第6章(1)
「今から、簡単なゲームをする」
広場の中心に立ち、ゼノがこちらを向く。
「術合わせというゲームだ」
「術合わせ……」
ゼノは短く説明した。
俺が撃つ。
お前は、それを潰せ。
それだけだ。
「初心者だからな、ナビを使ってもいい」
――始めるぞ。
「えっ、もう……?」
ゼノは流れるような手さばきで着火をした。
五色灯った光のうち、橙色と、紫色を混ぜてから左手を構える。
「――『鉄塊』」
その瞬間、何かが通り抜けた。
遅れて、風を切る音が耳に届く。
背後を見ると、樹の幹に槍が突き刺さっていた。
ゼノが以前出していたやつだ。
「おい、反応が遅いぞ」
もう一度、光が混ぜられる。
気付いたときには目の前に槍の切っ先があり、俺は慌てて横に跳ぶ。
「怠けるな。次は当てるぞ」
「――ナビ! どうすればいい?」
俺が着火するのと同時に、ナビの指示が飛ぶ。
「橙色を混ぜてください。二回で良いです」
宣言してください。
「――『防壁』!」
ガキンと音がして、槍が俺の手のひらの直前で跳ね返る。
「それでいい。次いくぞ」
ゼノは橙色と、赤色を混ぜて手を構える。
「――『降砂』」
「緑を二回混ぜてください」
宣言してください。
「――『突風』!」
空から降ってきた砂の雨が、俺の手のひらから吹き出した風によって拡散する。
あたりが砂だらけになり、俺はすこしむせてしまった。
「混ざる色が見えないと、危険だぞ」
砂煙でゼノが見えない。
向こうから、影が伸びてくる。
枝? 尖った木の枝が伸びてきて、俺の両脇を抜けていく。
「赤を三回。燃やしてしまいましょう」
「――『烈火』!」
枝は火に包まれ、焦げ臭い煙をあげながらくたりと地に伏す。
「これは、すこし難しいぞ」
ゼノは紫色を二回混ぜて手を構えた。
突然、視界が消えた。
光が一切ない。
自分の手すら見えない。
「落ち着いてください。白と緑です」
白は人差し指、緑は親指……
――『拡散』。
暗さが薄まり、徐々に視界が戻ってきて、ゼノの動きが見える。
今度は、紫色と橙色。最初と逆だな。
「――『重力』」
足元に重さが落ちてきた。
地面が、俺を引きずり込もうとしている。
骨が軋む音がする。
「白と、緑と、赤を混ぜましょう」
――『上昇』!
突然体が軽くなり、空に向かって放り出される。
「――うがっ」
頭から叩きつけられる。
視界が一瞬白く弾ける。
一度弾み、背中で地面を打つ。
痛みはない。
だが、壊れた感覚だけが残っている。
首でも折れたのか、体がうまく動かない。
「ハーベストさま!」
ナビが慌てて飛んできて、口をこじ開け、錬石を突っ込んできた。
「はやく噛んで、飲み込んで!」
いやいや、詰めすぎだ。
懸命に齧るが、なかなか飲み込めない。
「おい、情けないぞ新人。今のが神に見えるか?」
見えません。
答えようとしたが、口に錬石があって喋れない。
「ナビがいなくても、瞬時に判断できるようにしろ。あと、着地をうまくできるようにしろ」
休憩だ、と言ってゼノは踵を返す。
いくつか石を飲み下していくと、腕が動くようになってきた。
「ゼノさまの第一属性は地。第二属性は闇です。ハーベストさまとは闇属性が異なりますが、あとは生命、火、風と同じ構成です」
回復している間、ナビが助言をしてくれる。
「紫色以外を用いたものは、あなたにも使えます。覚えておくと便利です」
手が早すぎて、覚えられないのだが。
「そろそろ治ったろ。もう一度やるぞ」
大サービスだ。うまくできるまで、同じものを使ってやる。
恩着せがましくそんなことを言っている。
「は、はい。ありがとうございます……」
着火で確認すると、光が弱い。
怪我をするとかなりエネルギーを使ってしまうらしい。
