第5章(3)
「俺は、どういう状態なんだ。死ぬのか?」
飴のエネルギーを取り込み終え、落ち着いたらしいキトがそう尋ねる。
「死なない。すぐによくなる。そうだろ、ナビ」
反射的にそう答えると、ナビは淡々とキトに着火を命じる。
両手を擦ると、赤い光が現れる。
頼りない明るさだが、先ほどとは段違いだ。
「この程度の明るさを維持していれば、あなたの生命は保たれます」
「体調もよくなるの?」
「生命は保たれます」
「…………」
またそんな、不安になるような言い方をして。
どうしてよくなると言わないんだ?
「逆に言えば、これ以下になれば生命の危機なので、気を付けてください」
「何を気を付けんの?」
「女神の力を無闇に使わないでください」
「…………」
「何度か使用しましたね、あなた。いったい何に使用したんですか」
ナビの指摘に、急に目を泳がせるキト。
しばらく黙り込んだあと、彼はわざとらしく手を打った。
「ああ、そうだ。エレン……みんな心配していただろ。もう大丈夫だと報告してきてくれよ」
「え……いま、ですか?」
「ああ、今だ。ついでにもう遅いし、休んでくれていい」
「…………」
なんという雑な人払いだ。
鈍い俺でもわかる。こいつ、エレンに隠し事をしている。
エレンが気付かないわけがない。
彼女はなにか言いたそうに口をむずむずさせていたが、静かに飲み込んで、立ち上がる。
「わかりました。お話が終わりましたら、お呼びくださいね」
失礼いたします、と言って彼女は華麗に礼をして去っていった。
「おい、キト。君はなにを隠しているんだ」
「うるせぇな、こっちにも色々と事情があるんだよ」
「事情とはなんだ」
「わからねぇのかよ。あんたさ、自分がこの国にどれほど影響を与えたのか、わかってねぇの?」
興奮しすぎたのか、キトは苦しげにまた胸の辺りを握り体を折る。
俺がうろたえている間に、彼は冷静に息を整え、恨み言をこぼした。
「大体、なんだよ。女神の力を授けるとか言いながら。使ったら死にかけるとか、詐偽じゃねーか」
「…………」
返す言葉もない。
それもこれも、俺の想定が甘かったからだ。
自分だっていつも枯渇状態で、恩恵が得られていないこの能力。
どうしてキトも同じと考えなかっただろう。
「申し訳ない。制約があるんだ。俺もこの能力は自由に使える訳じゃない」
「そんな制約、取っ払ってくれよ。使えなきゃ何も意味ないだろうが」
ぶっ倒れて死にかけているだけの聖人なんて、最悪のお荷物だぞ。
キトはまっすぐに苛立ちをぶつけてきた。
俺は反省した。
キトに人生を変える選択をさせながら、その責任をきちんと負わなかった自分。
彼が苦しんでいた間、最高傑作だと浮かれながら絵を描いていた自分。
『きみはすこし変だよ。これに違和感を覚えなかった……?』
ライズの言う通りだ。
あまりにもずれていた自分に、嫌気がさした。
「これからは最大限配慮する。君が自由にその力を振るえるように、交渉してみよう」
「いつから使えるようになる?」
被せるようにそう問われ、口をつぐむ。
困ったな。交渉が可能かすらわからない俺に、正確な期限を決められるわけがない。
キトは大きくため息をついた。
「なぜ、そんなに急いでいるんだ」
「人間社会ってのは、目まぐるしく動いていくんだぜ、ハーベスト」
訳知り顔で語られ、すこしだけモヤモヤする。
そう言われても、こちらだって事情がある。
すべてそちらの事情に合わせるわけにもいかない。
「結局君は何回能力を使ったんだ? エレンは一度しか把握していなかったようだが、本当に必要だったのは何回だ」
そう言及すると、彼はポカンと口を開いてとぼけた声を出す。
「エレンの前で使ったっけ……?」
なにやら記憶を辿っていたらしいキトは、突然ハッとして口を開いた。
「そうか、式のときに使ったのか」
「式?」
「俺たちの結婚式だ」
結婚……。
ああ、エレンが先ほど言っていた。
『このかたの伴侶です』、と。
「君たちも結婚したのか。おめでとう」
「ありがとう、……じゃなくて!」
キトはまた苦しげに体を折る。
ガハガハとひどい咳をして、また血を吐いていた。
「大丈夫か……?」
「大丈夫じゃねーよ、このクソヤロウ」
「?」
どうしたんだろう。
彼はギリギリと歯軋りをしながら、頭を抱えている。
口から血を滴らせ、悲壮な顔をする彼には迫力があったが、語り出したのはひどく子供じみた愚痴だった。
