第7章(2)
俺はすぐに外へ駆け出て、ウォッチを呼んだ。
「キトの様子を見せてくれ」
すると、目の前に広がったのは真っ黒に変色し朽ち果てた木々。
音声を繋ぐように頼んだら、ひどく怒りを含んだ声が聞こえてきた。
「ハーベスト! なんで来ねぇんだよ! どうすんだよこれ!」
なんだ、なにがあったんだ。
とにかく向かおう。俺は慌てて美術館を駆け回り、いない間の指示を飛ばしていった。
「一週間ほどで戻る!」
「い、いってらっしゃいませ!」
レムの事務所に寄り、支度を手伝ってもらってから、俺はすぐにフライトに乗ってトライフルへと向かう。
「キトはなにをやらかしたんだ」
「もしかしたら、錬成術の試し打ちでもしたのかもしれませんね」
「試し打ち?」
はい、とナビは冷静に頷いて、私見を述べた。
「キトライドには第二属性が現れていました。我々はそれについてなにも説明していません」
キトライドの性格だと、使ってみたくなるかもしれません――その話を聞いて、俺はつい、「はあ?」ととぼけた声を出した。
「どうして使いたくなるんだ。得体の知れない力だぞ」
「得体が知れなくとも、彼にとっては状況を打開する手札です」
「何度も死にかけておいて、どうして使おうと思うんだ」
「彼はそういう人間です。手札を確認したいタイプなのです」
ギリギリまで確認しない、ハーベストさまとは真逆ですね!
ナビはそんな皮肉を言って、快活な笑顔を浮かべた。
「とにかく、急ごう」
急いだところで、着くのは数日後だ。
たどり着いたウィディアの街の上空で、俺はひどく後悔をした。
どうして早く気付いてやれなかったのか。
ウィディアの北側、街道沿いに広がる林の大部分が黒ずんでいる。
妙な焦げ方だ。臭いがしない。煙もない。
ただまだ鎮火に至っていないのがうかがえる。
青い光が所々にあり、じわじわと移動している。
「『鬼火』ですね」
ナビが呟く。
ゼノに使われたことがある術だ。
青い火を作る術なのだが、その火は普通の方法では消えない。派手に広がるのではなく、ゆっくりとものを炭に変えていく。
青い火の先端からすこし離れたところで、草を刈り、木を切り倒している集団がいた。
燃えるものを排除しておこうとしているのだろう。
確かに、それは有効かもしれないが……。
俺はため息をついてから、着火する。
人差し指の白と、親指の緑を混ぜる。
「――『拡散』!」
狙いをつけた青い炎が、霧のように散る。
フライトを返し、他の炎に近付く。
「『拡散』!」
もう一度、炎を霧散させる。
それから何ヵ所かの消火活動を終えて、木を切っていた部隊に合流した。
「ハーベスト様!」
「天使様!」
すでに俺の存在には気が付いていたらしく、軍服たちは歓喜の声と共に迎えてくれた。
「なにをしていたんだ、君たちは」
「邪なるものからの攻撃に対処しておりました!」
敬礼と共にそう語るのは、例の勲章をたくさん付けた軍服の男ロナルドだ。
「よ、邪なるもの……」
俺はなんと言うべきかわからず困惑していたが、ずかずかと近寄ってくる影を認めてさらにうろたえた。
肩を怒らせたキトが、こちらを指差しながら声を荒げる。
「ハーベスト! どうして呼んでも来ねぇんだよ!」
来るって言ったじゃねぇか! と、収まらない怒りを地面にぶつけるように、地団駄を踏むキト。
「す、すまない……」
圧倒されてしまい、俺はとりあえず謝ってしまう。
周りの軍服たちは、キトのその傍若無人ぶりに、俺よりも狼狽していた。
とりあえず人払いし、キトとふたりきりになる。
「なにがあったか、説明してくれないか……?」
まるで聞き分けのない子供のようだ。
そう思うのは失礼なのはわかっているのだが、いまのキトを見ていたら、そう感じざるを得ない。
「久しぶりに光を付けたら、中指が光ってたんだ。紫の光だ。気になったんだよ!」
