第7章(1)
新樹庁に戻り、ポートを彷徨いながら、俺は報告のことを考えていた。
今回のキトの働き自体は、悪くないはずだ。
ニースは、トライフルを導く神となること――それが俺に任された仕事の大前提、と言っていた。
補給を受けるためには、成果を出せとも言っていた。
俺はキトの代わりに、成果が出せていることをニースに報告しなくてはならない。
うまく報告できるだろうか。
下手を踏めば一発で首が飛ぶかもしれない……キト共々。
特徴的な金属質の足音が耳に入り、頭を上げた。
ゼノだ。
やたらと機嫌が良さそうに、口角を持ち上げた顔で近付いてくる。
「新人。ちゃんと報告に来るとは、賢明な判断だな」
開口一番、褒めてくれたので驚く。
喜ばしいことなのだが、今はそれどころじゃない。
「あの。今回の件、どのように報告したらいいでしょうか」
俺は藁をもすがる気持ちでゼノを見た。
ニースに比べたら、ゼノは優しい。いきなり殺そうとはしない。
自分が麻痺してしまっているのは自覚しているが、キトを守るためには細かいことを気にしている場合ではない。
ゼノは笑っていた。なにが面白いのかわからないが、機嫌が悪いよりはマシなので気にしない。
「そうだな。女帝への報告は、細心の注意を払うべきだ。よくわかっているじゃないか」
ここまで来たら、わからないほうがおかしいだろう。
ゼノはすこし空を仰ぐと、助言めいたものを語る。
「短く話せ。結論だけだ。いらないことは言うな」
――例えば今回の件。結論は、なんだ。
そう問われたので、答える。
「……キトが、街の暴動を平定しました」
ゼノの眉がつり上がった。
全然だめであることは、言われなくとも理解できた。
すぐに言い換える。
「キトが、街の暴動を平定し、街の政治に介入できるようになりました」
「主語と手段はいらない」
鋭く言われて、修正する。
「街の政治に、介入できるようになりました」
「必要なのは、成果と、次だ」
次……。
必死に考え、言葉を絞り出す。
「……政治に介入し、国をよくしていきます」
「ふざけているのか?」
「…………」
ニースが好みそうな言葉を考える。
倫理観を気にしている暇はない。
「……政治に介入し、我々の支配構造を確立します」
「ギリギリ合格だ」
それを秒で出せるようにしろ、と言い残し、ゼノはナビを回収して新樹庁に戻っていった。
とりあえず、報告内容は定まった。
俺はニースに謁見を申し出る。
武器を外すように言われて、俺はゼノに剣を貰っていたことを思い出した。
キトを救わなければと頭がいっぱいで、深く考えていなかったのだが……。
俺は今回初めて、人間相手に敵対行動を示してしまった。
今回は相手方も武器を携帯していたから、釣り合いは取れていただろう。
しかし武器を持つというだけで、意思は伝わる。
考えなければならない。
これから、人間にどう向き合うべきなのか――。
「失礼します」
白い絨毯を踏みしめながら進む。
何度来ても慣れない。奥に潜む圧が大きすぎて、まともに視線を向けられない。
膝をついて礼をして、頭を上げる許可を待つ。
「よく来てくれました、ハーベスト」
顔を上げて、壇上を見る。ニースは相変わらず薄い笑顔を浮かべていて、感情が読めない。
「どうですか、業務の進捗は」
なにか成果は上がりましたか? 優しい口調でそう尋ねてきた。
「はい。人間の街、フォレスティア国の首都ウィディアで、人間たちの政治に、介入できるようになりました」
喉がうまく動かない。
無理やり息を整えてから、続きを口にした。
「これからは……政治に介入し、我々の支配構造を確立します」
そこまで述べると、ニースはクスクスと笑い声を上げる。
いつもながら目が笑っていないので、何を考えているのか本当にわからない。
「よくできましたね。報告もなかなか上手いですよ」
「あ、ありがとうございます……」
「褒美を与えましょう。なにが良いですか」
そう問われても、燃料もたっぷりもらえた今、特になにも欲しいものはない。
またライズに呆れられるかもしれないが、これくらいしか思い付かない。
「休暇を、いただいてもいいでしょうか……」
ニタリ、と目を細めるニースに背筋が凍った。
「あなたは本当に、怠け者ですね」
まずいことを言っただろうかと冷や汗をかいていると、