「わかる? 俺、すげー楽しみにしてたわけよ、結婚式。なんでさ、そのタイミングでぶっ倒れるかな」
「…………」
それは君が無理を重ねたからだろう。
そう思ったが、言える雰囲気ではなかった。
「その日まで、俺がどんなに努力したかわかる? それだけを楽しみに踏ん張ってきたわけ」
「…………」
「俺の頑張りを無駄にさせないでくれよ。わかってる? これ、すげー大事な話なんだぞ」
あまり良くわからない。
結婚が人間にとって人生の節目というのは知っているが、式は終わったんだろう? 無事に伴侶にはなれた。なにか問題があるのだろうか。
「あんたのせいで、大事なタイミングを逃したんだ。この先話がこじれて、二度とそういうタイミング来なかったらどうすんの、責任とれんの?」
「…………」
「これ以上、俺の人生をめちゃくちゃにしないでくれよ!」
複雑な事情があるのだろう。
鼻先に突きつけられた指に気圧されて、俺は気持ちを改める。
「制限があるなら、前もってちゃんと説明する」
「……わかった」
「嘘ついたり、詐偽はしない」
「……気を付けよう」
「俺が困ったときにはちゃんと来いよ」
「……善処しよう」
「わかってくれたんならいいよ」
キトはひとしきり文句を言ってスッキリしたようだ。
穏やかな表情で伸びをしてから、後ろに倒れこむ。
枕に後頭部を埋めて、そのまま寝息をたて始める。
とりあえず、快復に向かっていると思っていて、大丈夫だろう。
安らかな寝顔を確認してから、俺は帰路に着くことにした。
キトの要求は正当だ。
しかし、叶えてやることは本当にできるんだろうか。
俺はコンフィズリーに戻るなり、新樹庁のまわりをうろうろしていた。
必要なのは燃料だ。
キトの分だけでなく、俺のもほしい。
いつも肝心なときになにもできない。
それどころか俺は、自分になにができるのかすらよくわかっていない。
「なにをしているんですか、ハーベストさま」
ナビが首をかしげている。
「燃料がほしいんだ。どうしたらいいかな」
正直にそう言うと、彼女はさらに首をかしげながら答えた。
「ニースさまにリソースを求めるべきでしょう」
「リソース……?」
「はい。リソースがなければよい仕事はできません。正当な要求です」
リソースを求めてください。
平然と繰り返すナビに俺はゾッとした。
「いや、簡単に言うが……」
あのニースに要求をしたら、さらに無茶振りをされるんじゃないか。
「ハーベストさま、お言葉ですが、必要なリソースを要求できないもののほうが、評価を落としてしまうかもしれませんよ」
「え……どうしてだ?」
「自己管理ができない個体と、評価をされてしまうかもしれません」
確かに、何度も倒れてしまった。
それは俺が燃料不足を放置していたことが一因と言えなくもない。
「…………」
長い沈黙の後、腹を決める。
やってみよう。やるしかない。
俺はまっすぐ新樹庁に向かい、人間たちにニースへの謁見を申し入れた。
「ようこそ、ハーベスト」
ニースは相変わらず、彫刻みたいな無機質な顔で微笑んでいる。
「休暇は明けたんですね。調子はどうですか」
あなたと、あなたの犬と。
訳知り顔で、そんなことを問いかける。
こいつ、わかっていやがるな。
わかっていながら、餌をやらない。
俺は不満をぐっとこらえて、ゆっくりと口を開く。
「申し訳ありません。あまりよくはないです」
「どうしてですか?」
「指先の、光が弱くて」
俺もキトも、と呟くと、ニースはクスクス笑って言った。
「それで、どうするんですか?」
「錬石が欲しいです。それと、飴も」
「補給が必要ですか」
「はい」
「それは、任務への貢献に繋がりますか?」
「え?」
「これまで以上の成果を、私たちにもたらしてくれますか」
「…………」
心臓を掴まれたようだった。
やっぱり、厳しいことを言われる。
なんと答えればよいだろう。
悩んでいると、ニースは笑った。
「あなたは手を抜いていましたね。今まで、補給もせずに任務に出て、右往左往ばかりしていました」
息が詰まる。申し開きできない。
「申し訳、ありません……」
うつむいて答えると、すぐさま次の質問が飛ぶ。
「あなたの任務はなんでしたか」
「トライフルを導く、神となることです……」
「あなたは常に、神として振る舞うことができますか」
その指先の光で?