俺は袋から錬石を掴み、口に含んで補給する。
そしてすぐさま、ゼノの初撃に対応した。
今度は遅れず、一度目で槍を叩き落とすことができた。
やっているうちに、段々と気付き始める。
正解はひとつじゃない。
同じ術を放たれても、ナビの指示が変わることがあった。
槍を飛ばす術なら、『防壁』で弾いてもよいし、『突風』で軌道を変えてもよい。弾ければなんでもいい。
そして、射程距離。
以前『発雷』を化け物に使ったが、あのときの射程距離の感覚は正しいようだ。物を投げて届くくらいの距離にあるものなら、同様の精度で狙うことができる。近ければ近いほど当てやすい。
効果範囲や威力はイメージで調整できる。広げようとすると威力は弱まり、狭めようとすると強くなる。
術には得意不得意もあるらしい。
俺の場合は、白い光を最初に混ぜるものが得意であり、かなり正確にイメージを乗せることができる。
得意なものを使用した方が燃費がよくて、失敗も少ない。
「――『烈火』」
赤のみで紡がれる火の魔法。
それは、ゼノの手の方向と、視線が重なる場所に炎が瞬時に燃え上がる。
あいつは基本的に、俺の目の前を狙う。だから迎撃は簡単だ。
一歩下がって色を重ねる。白と緑。
この術はかなり使いやすかった。
このゲームの中で、俺が気に入って使うようになった術のひとつだ。
「――『拡散』!」
一瞬だけ見えた赤い炎は、俺の宣言と共に四方に弾けるように消える。
ほとんど熱さは感じなかった。
すぐにゼノは次を放つ。
「――『鬼火』」
紫と赤を混ぜて発動するそれは、厄介な術だった。
風で消えない青い火がまとわりつき、体を溶かすように侵食してくる。
これも『拡散』で散らすことができる。
この術はエネルギーの塊を四方に散らす効果がある。
「――『破裂』」
この術はかなり回避が難しい。宣言からほぼラグがなく攻撃を食らってしまうからだ。
ゼノが赤と紫を混ぜ始めたときから準備できれば、『防壁』や『結界』で受けることができる。
しかし大抵間に合わないので、『残像』という術で受け流す方がよい。
白、緑、橙を混ぜる。一瞬前の体を違う体として、外に逃がすことのできる回避術だ。
橙や赤はあまり得意でない色だ。下手に使うとすぐにエネルギーが枯渇するので、できれば他で対応する方がいい。
袋から錬石を掴み出し、口に入れて噛み砕く。
独特の芳香が、鼻から抜ける。
補給の速度も上がってきたが、もう袋は空に近い。
「――『火柱』」
「――『降砂』!」
足元から立ち上る炎の柱に、砂の波を浴びせたところで、俺の腕に激しいヒビが入るのが見えた。
もう、限界だ。
立っている理由を見失う。
足に力が入らなくて、俺は後ろに倒れてしまう。
どのくらい時間が経ったのだろう。
樹自体がわずかに発光しているせいで、時間の感覚が曖昧になる。
「まあ、最低限は対応できるようになったか」
ゼノは辛口評価を呟いてから、指の光を消した。
「あまり時間もないようだ。そのままでいいから聞け」
最後の錬石を、ナビがせっせと運んでくる。
口に放り込まれたそれを齧りながら、俺は話に耳を傾ける。
「お前の裁量範囲を増やす。これからは自主的に動け」
何かが足元に現れた。
空気に溶け込んでいたものが、急に色づいたような現れ方だった。
それは半透明の妖精種だ。
細いツインテールの髪型、ツンとすました幼い顔が特徴の個体だ。
「ウォッチの使用を許可する。トライフルに待機させた三体に接続できる権限を与えてある」
思考を挟む間もなく、頭に映像が流れてくる。
トライフルの映像だ。ウィディアの街らしきものが映っている。
黒い煙が上がっている。
心臓が冷えた。
いつの映像だ?
またゼノがなにかやったのか?
