と答えが帰ってきたので、違和感を覚えた。
「君は再構成体が怖くはないのか」
無害に振る舞おうとする俺でさえ、大抵の人間たちは腫れ物を扱うように接してくるのに。
彼らの拠点で、あいつら呼ばわりするなんて、随分胆力のある子供だなと感想を持つ。
「怖がったって、得にはならないからね」
フンと鼻を鳴らす少年。
今までに話したことがないタイプだ。
珍しいやつだと思った。
「君、名前は何という」
「……ライズ」
背を向けていたが、何とか聞き取れた。
俺はふと思い付いた言葉を述べてみる。
「ライズ。俺と友達にならないか」
「……えっ」
どうやら、虚をついたらしい。
振り返った彼の顔は、何と言ったらよいかわからないほどに複雑そうに歪んでいた。
先に名乗らなかったのがよくなかったかな。
「俺はハーベストというんだ」
「…………」
再び背を向けたライズは、急に応答が悪くなる。
人間というのは難しい。
種族が違う俺たちが、友達というのはやはり無理なのか。
特に拘りがあったわけじゃない。名前と顔を覚えて、また楽しく会話したいと思ったから、そう言ってみただけだ。
伝えたことはないが、レムとロミとはすでに友達であると俺は思っていた。もし伝えたら、彼らもライズのように微妙な顔をするのだろうか。
樹と一体化した建物の一部に、背の高い四本の柱に囲まれている場所がある。
そこにライズは歩を進め、中央に立つよう俺を誘導した。
雲の模様が描いてある、大理石の床。円形に切り出されたそれは、おそらく真上にある天井の穴にすっぽりと収まるサイズだ。
「この上が、新樹庁だよ」
ライズは段の下に降り、真上に視線を向ける。
「頑張ってね」
「ああ、ありがとう」
再びこちらを見た彼は、薄く笑みを浮かべていたから、俺も笑った。
――別に、嫌じゃないんだな。
床が重たい音を出し、ゆっくりと浮上を始める。
遠ざかるライズの姿を眺めながら、用事が終わったらまた会いに行こうと考えた。
そもそも友達になるというのは、許諾の言葉をもらえばよいものではない。
俺が忘れずにいられて、また会ってもらえたなら、それはもう友達ということでよいだろう。
天井の穴に吸い込まれていく丸い床。
階上の床にピタリとはまった雲の絵は、周りと調和し見事な青空を描いている。
雲の上のような室内には、樹の幹だか枝だかわからないものが柱のように立ち上がっている。
使用人らしき制服を着た人間が左右で頭を下げている。
その先にアーチ状に開いた入り口があった。
白い絨毯に沿って、そちらのほうへ足を向ける。
広い部屋だった。全面が大理石でできた冷たい印象の部屋。先ほどと同様に樹の一部が部屋を侵食している。
奥には階段があり、その上に背もたれが長い椅子がひとつある。
そこにひとりの女が座っていた。
「ようこそ、ハーベスト」
よく通る、綺麗な声だ。
見上げて、まじまじと見つめる。
尖った耳をしているので、明らかに再構成体だったが、ずいぶん奇妙な出で立ちをした個体だった。
淡いグリーンの髪に、いくらか黒髪の束が混じっている。青銀の瞳は、今までに見たことがないほど見映えがするものだった。
「なんの御用でしょう」
俺はできるだけ、平坦な声で尋ねた。
「あなたは近日生まれたばかりだと聞きました。私のことをご存知ですか?」
ズレた対応をしてしまったのだろうか。女はクスクス笑いながら問い返してくる。
「申し訳ないんだが、あまり知らなくて」
俺がそう返したとき、視界の端で何かと目があった気がした。
視線を向けると、女の真横に妙なオブジェが見える。
身長ほどの高さに、鳥籠がぶら下がっていた。
その中には変な形の物体が入っていて……。
「私はニースと申します。いま現在、この新樹庁の長の席に座らせていただいております」
「…………」
「新樹庁は今のところ、再構成体を統べる組織となっております。あなたがご存知なくとも、そういうことになっています」
柔らかい言葉ではあった。
しかし、その背後にある圧をしっかりと感じることができた。
「多くを説明しなくとも、ご理解いただけるとありがたいです」
