第7章(3)
「林を再生……」
そんなことができるかな。
ナビに視線を向けると、ゆっくりと頷く。
「ハーベストさまのお力なら、その程度造作もないです」
そうなのか。
確かゼノが植物を成長させる術を使っていたな。
「…………」
しかし、成果に繋がらないことに、多量のエネルギーを注ぐことはできない。
キトのやらかしを処理するために、錬石をいくつ使うことになる?
悩んでいると、キトは事も無げに言う。
「林が再生したら、みんな目の色変えて感激するだろうよ」
「そうなのか」
「だってさ、これも邪なるものからの攻撃を受けたことになってんだよ」
なぜそんなことになっているんだろう。
邪なるものとはなんなのか、誰もわかっていないはずだ。
俺ですらわからないのに。
どうして勝手に話が一人歩きしているんだ。
俺が混乱している間に、キトは流れるように話を進める。
「邪なるものからの攻撃を受け、焼け野原になった街道。聖人の呼び声に応えて舞い降りた神の使いがまたもや、奇跡をもたらした――」
人々が瞬きをするほどの短い時間に、みるみると緑の絨毯が敷かれ……。
「――ってのでどう? 広めておいてあげるけど」
「…………」
「街の再建よりはコスト低いだろ」
どうしてだろう。
なんでこいつは的確に、俺の興味を引く話を作れるのか。
「……まあ、やってみよう」
物は試しだ。
失敗したところで、そこまで損はないだろう。
着火し、黄色のみを三回ほど混ぜる。
これは『活力』という魔法で、弱っている生命にエネルギーを与えたり、単純な生命なら、生命としての起点を与えたりできるらしい。
これで生命の種を蒔いた状態だ。
俺を中心として、柔らかな黄金の光が波紋のように広がっている。
次に黄、赤の順に混ぜ、生い茂る緑をイメージする。
遠くに見える景色を参考にした。
多種多様な雑草がグラデーションを描くように群生し、それに適度な影をもたらすようにポツポツと木が生えている。
「――『成長』!」
膨らんだ黄赤の光を、放出する。
足元から勢いよく草花が生えていき、競争をしているかのごとく、放射状にさまざまな色が走っていく。
木はくるくると奇妙な動きで空に伸びていく。
まるで即席で開催された、木々の舞踏会のような光景だ。
自分でやったこととは思えない。
幻想的な光景に俺はひととき目を奪われた。
「いいじゃん。これは受けるぞ!」
キトは両手を振り上げ、歓声をあげる。
「……受ける?」
「人間ってこーいうの好きなのよ。わかりやすくてすげーいい」
「…………」
純粋な高揚に水を差されたような気分になったが、まあいい。
俺は錬石をひとつ食べ、場所を移してもう一度同じことをした。
近くでどよめきが聞こえた。
おそらく、下がってもらっていたロナルドたちが待機していたのだろう。
「奇跡だ……奇跡が起こった」
「おお……神よ……」
なんだか大袈裟に捉えているらしい。
軍服、特にロナルドは、意外なことに『扱いやすいタイプの人間』であることが何となくわかってきていた。
キトを聖人と認めてからの彼は、ひどく従順だった。
キトが街の再建をしたいといえば人手と物資を用意した。
軍事力で街を制圧した強引さはどこへいったやら。
『落ち着いて話し合い』の土台が固まるまで、根気よくキトの機嫌を取りながら待っているようだった。
「ハーベストさま。お待ちください。……人を集めて来てもよいですか」
ロナルドはおずおずと、そのような提案をしてきた。
「あなたの奇跡をまだ見ていないものもおります。この機会に、意思の統一を図りたいのです」
「……任せるよ」
「ありがとうございます!」
彼は嬉しそうに街へと駆けていく。
意思の統一とはどういうことだろう。
まだ俺やキトを信じていないものがいるということかな。
ロナルドが連れてきたのは、無愛想を形にしたような壮年の男たちだった。
ロナルドと同じように勲章をたくさん胸につけて、偉そうに杖をついている。
疑念の視線に突き刺されながら、俺は舞踏会の光景を披露する。
この光景には、俺が思う以上のとてつもない力があるらしい。
