第6章(3)
「俺はやつらに認めさせたい。俺が聖人だと。この国での俺の立場を固定したい」
じゃないと、なにも安定しないだろ。俺の人生設計が。
彼は強い表情でそんなことを言う。
「じゃあ、女神の力を使えばいいのか。飴はたくさんあるから、使ってもらっても……」
「あんたさ、これのマズさわかってんの? 人間が食べるもんじゃねーのよ、これは」
「そうなのか……」
錬石と比べて食べやすいのかと思っていたが。
俺は自分の錬石を取り出して、キトに差し出した。
「では、こちらにしてみるか? 俺はこれを燃料にしている」
「…………」
キトは潰れた虫でも見るような目でこちらを見て、深い息をついた。
「力を使っても、やつらは納得しなかった。あんたみたいに屋根に上ってやってみたんだが」
そういえば、そうだな。
キトは屋根から落ちるリスクをとってまで、そのような演出をしていたが、結果はこの通りだ。
「うまく見せていたのに。死にかけの状態で、地下室に閉じ込めるなんて。なかなか厳しい相手のようだ」
「そうなんだよ。なんだよ、見ていたように言うじゃねーか」
「…………」
見ていたが、あまり言わない方がいいだろう。
キトは疑いの眼差しをこちらに向けていたが、すぐに真剣な顔に戻る。
「あいつら、あんたのことは信じるかもしれない。そもそも最初に聖人だのと言い始めたのはあいつららしいから」
ふむ。
俺は腕組み考える。
津波の時に、何人かに姿を見られた。
しかし彼らが見たのはフライトであり、俺を特定してはいないと思う。
彼らはフライトに乗っていた誰かを、この世ならざるものと考えた。
それと会話したあの男を聖人と定義した。
「俺から伝えればいいのか。キトに神の力を与えていると」
そんなに簡単にいくかな。俺は不安を口にする。
「確かに、あんたは説得力のある顔をしているけど……一筋縄ではいかないかもしれない」
どう思う? とキトは老人に尋ねた。
「キトライドさまは、瀕死の状態から一瞬で復活されました。これを奇跡と言わずして、なんと言うでしょう」
キラキラした目で俺を見る老人。
確かにそれはひとつの考え方だ。
すっかり傷が癒えた振りをして、部屋から出てみるか?
キトもそう考えたのか、足を指差しながら言う。
「まだこの辺が折れてる。治せるか?」
「やってみよう」
黄色、白。光を混ぜ、『再生』の魔法を紡ぐ。
「あんた、本当に便利なやつだな。……必要なときに来てくれさえしたら」
キトは足を上げ下げしながら、皮肉めいたことを口にした。
「すぐには来れない。呼んでくれたら、善処はするが」
「そっか。なら次は根気強く呼ぶよ」
彼は床に足をつき、立ち上がる。
周りの人間たちは、大袈裟に歓声をあげた。
まだ顔色はよくない。
安静にしておいた方がよいのだが、キトは何の躊躇もなく歩きだした。
手にはしっかりと飴の袋を握っている。
「悩んでいても仕方ない。あいつらと話し合いに行くか」
キトはそう言って、何気なく地下室の扉を開いたが……。
部屋の外には、無数の軍服が立っていた。
槍をこちらに向けている。
キトは固まっていたが、予想外の姿に向こうも驚いたらしい。
先頭のやつが後退した。連鎖するように後退が始まり、段々と道が開いていく。
まだ槍が向いているのが気になったが、キトは平然としながらその道を進んでいった。
俺たちもそれに続き、外に出る。
広場にはたくさんの人間が倒れていて、俺が雷撃をくらわしたやつが並べられているのだろうと考える。
だからなのか、軍服は怯えていた。
キトが回復しているのを見て、さらに怯えを膨らませていた。
掴みはよいかもしれない。
キトはフライトのほうにずかずか歩いていく。
そこには俺が最初に発雷を食らわせた、飾りがごてごてついた人間が伸びている。
キトはその人間のそばに立ち、低い声を出した。
「おい。誰の許可があって寝ている。――起きろ」
当然起きないのだが、キトは威圧的な態度を崩さず、周りにいた軍服に睨みを効かせる。
「早く起こせ。今から話し合いをする。神の使いの立ち会いのもと、今回の狼藉の始末をつける」
――聖議室で待っている。
彼はそう言って歩きだした。
俺なんかより、よっぽど堂々としている。
その背中にすこしゼノの色を感じながら、俺は彼について聖堂に向かう。
聖議室という部屋は、聖堂の奥にあった。
パイプオルガンの横にある重苦しい扉を開き、中に入るなり、キトは青い顔をして言った。