「ああ……わかりました」
満足そうに微笑む女。
俺は鳥籠のほうを見た。
そこには耳の尖った男の頭がある。
首から上だけの、再構成体の頭。
目蓋をわずかに動かして、俺のほうを眺めている。
この組織では、まともなことは起きていないらしい。
自分を幸福だと思ったことはあまりないが、少なくとも、手足があるうちはまだマシだと思った。
「あなたには、仕事をしてもらいたいと思っています」
ニースは値踏みするような目で俺を見る。
「いま進めているプロジェクトの主役として、あなたを起用したいんです」
「はあ……」
我ながら、気の抜けた返事だ。しかし他にどう反応しろと言うのか。
生首の目蓋がたまに痙攣するのを眺めながら、俺は一応尋ねることにする。
「どうして、俺なんですか」
再構成体の人材が不足しているのか。
俺みたいなのを捕まえてきて、わざわざやらせなくてもいいだろうに。
ニースはクスクス笑いながら、サイドテーブルにある薄紙を持ち上げる。
「ずいぶん人間に好かれたものですね。あなたは目覚めて間もないんでしょう? よい素材と思いました」
俺が載っている新聞だ。美術館を破壊した再構成体も持っていた。ご丁寧に、その部分だけ切り抜いて回してくれているらしい。
「あなた、写真よりもずっと見映えが良いですね」
「見映え?」
「造形が良いです。いかにも人間が好きそうな顔」
ああ、そういうことか。
レムが主張していたようなことを言っているらしい。
「再構成体では、普通なんじゃないですか」
「そんなことはありませんよ。あなたは特別に良いです」
「…………」
それがなんの役に立つのか。
怪訝な顔をしていると、ニースは紙を伏せて、謎めいた微笑みを見せた。
「あなたが使い物になるか、試してみたいんです」
――私の言った通りに、行動できますか?
静かな声。首筋に、冷気が走るような感覚があった。
なにをするのか、先に教えてくれるわけもない。
断れるわけもなく、「はい」とだけ答える。
ニースは満足そうに微笑み、そばにあったベルを鳴らす。
音もなく入ってきた使用人たちに向けて、短く命令した。
「そいつを飾り付けなさい。前話していた通りに」
数人に引きずられて、俺は別室に移動させられた。
たどり着いたのは、服がたくさんある部屋だった。
また別の人間がいて、くるくる回されながら採寸をされる。
どうやら、服を仕立ててくれるらしい。
人間たちは必死な顔をしていた。
俺の絵を手伝ってくれる人間たちよりも、険しい顔つき。
あの女の下で働いていたら、こんな顔にもなるよな。
なんだか可哀想になってくる。
「良いですね。及第点です」
再び帰された謁見の間で、ニースは目を細めて俺を見た。
金と銀の糸で刺繍された上衣に、ゆったりとした紺色の下衣。銀色の足鎧をつけられて、ずいぶん派手になっている。
「なんですか。この格好。戦争でも行くんですか」
儀式的な風にも、戦闘用にも見える、中途半端なデザインだ。
皮肉のつもりで言ったのに、ニースは意味深にクスリと笑う。
「そうですね。戦争かもしれませんね」
次に彼女は、奥に控えていた使用人を手招きした。
俺のそばに、トレーを持った人間が恭しく跪く。
トレーには、二つのいびつな球体が載っている。
「それを持って、とある場所に行って欲しいんです」
それは、手のひらくらいの大きさだった。
いびつなのに、二つは驚くほど同じ形をしている。
何かをモチーフにしているのかな。
持ち上げてみると、思ったより重い。触れるとわずかに温かく、微かに脈打つ気がした。
表面はカサカサしていて、気味の悪いマーブル模様が浮かんでいる。
「どこでも良いので、ひとつを海に落としてください。そのあと、もうひとつも海に落としてください」
「ふたつとも、海に落とすんですか」
「ええ。そうです」
不思議な依頼だ。
思ったよりも簡単そうで、拍子抜けしてしまう。
「やってくれますか」
「はい。やります」
「よい返事です」
初めて褒められた。
なんだか悪くない気分になりながら、続く説明を受ける。