集められたこの厳つい人間たちも、みるみるうちに目を輝かせていく。
感涙にむせぶものまで出てきて、俺は内心苦笑いを浮かべてしまった。
林をすっかり元通りにしたあと、ついでだから付き合ってよと言われて、キトと共に聖堂に向かう。
前回も使用した例の聖議室。
あそこに再び案内され、今度は席に着くように言われた。
前回はなかった席、左右に六つずつ向かい合って並ぶ席の間に置かれた席。
部屋の奥にあった羽根の生えた人間の像の足元に置かれている、妙に立派な椅子。それが俺の席と言われた。
大きすぎて座りにくいが、なるべく偉そうに見えるように座ることを心がける。
前回と顔ぶれがすこし違う。
たぶん国の偉いやつなんだろう。
俺から見て右側に、ロナルドと先ほど咽び泣いていた厳つい髭面が三名ほど座る。
左側にキトと教主と、初めて見る男が座っている。
身分については、これから説明があるだろう。
役者が揃ったらしいのを確認して、まずはロナルドが話を始めた。
「今回皆さまにお集まりいただいたのは、これからのフォレスティアのあり方について、ご相談するためです」
ハーベストさまにご紹介します、と言って、新顔を順番に挨拶をさせた。
右側に座ったのは、王統商会の偉いやつ数名。役職名が複雑すぎてわからないが、全員が何かの組織の責任者らしい。
左側に座った男は、国王と名乗る。確か王統教会派とか言っていたな。だから教主の隣に座ったのか。どことなく雰囲気がよく似ている。
よくわからないが、とりあえずここには国を運営する責任者が勢揃いしているということだろう。
俺は軽く頷いて応じた。
「ハーベストさまが不在の間、我々は聖人キトライドと共に、国のあり方について議論を重ねて参りました」
その内容について、この機会に、ハーベストさまに確認したいのです。
そのように語られ、俺は思わず息が詰まる。
『冷静になったら話し合い』と議論を先送りにしていたのは、もはや過去の話らしい。俺が絵に集中している間に、キトは話を進めていたのだ。
参ったな。直ぐに受け答えができる内容だろうか。
俺はナビをチラリと見る。
相変わらず、人間相手には澄ました顔をしている。
ニースから変な仕込みをされている可能性があるので、ある意味一番信頼できないやつだ。
キトはなにも言わない。ロナルドに進行を任せているということか。
キトが任せているなら、俺が余計なことを言う必要はないんじゃないかな。
そう思って油断していたら、いきなり直球の質問が飛んできた。
「ひとつお伺いしたいのです。『邪なるもの』とはなんでしょう」
なんでしょう。
……なんだろうな。
質問が、頭の中でリフレインする。
「『邪なるもの』というのは、人が手にしてはいけない力……神を冒涜する力を得たもののことではないですか」
ロナルドはなぜかそのように言い換えて質問を重ねてきた。
どうしよう。
どう答えたらいい?
俺はナビを横目で見た。
頼ってはならない気もするのだが、頼らざるをえないような気もしている。
俺の気持ちに答えるように、彼女は口を開いた。
「『邪なるもの』とは、魔王の意識に汚染されたもののことです」
魔王?
ああ、またよくわからない単語が出てきた……。
俺は内心で頭を抱える。
「ま、魔王とはなんですか……」
「なぜそんなものが、我々の世界に……?」
ほら、みんな狼狽えてるじゃないか。
どうするんだよ。
俺の視線に気付きもせず、ナビは平然とした顔で続ける。
「魔王は女神エルフルトの腹心の部下でした。しかしあるとき、女神の力を奪い、人間界へと逃走しました」
我らは魔王を討伐し、女神の力を取り戻さねばなりません――
そのようなことを語り、辺りは沈黙に満たされる。
「……なにそれ。俺たちは、神様の内輪揉めに巻き込まれてるってこと?」
口を開いたのはキトだ。
「内輪揉めではありません。魔王は逆賊です。正しい力で討ち滅ぼさなければ、この世界は暗闇に閉ざされるでしょう」
「…………」
キトの正論に被せて、ナビはキッパリと言い放つ。
その論法、ちょっと危なくないか?