「別に、いいんですよ。自由に休んでもらっても」
ニースはそう、何気ない様子で言った。
「ちゃんと成果が出せるなら、合間で何をしてもらっても良いのですよ」
そのまま、言葉を重ねる。
「仕事をしながらでも、休めます。好きに過ごしてくれて構いませんが、ちゃんと成果を出してくださいね」
許可が下りたようなので、俺は美術館に戻ることにした。
前回出掛けてから、二週間ほど経っていた。
最新作の英雄の絵はいまだに評判がよく、その絵の前にはたくさんの人間が立ち止まっている。
「お帰りなさい! ハーベストさま」
安堵の表情を浮かべたレムが駆け寄ってくる。
「ああ、ただいま……」
俺はそう呟いて、何気なく手に持っていた荷物を彼女に差し出した。
「なんですか、これは」
レムは目を丸くしてそれを観察していたが、すぐにサッと顔色を悪くして、俺を見上げた。
「仕事の衣装なんだ。これからは、ここからすぐに仕事に向かえるようにしたいんだが……」
剣と、鎧。
その存在があまりにも異様だったのか。
「……お支度ができるお部屋を準備しておきます」
彼女は静かにそれを受けとり、下がっていった。
次の絵を描かなきゃならない。
俺が描かないと、美術館の動きが止まってしまう。
「次の絵には取りかかれそうですか」
申し訳なさそうに尋ねてくるロミに、俺はスケッチブックを持ってくるように言った。
「描きたいものはあるんだ」
そう述べる俺に、彼はパッと表情を明るくする。
「ハーベストさま、すこし変わられましたね」
「そうかな」
なぜだかロミは嬉しそうだ。
心配をかけていないのならそれでいい。
スケッチブックに下書きをして、鮮やかな空とウィディアの白い町並みのコントラストを想像する。
イメージを固めてから、地塗りの色を指定し、スタッフたちが仕事できる状態に整えた。
美術館が、動き始めた。
生き生きと駆け回るスタッフを見て、俺は充足感に満たされる。
パステルでざっくりと絵を描きあげてから、美術館の外に出て、どこかくすんだ印象のコンフィズリーの空を見上げた。
「ウォッチ。キトの様子を見せてくれるか」
透明な姿で肩に乗っていた、妖精種がこくりと頷く。
目の前に鮮やかな風景が広がる。
またキトは街の復興の手伝いをしているらしい。
瓦礫の山から使えそうな石を選んで、運ばせている。
周りにいるのは軍服だった。
どうやら海兵の力を借りて復興作業を進めているらしい。
俺はしばらくの間、絵を進める傍らで、キトの状況を把握しようと努めた。
どうやらあのあとキトは、『冷静に話し合う』と言ったロナルドの発言を拡大解釈し、『街の復興が終わるまでは冷静になれない』と言い張ったらしい。
だからみんなで復興作業をしている。
指揮を執るキトに、街の人間たちはさらに信頼を寄せている。
上手いな、と感心した。
しばらくは任せておいても大丈夫だろう。
「ウォッチ。キトが俺を呼んだら教えてくれないか」
小さな妖精はかすかに頷いてみせたので、俺はすっかり安心して、絵の作業に集中することができた。
キトが見せてくれる風景は、俺の想像を超える。
ニースの怪しげな球体を飲んで、手にした謎の力。
本来なら不気味なもののはずなのに、キトが見せた光景は俺の心を打った。
人間のもとに、正しい英雄が降臨したように感じたのだ。
そして今描いているこの光景。
フライトの周りではしゃぐウィディアの子どもたち。
謎の力と武器を携えてこの地を踏んだ俺は、彼らから恐れられておかしくないのに、いつの間にかこうなっていた。
正しい英雄と共に立つ正しい神の使い――そのように彼らは思っているのかな。
本当になればいい。
絵じゃなくて、本当になればいいのに。
俺はそんな願いを抱きながら、作品を描いていった。
夢中になって描いていたので、俺はしばらくキトの映像を確認するのを怠っていた。
「やあ、元気そうだね」
組まれた足場の上で、絵を塗り進めていたときのこと。
聞き慣れた声が聞こえ、俺は足元に目を向けた。
「ライズ。どうしたんだ?」
まだ絵が完成していないのに。
彼は壁に立て掛けられた、ラフ絵が描かれたスケッチブックを眺めている。
「次の絵なんだ。どうかな」
そう尋ねると、彼は短く息をついて言った。
「前よりは、マシじゃないかな」
「それは良かった」