「なんであいつら倒れてんの? あんたなんかやったの?」
「ああ……君に会おうとしたのを邪魔したから」
「なんだよ、やりゃーできるんじゃん」
彼は雑に俺を褒めてから、席順について思案を巡らせる。
「俺が一番前に座って、次が教主さま。ハーベストはこの辺に寄りかかって立っててよ、偉そうに」
話を振るまで、なにも言わなくていいから。
強めにそう言って、自分の席にさっさと座る。
偉そうに、か。
こんな感じかな……。
俺はゼノの姿を思い浮かべながら、腕を組み、柱に寄りかかる。
ちゃんと偉そうになっているかナビに聞きたかったが、扉からわらわらと軍服たちがなだれ込んできたのでやめておいた。
両肩を部下に支えられながら、勲章をたくさんつけた例の人間が席につく。
キトの正面の席だ。
そこまで広くない部屋の大部分を占める机は、奥のこちら側に六人、向こう側に六人しか座れない。
こちら側はきれいに六人に収まっていたが、相手側は三人だけ座り、あとの大多数が後ろに整列するという謎の配置を取っている。
勲章の男が、いまだしびれが残るらしい顔をひきつらせながら口を開く。
「話し合い、と伺いましたが、どのような話でしょうか」
彼は明らかに、正面のキトでなく、その後ろにいる俺を見ている。
見られても困るんだが。
俺はキトに言われた通り、沈黙を貫くことにする。
「まずはあんたの素性が知りてーんだが。神の使いにわかるように名乗ってみろよ」
キトはよく通る声で、ふてぶてしい要求をした。
男は目に見えて言葉に詰まっていたが、渋々と口を開く。
「私は、フォレスティア王統商会、海防総監ロナルド・ネグレイトと申します」
彼は丁寧な口調で答えた。
「で? 普段は船を守っているロナルドさんが、今回首都に武器を持ってなだれ込んできたのは、どういった理由だったんだっけ」
キトは明らかに挑発している。
しかし、話がうまいな。
上位者の俺に説明させるという形を取りながら、相手の出方を探っている。
「我々の使命は、商船を守るだけではありません。国を守ることを使命としております。
今回の件は、国が脅かされている可能性があると判断が下り……その確認のために動きました」
「確認って、具体的に、何? 何を確認したかったの」
「外国勢力の、介入の有無です」
「外国勢力?」
キトは大袈裟に声を張り、隣の老人に目を向ける。
「聞いたことある? 外国勢力だってよ」
「そんな、まさか。そのような事実は聞いたこともありません」
「そうだよなぁ。突拍子もないことを言うなぁ」
キトは小馬鹿にしたように軽く笑ったあと、低い声で男を刺す。
「あんたの勘違いみたいだけど、どうすんの?」
「待ってください。あまりにも一方的だ!」
男はいきり立って、窓の外を指差す。
「我々の聖人が津波を止めたのは事実です。しかしその後、二度の災害が首都を襲い、国民が甚大な被害を被った!」
ダン、と机を打ち付ける。
「二度の災害について、我々はまともな説明を受けていません。真実がねじ曲げられていると考えるのは自然なことでしょう!」
そちらこそ、説明責任を果たしてください!
至極真っ当な要求が返ってきた。
キトはこれも落ち着いて打ち返す。
「ちゃんと説明したんだろ? 教主さま」
「はい。誠心誠意丁寧に、起こったこと全て」
もう一度述べましょうか。教主が真剣な様子で提案すると、男は首を横に振った。
「あなた方の説明は理解しています。二度の災害は、魔物によるものだと。邪なるものとかいう謎の勢力からの攻撃であると」
そして――と言葉を切り、苦虫を噛み潰したような顔をキトに向けて、続ける。
「その攻撃は、新たな聖人を生むための試練だったとか……」
「わかってんじゃねーか。それで全部だよ。なんか問題あった?」
「問題しかないですよ!」
男はまたダン、と机を打ち付け、怒りの形相を顕にする。
「何ですか、邪なるものって。謎の勢力からの攻撃を、謎のまま放置して、謎の力を得た謎の人物を聖人にまつりあげて、納得しろと言う方がおかしいでしょう!」
俺は男の話に感心してしまった。
正論だ。
さすがに分が悪い。どう説明する気なんだ。
ハラハラしながらキトの発言を待つ。
さすがの彼も、すこし考えたようだった。
考えた上で、とぼけた声を出す。
「だってそれが真実なんだから、仕方ないだろ。なあ、ハーベストさま?」
えぇー……ここで話を振るのか?