切り株にドカッと腰を下ろし、いまだに収まらない怒りで地面を踏みしめている。
「何度も呼んだ! 説明しろって呼んだ! 待ったんだぞしばらく」
「申し訳ない。どのくらい待ったんだ?」
「三日だ!」
三日……。
それじゃ結局間に合わないんじゃないのか。
「期間を言わなかったのはこちらの不手際だ。しかし、呼び声に気付いてからこちらに向かっても三日かかる」
「最初に呼んでから六日経ってるぞ!」
キトが紫の光に気が付いてから俺を呼び、三日後に我慢できなくて錬成術を試し、鬼火が消えなくて狼狽えて俺を呼んだときに、俺がウォッチを見た。
それから移動に三日かかって現在に至る。
割とすぐに気が付けたんじゃないかと自分を褒めたくなったが、キトは許してくれなさそうだ。
俺は長いため息をつく。
「こちらも、君を常時監視しているわけではない。というか、君は常時監視されたいのか?」
「監視? なんだよ監視って」
「呼ばれたことにすぐ気が付くということはつまり、俺が君をずっと見ているということだぞ」
キトは明らかにゾッとした顔をする。
言い方が良くなかったかな……。反省して、違う言い方を模索していると、
「確かに、そうだ。言われてみたら、そうだ」
キトはなにやら納得したように膝を打ち、真剣な目を向ける。
「じゃあ、時間を決めよう。昼食後だ! 太陽が一番高く上る頃」
「時間……」
ウォッチの映像は、リアルタイムなのだろうか。
ナビに目を向けると、頷きが返ってくる。
「昼過ぎに確認すればいいか」
「そうしよう。それ以外は見んなよ。私生活を勝手に覗くなよ」
「わかった」
一日一回か。
時間を気にする習慣がないので、大変そうだが……文句を言われるよりはマシだろう。
「それで、三日待てば来るんだな」
「ああ。基本的には」
「絶対来いよ、約束だぞ」
「…………」
俺はすこし躊躇した。
最近いろんなことがあった。
だから、いまの俺は『あまり強い契約を結ぶべきではない』と思っている。
しかし、そろそろ信頼を失ってしまいそうだ。
キトに対しては、真面目に応対すべきだ。
「善処する。こちらにも事情があって、確約はできないが……可能な限りは約束を守る」
「毎回同じこと言ってんだよな、あんた」
かなり誠実に応えたつもりだったのに。キトは呆れたようにため息をついた。
「まあいいや……。そんで、この中指の使い方を教えてくれんの?」
キトは着火して、二本の指を見せてくれる。
赤と紫。
これは火の力と、闇の力を示している。
ゼノが短期間で叩き込んでくれたから、この二色で作れる魔法は把握できている。
「ああ、教えよう。この二色によって君は、四種類の力を使うことができる」
赤のみを二回か三回混ぜると、『烈火』。炎を燃え上がらせる術だ。
紫のみで同様にすると、『暗闇』。光を奪う術だ。
赤、紫の順で混ぜると、『破裂』。対象を膨張させ弾けさせる術だ。
紫、赤の順で混ぜると、『鬼火』。静かに燃え続ける青い炎を出す術だ。
「これは『鬼火』ってやつのせいか」
真っ黒に変色した林を見て、彼は呟く。
「そうだ。鬼火は水や風といった普通の方法では消えない。燃えないもの……例えば土や岩で閉塞するか、エネルギーを散らすような術を使うか、くらいしかない」
「やっかいだな」
ちなみに、あんたはどうやったのと聞かれたので、着火して指の色を見せた。
「あんた、五本もつくの」
「俺たちは五本つく。君もそのうちつくかもしれない」
そう述べてから、人差し指と親指を示して言った。
「白と緑を混ぜると、『拡散』という術になる。エネルギーを散らせる」
「ふーん。便利だな……」
ちなみに、他にはなにができるの? と聞かれたので、ざっくりと他の属性について解説してやった。
白は光、黄は生命、緑は風、橙は土。
白と黄の順で混ぜると、雷を起こす術になり、逆に混ぜると、生命を再生する術になる。
