第8章(1)
新樹庁のポートに降り立つと、ゼノがすでにその場に待っていた。
「よお、新人。順調そうじゃないか」
「ありがとうございます……」
ナビを回収しにきたのか、と思って差し出そうとしたが、彼はそれを手で制して口を開く。
「業務連絡に来ただけだ。これからの勤務体制に関してだ」
ゼノは相変わらず一方的に話を進めていく。
「ニースさまへの報告は、最低限でいい。あの方は基本的に、お前に構っていられるほど暇じゃない」
今までは新人だから特別待遇だったんだ、感謝しろと語られて、気分が悪くなった。
「保管庫にあるくず錬石と、試作品の飴は自由に持っていけばいい。大きな失敗がない限りは……」
ギロリと睨まれる。使い道は当然、仕事に関係するものだけだぞ、と目だけで語っているようだった。
俺は頷いた。
「飴は旧樹院が開発している。欲しいときはバルマーに許可をとれ」
以上だ、と言ってゼノは踵を返した。
俺はしばらく呆然としていたが、これは裁量が増えたということだな、と思い至る。
報告は最低限、のくだりが曖昧でよくわからなかったが、ナビに聞けばいいか。
「ナビ。要するに今回は、報告はいらないってことか」
「はい。支配構造の確立は順調に進んでいます。次の目標はキトライドが勝手に立てていますが、ひとまず大きな乖離はないでしょう」
ハーベストさまがやるべき業務は次のふたつです。ナビはそう語り、淡々と続ける。
「ひとつめは、部下の業務管理。キトライドが進める業務の方向性、つまりは目的と手段の妥当性評価です。
約束の通り、一日一回、昼すぎにウォッチを使用し報告を受けてください」
肩にわずかな重みがある。ウォッチの定位置はいつの間にかそこになっていた。
「ふたつめは、リソースの安定供給。キトライドに適当なリソースを適当なタイミングで供給してください。飴とくず錬石は自由に持ち出せますが、他のものを持ち出す際は上位確認が必要です」
飴以外をやりたいときは、ゼノに相談しないといけないのか。
ひとまず飴さえあればいいから、しばらくは自由に進められそうだ。
俺はホッとした。
昼過ぎという時間の感覚がわからないので、俺は美術館に戻ることにした。
「お帰りなさい、ハーベストさま」
事務所に行くとレムに歓迎される。
重苦しい装備を外し、普段のラフな作業着に着替えながら、その件について相談する。
「毎日、昼過ぎをお知らせ……ですか?」
「ああ。日が最も高く上るタイミングは、いつ頃だろうか」
「二時くらいでしょう。それでは、毎日お昼の二時に、ハーベストさまにご一報入れますね」
「頼む」
いまの時間を問うと、丁度そのくらいだった。
外に出てウォッチと視覚をリンクすると、相変わらず街の復興に勤しんでいるらしいキトの姿が見えた。
休憩時間に入ったのか、水や軽食が配られている。
彼は水だけ受け取って、軽食は辞退する素振りを見せていた。
……すこし違和感を覚えた。
軍服のひとりが、彼に近づきなにかを言っている。
「音声を繋いでくれないか」
ウォッチに言うと、すぐに声が聞こえるようになる。
「……正規軍に、志願する平民が後を絶ちません」
「へえ。案外好戦的なんだ、みんな」
「あなたの役に立ちたいと、言っています。しかし、老若男女関わらず志願されるので……」
「いいんじゃないの。みんな入れとけば」
これならひとまず、ハーベストはいらないな――そう呟くのが聞こえる。
しばらく聞いていたが、特にこちらへの訴えはない。
ぶつりとリンクを切って、俺は口元を歪めた。
勝手なやつだな。
必要ないときは、ひどい言い様だ。
「…………」
なんだかモヤモヤした。
しかし逆を言えば、今は自由にしてもいいということか?