その場所というのが、ひどく変わった場所にあるらしい。
「案内は、ゼノという部下にやらせます」
ポートに行きなさいと言われる。ポートというのは、先ほどトカゲが着陸した場所のことらしい。
「では、行ってきます」
俺は頭を下げてから、謁見の間を後にした。
ポートに向かうと、二匹のトカゲが我が物顔で着陸地点を占拠しているのが見えた。
大きいほうのトカゲの後頭部に、見覚えのある顔がある。
金色の髪の再構成体。俺の美術館を壊したやつだ。
若干の恨みの念を込めてそいつを見る。
少しの間があいて、ようやく気付いたらしい。
髪を後ろに撫で付けて、「ようやく来たか」と言った。
「もしかして、あんたがゼノ?」
「そうだ。ゼノさんって呼びな」
軽やかにトカゲから降りたって、俺の前に並ぶ。
俺と似たような格好をしている。刺繍入りの上等な上衣と、部分的につけられた鎧。
空色の瞳は俺のものと同じくらい透き通っていたが、こいつが人間に好かれたりはしないだろうなとなんとなく思う。
「いまから向かうのは、世界の裏側だ」
「世界の裏側?」
短いため息を漏らす。馬鹿にするような態度だった。
どうも、この個体は説明するのが苦手らしい。
行けばわかるなどと雑に話を終わらせて、続いて離れた位置にいるトカゲを指差した。
「あれは飛龍種という。系列名はフライトだ。お前に貸してやる乗り物だよ」
名前を呼ばれたトカゲは、こちらを見て少しだけ目を細める。
なんだか愛嬌のある顔に見えた。
「そいつはまだ量産型じゃない。ある程度自分の意思で動くから、お前みたいな初心者には丁度いいんだってよ」
そんで、と話を切って、腰の鞄を開けて何かを掴んで持ち上げる。
「これもお前に貸してやるってよ」
ぽんと放られたので、あわてて受け止めた。
なんだこれ。
それは両手のひらを広げたくらいの大きさのヒト型のもので、頭に大きな鈴の飾りがついた、ピンク頭の可愛らしい少女の人形だった。
「何に使うんだ?」
「首の後ろに起動ボタンがある」
体を反転させて、髪の毛を掻き分けると確かに何か模様があるのが見えた。
試しに指で押してみると、首筋に光が走り、体がびくと震える。
「はえ? おはようございましゅ! ご主人さま!」
寝ぼけていたようだが、条件反射のように声をあげて、俺の手からふわりと飛び上がる。
ヒラヒラと衣装を靡かせて、その人形は俺の目の前の空中に停止し、ビシと敬礼をした。
「妖精種ナビ・アルファです! お役に立てるように頑張りますので、よろしくお願いします!」
キラキラした大きな赤い瞳で俺をまっすぐ見る。
指示待ちの目。絵を手伝ってくれる人間と同じものだ。
そういう視線にはだいぶ慣れてきていたものの、今回の仕事は絵ではない。
期待通りにやれるか自信はなく、俺は表情を固めてしまった。
「じゃあ、行くぞ」
「え。もう?」
なにも説明を受けていないが、いいのだろうか。
ゼノは颯爽と飛龍に飛び乗り、早くも手綱を引いている。
「遅れるなよ。任務を失敗したら、お前は廃棄だからな」
「廃棄?」
「役立たずは廃棄。使えるやつは褒美。それが我らが女帝のやり方さ」
刺激的だろ、と笑うゼノ。
少し引っ掛かったものの、疑問を抱いている暇はないらしい。
あっという間に飛び立つゼノの飛龍。巻き起こされる風圧に耐えながら、俺の飛龍の手綱を掴む。なんとかよじ登り、座席に収まる。
「えっとえっと、フライト・ベータとリンクします!」
まごつきながらも、ナビとかいう人形が甲高い声をあげて、飛龍の頭に取りついた。
「フライト・ガンマを追跡し、世界の裏側に向かいます」
ナビを中心に、桃色の光が飛龍の首筋に刻まれる。
バサッと翼が開かれ、地を蹴りあげる。
あっという間に空へと飛び上がった飛龍は、大きく旋回しスピードを増してから、うねる木々をすり抜けて、樹の内部にスルスルと入り込んでいく。
よくぶつからないもんだ。
感心している間に、辺りが黄金色の光に包まれていく。
一体俺はどこに向かっているんだ?
気が付くと、俺のフライトは奇妙な空間を飛んでいた。