「この前、俺を治してくれたのはそれか?」
「ああ、そうだ」
「それが一番便利なんだよな……」
治せるからといって無茶はしないでほしいのだが。
内心そう呟きながら、説明を続けた。
一番最初に置いた色をベースにして、奇跡が練られる。
混ぜられるのは、二つか三つの色まで。
頭の中のイメージが具体的に定まっていると、その通りに奇跡が起こりやすい。
人差し指が一番使いやすい色で、燃費も良いし、貯められるエネルギーも多い……。
俺の話を、キトは真剣に聞いていた。
「なにか質問はあるか」
最後にそう尋ねると、キトはすこし考えた後に口を開く。
「質問よりも、実践したいんだ。いまから使ってみるから、問題が起きたらなんとかしてよ」
「…………」
キトは鞄から飴を取り出して、口に含む。
ひどく顔を歪めながら、口を押さえ、無理やり飲み下す。
しばらく苦しそうにむせていたが、やがて深呼吸をして両手を擦り合わせる。
明るく輝く赤と紫の光。
その強さを確認してから立ち上がり、背後の倒木に目を向けた。
赤と紫を順に混ぜる。
「『破裂』!」
掛け声と共に、倒木の樹皮がパンと跳ぶ。
キトは次に、すこし変わった動きをした。
赤を二回混ぜた後、紫を二回混ぜる。
「『破裂』!」
ボンと先ほどよりも大きな音を立てて幹が弾けた。
ああ、なるほど。そういうやり方もあるのか。
彼は次に赤、紫、赤、紫の順で混ぜて破裂を使う。
パンパンと樹皮が二回連続で弾けた。
「へえ。こうやって調整できるんだ」
「…………」
俺は閉口した。
こんな使い方を考えたことがなかった。
俺よりも才能があるのかもしれない。
次にキトは紫、赤の順で色を混ぜる。
「『鬼火』!」
新たな倒木を狙って炎を起こす。
ジリジリと輪のように広がり、真ん中を真っ黒に変えていく。
キトは即座に赤と紫を混ぜ、破裂を使う。
パンと弾け跳ぶ樹皮。
樹皮に乗り、青い火の粉が拡散して、地面に舞い落ちる。刈られた草に引火しそうだったので、俺は橙と赤を混ぜて宣言した。
「――『降砂』!」
空中に生じた砂が、鬼火に降りかかる。
即座に鎮火できたようで、俺はほっとした。
「ああ、なるほど。砂をかけりゃいいのね」
キトはそれを確認してから、近くにある大きめな石を持ち上げた。
紫と赤を混ぜ、もう一度鬼火を作る。
その後赤と紫を混ぜてから、石を鬼火の真上に放る。
「『破裂』!」
パンと弾ける石。
気持ち良く崩壊し、炎に降りかかる。
「やったー! うまくいった!」
いまの見た? と嬉しそうに指差している。
「ああ、すごいな……」
俺は呆気に取られてしまって、それしか言えない。
もしかして、ヤバイやつに力を渡してしまったんじゃないかと、すこしだけ不安に思う。
それからも、キトは自己錬成で色々なことを試していた。
合間にいくつか飴を食べる。
消費量が多い。
飴は一粒で得られるエネルギーが少ないらしい。
数回使うだけで光が弱まり、危険域へ落ちてしまう。
「飴はもっと貰えねぇの?」
すぐに無くなっちまうよ。と文句を言ってきたので、俺はすこし考えた。
「その飴は、貢献度に応じて与えられる」
「貢献度って何? 何に対する貢献?」
「…………」
正直に言うのは良くないと、直感的に思った。
嘘のない範囲で、キトに納得して貰うには……。
思案した上で、口を開く。
「邪なるものからの侵略に対抗し、我々の協力のもと……この国を強く大きくすることが、我々の目的だ」
「へえ。この国を強く大きく……」
「そのために、まずは我々の協力体制を整えたい」
「…………」
キトは勘が鋭いから、虚言が見破られないか不安だった。
でもキトは、素直に言葉を受け取ったようだ。
「じゃあさ、ひとまずこうしたらどうかな」
彼は黒こげになった森を指差し提案する。
「あんたの生命の力を使って、この林を再生させてみたら?」