邪なるものが、俺たちの関係者であることをほとんど認めているじゃないか。
内心ヒヤヒヤしながら見守っていると、ロナルドが大袈裟な咳払いをして空気を破った。
「邪なるものの正体については、今後議論するとして……我々には少々、気になるところがあるのです」
気になるところ? 俺が視線を向けると、ロナルドはゆっくりと語り始める。
「我々は商船の護衛をしておりますが、近年、摩訶不思議な術法を使う海賊に襲われることがあるのです」
それは普通の兵器、大砲や銃とは明らかに違うものだった。
やつらは波や風、あるいは船や船員を操る――人知を超えた不気味な術を使う。
「キトライドさまやハーベストさまをすぐに信じきれないものがいたのは……恥ずかしながら我々が、この海賊に苦しめられていたからです」
ロナルドは続ける。
「海賊については、このような噂もあるのです。我々の兄弟国ファロウから、不気味な術兵器を買っていると」
――だから、我々は考えました。
そう言って、一呼吸の後、再び口を開く。
「ファロウは、『邪なるもの』の力を得ているのではありませんか?」
ロナルドはまっすぐな瞳を俺に向けてきた。
そんなこと、知らない。
しかし、なんとなくわかってきた。
ロナルドはそのファロウという国からの被害と『邪なるもの』を結びつけたいんだ。
他の人間もこちらを見ている。
キトも見ている。
これは大事な局面らしい。
鈍い俺でも、なんとなくわかる。
これは国の指針を決める大切なことだ。
――ファロウという国を、仮想敵国として設定する。
それが今、求められている。
「…………」
どう答えたらいいのか。
否定すべきだろうか。肯定すべきだろうか。
肯定してほしい、という圧力をひしひしと感じる。
俺が認めさえすれば、真実になる。
だから彼らは自分達で決めず、わざわざ俺が来るのを待って、この会を開いた。
彼らの信頼を得たいなら、肯定すべきだ。
しかし、真実は違う。
邪なるものとは、ニースが落とさせた球体であり、ファロウという国とは関係ない。
嘘を語ることに俺が最後の抵抗をしていたとき。
「その通りです」
「――――!」
思わず声をあげそうになり、なんとか耐えた。
悩んでいたのに。俺は悩んでいたのに。
ナビはあっさりと認め、彼らの期待のまなざしを一身に受けとめていた。
「その海賊も、ファロウという国も、邪なるものに汚染されています。我らは女神の力をもって、立ち向かわなくてはなりません」
「ああ、そうですよね、その通りです天使様……!」
彼らにとって、ナビもまた天使として認められているらしい。
そこからみるみる話が進んでいった。
「我らは今まで、軍事力を放棄してきました。それは神への献身があれば、国は守られるはずとの思いからでしたが――」
「女神は献身を望んでいますが、それは祈りではない。共に戦うという姿勢です」
「今こそ商会と教会の力を合わせ、国を導くときですよ、教主さま!」
「神の望みとあらば、我々も異存はございません……」
「ハーベストさまが仰るなら、民も納得してくれるでしょう」
「…………」
俺は呆気に取られてしまった。
恐らく初めから、この結論に持っていくための会議だったのだろう。
商会と教会の長がガッチリと握手をして、会議はあっさりと終了した。
「ありがとう、ハーベスト。なんとかまとまったよ」
他の人間たちを笑顔で見送った後、キトは俺に労いの言葉をかけてきた。
「ええと、その……」
あれは何だったんだ、と尋ねたかったが、尋ねてもよいものかわからずに言葉がしぼむ。
俺の言いたいことが伝わりでもしたのか、キトはケラケラ笑ってから俺の肩を叩き、耳元で囁く。
「言っただろ、あんた」
「え?」
なにを……。
戸惑う俺に、クスリと笑うキト。
「この国を強く大きくすることが、我々の目的って」
言ったが……。
彼は再び強く肩を叩いてから、歩き出す。
「貢献できただろ? 次は飴持ってきてよ」
「…………」
「たくさんいるから。めいっぱいたくさんね」
ひらひら手を振りながら去っていく。
聖堂の外はすっかり暗くなっていた。
外には誰もいない。フライトだけが彫像のように座っていて、また遊ばれていたのか、角に変な飾りが引っかかっていた。
――言われた通りにするしかないか。
俺は深いため息をつき、さっそく飴を手に入れる算段を練り始める。
支配するつもりが、良いように使われていないか?
そう思ったが、自分でやるよりもうまく行っているのは明らかだ。
ひとまずキトに任せるしかない。
俺はそう考え――
悩むのをやめた。