俺は一瞬、言葉を失った。
「俺が言った内容に、何か間違っていることありました?」
キトはこちらが答えやすいように改めて質問を投げてくれる。
「ない。キトライドの発言に誤りはない」
俺はそれだけ述べることにする。
余計なことは言わない方がいい。
「神の使いがそう仰っているんだよ。あんたの無理解が悪いわけ。わかる?」
言葉に詰まるロナルド。
「わかってくれたなら、非を認めようか」
「…………」
長い沈黙が流れた。
俺にもわかる。非を認めたくなければ、こいつが次に打てる手はひとつだ。
しかしその選択は難しい。
彼の目線が物語る。
まっすぐに俺を見ている。
言うか? 飲み込むか?
俺はできるだけ無表情を貫きながら、固唾を飲んで見守る。
「そ、その神の使いは、本当に……」
「なに? 聞こえねーな」
「本当に……」
「なに? 疑ってんの? 神の使いを?」
あんたたちから言い出したんじゃなかったっけ。
キトは大袈裟なまでに通る声で、相手を刺した。
「あんたたちが、津波を止めた聖人が、銀色の龍に乗った天使にお願いして、奇跡を起こしたと、最初に言ってきたと伺っているんですよ」
「…………」
「神の意向に応えるために、その聖人を街の象徴にしようと言ってきたんだと思ってましたが、違いましたっけ?」
ロナルドは、反論することはできたはずだ。
俺を指差して、自分が見たのと違うやつだ、神の使いを騙る不届き者だと糾弾もできたはずだ。
しかし、フライトを間近で見て、降りてきた俺から雷撃を食らい、瀕死のまま放置したキトが全快しているのを見せつけられて、それをするのは苦しいだろう。
少なくともこちらは明確に、奇跡の力を保有している。
……対立するには、リスクが大きすぎる。
「我々の早とちりだったかもしれません。今からでも、冷静に話し合えるでしょうか……」
降伏の旗を掲げるように、力なく項垂れる。
「まあ、わかってくれたらいいんだよ」
なあ、教主さま、と笑顔を向けるキトは、聖人とは思えない悪どい顔をしていた。
これからどうするつもりなのか。
キトはロナルドに、まず軍を下げるように命じた。
「冷静に話し合うって言ってんのに、いつまであれを置いておくんだ」
聖堂、王城、その他政府機関に並べられていた軍服たちがぞろぞろと港のほうに帰っていく。
解放された聖堂関係者の中に、エレンの姿があった。
キトは真っ先に彼女のもとに向かい、抱き上げて喜びを表現した。
「キトさま、お体は……大丈夫なのでしょうか」
彼女は屋根から落ちたキトを見ていたはずだ。
この数日間は、さぞ不安だっただろう。
それを気遣うように、キトは軽い調子で言った。
「へーきへーき。ハーベストが治してくれたから」
「まあ……なんという奇跡でしょう!」
歓声をあげたのは、エレンだけではない。
周囲のものたちはみんな俺を見て感動に打ち震えていた。
悪い気はしなかった。
その光景は、幸せに満ち溢れた輝かしいものだったから。
街がある程度落ち着いたのを見計らい、俺はキトを呼び出して考えを聞いた。
「俺としては、どうでもいいんだよ。教会が治めようと、商会が治めようと」
彼が言うには、この件で商会を大いに揺さぶるつもりはないらしい。
「もう少し話を聞いてからにするけど、このまま教会が強い状態を維持するのは、よくないと思うんだ」
魔物に破壊された街を、復興させようと尽力したのは、実は商会のほうだったらしい。
規律や法整備、精神面の統治は教会がうまいが、外交や戦力、物質面での統制は商会に分がある。
「今のフォレスティアにとって一番いい形を考えるのがいいんじゃねーかな。せっかくの機会だし」
危険が去ったなら、ひとまず帰ろうと思うんだと伝えると、キトはひらひらと手を振って言った。
「いいよ帰って。でも、呼んだら来てよ。ちゃんと呼ぶから」
「わかった。できるだけ早く向かうよう、善処する……」
飴は大事に使うように言い含め、俺はフライトのもとに向かう。
フライトの周りにはたくさんの子どもたちが集まっていて、妙な飾りをつけられていた。
どうやって引っ掻けたのか。フライトの角から、カラフルな布飾りが垂れて、風になびいている。
「遊ばれてますね」
ナビが嫌な指摘をしてくるかと思ったが、彼女はすこし微笑みながらそれを見ていた。
釣られて俺も笑う。
「いいんじゃないか、こういうので」
もし次の休暇が得られたら――この絵を描こうかな。
俺の脳裏に、そんな希望がふと浮かんだ。