また貶されるんじゃないかと思っていたので、ホッとした。
彼は相変わらず、あまり絵には興味を示さない。
俺自身に用事があるようだ。
手招きされたので、梯子を降りて彼の前に立つ。
「これを渡しに来たよ」
肩から下げた鞄から、何かを掴んで取り出す。
それは小さなヒト型のもの。薄紅色の髪の毛に、鈴の飾りをつけた妖精種だ。
「ハーベストさま! ただいま戻りました!」
快活な声と共に敬礼をするナビ。
そうか。錬成種は旧樹院の管轄だと言っていたっけ。
「メンテナンスが終わったんだ。いつでも連れていけるよ」
「ありがとう」
ナビはいつも新樹庁で受け渡しされていた。
だから、あちらの所属だと思っていたのだが、そうではなかったのか。
ナビは、ニースの所有物ではない。その事実だけですこし嬉しくなっていると、ライズが鋭い目をこちらに向けているのに気がついた。
「どうかしたか?」
「いや、その……」
考えるような間を取った後、彼はポケットから一枚の写真を取り出す。
「これなんだけどさ……」
受け取って、眺める。
それは白黒の、集合写真だった。
真ん中にいるのはバルマーか。
その両脇に抱き抱えるようにして、ふたりの女性がいる。ちょっとだけ迷惑そうな、複雑な顔をしている。
その後ろに男性がふたりいて、彼らを苦笑いで眺めている。
ずいぶんと仲が良さそうだ。
「なんの写真だ?」
何気なく聞くと、ライズはすこし困った顔をした。
「……この写真のさ、絵を描いてくれないかって、バルマーが言ってるんだ」
飾りたいから、スケッチブックくらいのサイズで――とライズはボソボソと述べる。
「ああ、もちろんいいが……」
どうしてそんなに弱腰なんだ。
ライズがどこか怯えた様子だったのが気になった。
「またゼノが、取り上げにくるかな」
俺がそう呟くと、
「ああ、それもあるね」
と、ライズはいま思い出したように応じた。
「バルマーの個人的な依頼なんだよ。別にやつらが気にするようなことじゃない……」
来るなら、来たらいい――ライズは興味なさそうにそう吐き捨てた。
「今描いているものが終わってからでいいかな」
「うん。もちろんだよ」
いつも悪いね、と続けるライズに、俺は笑って告げる。
「君の頼みなら、できる限り聞くさ」
だから、なんでも言ってくれ――本当に、何気なくそう言った。
なのにライズは目を丸くして、その発言に食いついた。
「ぼくの頼みならって、なんでさ」
「え?」
「どうしてぼくの頼みならきくの」
そんなこと、聞かれても困る。
別に大した理由はない。
俺は大抵、頼まれたことはやるようにしている。
特にライズだから特別に、頼みを聞こうと言うわけでもない。
「友達だからさ」
反射的にそう答えた。
それがまた良くなかったのか、ライズは熱がこもった目をして、さらに質問を重ねた。
「まえから聞きたかったんだけど、きみの言う、友達ってなに?」
……『なに』って、なんだ?
友達というものに、なにか他の意味合いが存在するのか?
質問の意味がわからなかった。
俺が答えられないでいると、ライズは急に我を取り戻したように、目線を俺から逸らす。
「ごめん。なんでもない……」
――邪魔したね。
彼はそう言って、あっさりとこの場を後にしようとした。
「…………」
呆気に取られて、なにも言えなかった。
引き留めようか悩んでいたところ、彼は数歩歩いたところで、ふと立ち止まる。
そして振り返って言った。
「そういえばきみ、そんな暢気に絵を描いていい状況なの?」
「え?」
どうして今、そんなことを聞く?
内心焦っていると、ライズは首をかしげてこう続けた。
「きみはトライフルで、人間の管理をしていると聞いているけど」
「ああ、そうだ。このウォッチに依頼して、状況を見せてもらっている。しばらく確認していないが……」
「それ、大丈夫なの? 人間って、けっこう動きが早いよ?」
キトもそう言っていた。
――人間社会ってのは、目まぐるしく動いていくんだぜ。
「しかし、頼んでおいたんだ。ウォッチに、キトが呼んだら教えてくれるように」
ライズは怪訝そうに顔を歪める。
嫌な予感がした。今更ながら、まずいことをしたような気持ちになる。
その不安に、ライズはとどめを刺してきた。
「ウォッチ・ガンマに、そんな機能ないはずだけど……?」