「人間ってのは、こういう生き物だ」
ゼノが低い声を出す。
すこし険しい顔をしている。
「目を離すとすぐに暴れる。お前は常にここを監視し、遅滞なく管理できるようにしろ」
ゼノはそう吐き捨てて去っていく。
のんびりしているわけにはいかないようだ。
俺は気力を振り絞って立ち上がり、錬石を補充するために倉庫へ向かう。
錬石は袋に詰めるだけ詰めた。
どのくらい必要となるかはわからない。とりあえずこれでやってみよう。
ついでに、いくつか口に運んでみる。ある程度食べると満腹感を覚える。これ以上食べてもエネルギーは溜まらないだろうと直感する。
ここには錬石しかないようだ。
飴はどこだ。
キトは飴じゃないと食べられないと聞いたが、どこに行ったら貰えるのか。
着替えのついでに人間に聞いてみようと思って立ち寄ってみたら、彼らはいつもと違うものを机の上に用意していた。
麻袋と、一振りの剣だ。
「これはなんだ?」
「ゼノさまが、用意しろと仰られました」
袋には飴がたくさん入っていた。
赤いものに混じり、紫もある。
キトが使える光は赤だけだ。
必要なのは赤だけなんだが。
首をかしげながらも、ありがたく受けとる。
「この剣は?」
「好きに使えと」
「…………」
俺は武器を扱ったことがない。
持っても怪我をするだけだろう。
武器をぶら下げた状態で人間の前に出たら、怖がられるんじゃないか。
とはいえ、元より脚鎧をつけさせられていたので、武器を下げても特に威圧感が増すわけではないが。
ゼノが持てと言うなら、持つ方がいいのだろう。
必要なものを揃えた俺は、ポートに向かいフライトに乗った。
「本日からウォッチの運用が始まりますね!」
移動中に説明します、とナビが張り切っている。
妹分ができたみたいだ。
無表情のウォッチの肩を抱きながら、ナビはいつもの定位置――フライトの頭頂部に陣取った。
「このウォッチは量産型です。ウォッチ・ガンマです」
いつもの道のりを飛翔しながら、ナビの解説が始まる。
「ウォッチはフライトの次に数が多い錬成種です。ウォッチ同士でリンクしあって、視界を共有することができます」
完全ではありませんが、音声も共有できます。
胸を張るナビに、問いかける。
「先ほど、ウィディアの映像が見えたが……」
「それは、ウィディアに置いているウォッチ・ガンマの視界ですよ」
「三体待機させていると言っていたが……」
「そうです。三体置いています」
一体は、キトライドにつけています。
平然と言うので、俺は辟易としてしまった。
「もしかして、ゼノはキトをずっと監視しているのか」
「もちろんですよ。ハーベストさまもこのウォッチで監視されています」
「…………」
聞きたくなかった。
半透明な体でこちらを眺める妖精種。その先に、ゼノの姿が見えた気がしてゾッとする。
「こっちからゼノ……さんを見ることはできないのか」
「ハーベストさまが許されているのは、トライフルにいる三体だけです」
「キトを見たいんだが、見れるか?」
「はい。ウォッチにリンクしたいと命じてください」
口を開く前に、ウォッチはこちらに飛んでくる。
肩に着地した瞬間、俺の脳裏に映像が流れる。
なんだ、これ。
予想もしなかった、異様な光景がそこにはあった。
窓から見下ろす景色か。人間がひしめき、押し合いをしている。
音声は聞こえないが、ひどく騒がしそうな状況だ。
こちら側にいるのは、平服を着た人間たち。
向こう側にいるのは、黒い制服――軍服だろうか――を着た武装した集団だ。
それを窓から見下ろしているのはキトだ。
彼は白い礼装めいた服を着ている。おそらく聖堂の制服の一種なのだろう。
エレンが何かを言っている。
キトはそれに答えてから、荒い足取りでどこかへ向かっている。
「ウォッチ、音声も欲しいんだが」
ウォッチは頷く。
キンと耳鳴りがしたあとに、微かに声が聞こえる。
俺は耳を塞ぎながら、その声を聞く。
「……んで、来ねぇんだよ」
苛立ちの声だった。
彼は階段を上りながらもう一度言う。
「なんで来ねぇんだよ、ハーベスト……」
その言葉に、また、心臓が冷えた。
『俺が困ったときにはちゃんと来いよ』
別れ際、そう言っていたのを思い出す。
一瞬、呼吸の仕方を忘れる。
俺は知らないうちに、キトの期待を裏切っていたのか?