飴さえ遅滞なく供給できたら、文句はない。
悪い状況ではない。
飴はバルマーにもらうように言われていたので、俺はライズからの依頼を思い出した。
――とある写真を、絵に起こしてほしい。
あれはバルマーからの依頼だった。
完成させて、ついでに持っていこう。
美術館に戻ると、描きかけのフライトの絵に、スタッフが張り付いているのが見える。
ラフ絵を参考に、色を乗せてくれていたらしい。
「ハーベストさま!」
慌てて筆を下ろす彼に、俺は笑顔を向ける。
「進めてくれてありがとう」
もう少しやっておいてくれないか、と頼むと、彼は嬉しそうに「はい」と返事をした。
俺の助手たちは、画家を志すものたちだ。
なんでも俺の助手を経験したものは、その後の画家としての活躍が保証されるらしい。
彼らは『神の画廊の一員』と称される。
俺の作品の合間に、彼らの小さな作品が飾られている。
……俺の作品よりもずっと上手いし、魅力的だ。
ずっと思っているんだが、どうして俺に描かせるんだろう。
俺の取り柄なんて、色の選び方が秀逸らしいことくらい。
あとは……顔立ちがすこし珍しいこと。
思えばニースに目をつけられたのも、この顔が原因だった。
苦々しい思いにさらされながら、俺はスケッチブックとパステルを用意した。
ライズから受け取った写真を改めて見る。
バルマーを中心にして、五人の人物が写っている。
バルマーの両脇にふたりの女性。
両端にふたりの男性。
白黒なので、当然髪の色はわからないが、なんとなく想像できる。
バルマーの左側にいる中年の女性は、おそらくバルマーと同じ赤毛だ。
何故だか確信があった。この人はライズにとてもよく似ている。
そしてどことなく、バルマーにも似ている。
バルマーはライズを孫と呼んでいた。もしかしたら本当に血縁関係があるのかもしれない。
……再構成体も、もとは人間だったらしいから。
バルマーの右側にいる女性と、その右側に立つ男性は、そっくりな顔をしているから、おそらく身内だろう。きょうだいかな、と思った。
不思議なことに、彼らの彩りもすぐに予想できた。
金色の髪と、空色の瞳。彼らにはそれが似合うと強く感じた。
残ったのは、左側にいる中年の男性。
白黒でもわかりやすい黒い髪だ。
彼は特にこの中に身内はいそうにない。
しかし彼らの保護者であるかのように、優しげな瞳で見守っている。
すらすらと手を動かす。
色が乗っていくうちに、なんだか妙に気分が落ち着かなくなる。
彼らは、誰だろう。これは何の集まりだ?
どうして俺は彼らの色がわかるんだ。
「ハーベストさま。お昼過ぎです」
「ああ、ありがとう……」
何度かレムに知らされて、キトの監視のために席を立つ以外は絵に没頭していた。
やがて絵は完成し、届けに行こうと考える。
ついでにナビとフライトのメンテナンスもお願いしよう。
俺はラフな格好のままフライトに乗り込み、旧樹院へ向かうようナビに命じた。
樹上の施設はどれも形が似ていて、いまいち行き先がわからない。
新樹庁のポートにそっくりな場所に降り立って、人間のスタッフにフライトを任せる。
「ここは旧樹院で合っているか」
「は、はい! 旧樹院はあちらです」
ラフな格好にもかかわらず人間は、俺にびくびくとしながら応対した。
舐められるなと言われはしたが、どうにも抵抗がある。
そんなに怖がらないでほしい――そう言いたかったが、逆に迷惑をかける可能性がある。
やめておいたほうが賢明だ。
向かいの大きな建物に向かい、歩きだす。
樹上の地面は、どこも微妙に歪んでいるので歩きにくい。
おそらく樹が成長しているからだろう。
ここの地面もヒビが入り、ところどころ傾斜がある。
ほら。いまも、なにかを落としたやつが、転がるものを追いかけているぞ。
苦笑いを浮かべつつ、俺はそちらに足を向け、拾ってやった。
赤くて丸い果実。林檎だ。
知恵の樹には色々な植物が共生しているようだから、林檎の樹もあるのかな。
息を弾ませながら駆けてきた人物に、それを渡してやる。
「ありがとうございます!」
パッと笑顔が咲いた。
あれ? この顔、見たことがあるな。
青い髪の、垂れ目の、再構成体。
バルマーのところにいた少女だ。
名前はなんだったかな。思い出せない。
「失礼しました!」
彼女は俺に気がついて、あわあわと頭を下げてからすぐに駆けていってしまう。
再構成体の仲間だ。名前くらいは覚えておきたいのに。聞き直すタイミングを失してしまった。
まあいい。後でライズに聞こう。