ニースは刺すような目で俺を見た。
できない。できるはずがない。
これまでなんとかなっていたのは、運が良かったからだ。
クスクスと、笑い声が降り注ぐ。
彼女は、適切な答えを待っている――そう察した。
「補給があれば、できるようにします。キトにも、そうさせます」
「それは、本当ですね?」
「はい。間違いなく、やれるようにします」
その答えに、満足そうに微笑む。
背筋が凍るくらいの、美しい笑顔をたたえながら――
「それなら、大丈夫です。必要なだけ持ち出しなさい」
ゼノに命じておきます。淡々とそう言った。
「やるからには、きちんとやりなさい。最高のパフォーマンスを発揮できるよう、自己研鑽に励みなさい」
あなたも、あなたの犬もですよ。
そう言われ、俺ははいと返す。
深々と礼をして、謁見の間を後にしたのだが……。
――ひどい約束をしてしまった。
後悔に苛まれ、全身が震える。
「思い切ったな、新人」
やるじゃねぇかと称賛しながら、廊下の向こうから現れたゼノが、こちらに近付いてきた。
いつもながら、把握が早すぎる。
こいつ、どこから俺を監視しているのか。
「補給を受けられると聞きました」
そう答えると、彼はけらけらと笑いながら、「ついてこい」と一言告げた。
長い廊下を歩き、いつも着替えをさせられる部屋のさらに先へと向かう。
樹の幹が突き抜け歪に開いた穴から、形成された自然の階段をのぼり、別の建物へ移る。
閉まらなくなって放置されたのか、入り口の扉は開いたまま枝に侵食されている。代わりにカーテンがかけられているのを押し退けて中に入る。
独特の匂いが立ち込めるそこには、木箱や麻袋が隙間なく詰まれていた。様々な色合いの光がその隙間から漏れ出している。
「ここにあるのはくず石だ。人間たちが錬石機関で使う燃料を保管している」
好きなものを選べ。
ゼノは雑にそう言い放った。
俺はひとまず、口を開けた袋に近付く。
中には小さな結晶が入っている。
透明な、六角柱。先端が尖っている。
バルマーにもらった石にそっくりだ。
「それはグロウリーグロウの単晶です。汎用錬石の一種です」
ナビの解説を聞きながら、ひとつ手に取り、口に運ぶ。
かるく噛むとすぐに砕けて、簡単に飲み込めた。
以前と同様に、空腹感が薄まるのを感じる。
試しに着火してみた。
人差し指に、淡い光が灯る。
白い光だ。『閃光』を撃つための光だ。
「グロウリーグロウは、光のエネルギーとなります。光のエネルギーは白色をしています」
ハーベストさまの第一属性は光です。
そのように説明をされた。
「人差し指が第一属性なのか」
「そうです。中指が第二、親指が第三です」
薬指が第四、小指が第五と、合計五つの属性を扱うことができるらしい。
今の俺の指にはほとんど光がない。他の指は何色だったかと考えていたら、ナビが隣の袋の端に止まる。
「こちらはイグノクラフトです。同じように一般的な錬石です。火と生命のエネルギーとなります」
黒い塊に、細かい赤い石がついている。
よく観察すると、赤い石は面がたくさんある球体に近い形をしていた。
「イグノクラフトの単晶は、十二面体構造をしています」
「ふーん……色々あるんだな」
俺はそれも口に運んだ。黒い部分が固くて食べにくかったが、なんとか飲み込むことができた。
着火して確認すると、中指に黄色、小指に赤色が灯る。
「赤だ。キトはこの色が人差し指にきていたよな」
ということは、キトが使っていた『烈火』という術は、俺も使うことができるのだろうか。
「その通りです。第五属性までの色を自由に組み合わせて、錬成術を放つことができます」
……へえ。面白いな。
俺はようやく、この自己錬成という能力に興味が湧いてきた。
他の色も灯したいと言うと、ナビが誘導してくれる。
手にしたのは、ティフォニーハルトという綺麗な石だった。直方形をしていて、わずかに面に尖りがある。黄緑の中に橙の光が飛んでいる、不思議な色合いだ。
齧ってから、着火する。親指の緑と、薬指の橙が灯り、五色の光が揃った。
最初に着火したときと、同じ状況だ。
失われていた力を、取り戻した――なんだか感慨深い気持ちが沸き上がる。
しかし、いつものことながら。
心の余裕を持たせてはもらえない。
「全部点いたな。その三つを持てるだけ持ち出せ。今から訓練をする」
「訓練?」
「自分の能力もわからないやつは、役に立たない。最短で仕上げるぞ」
ついてこい、と告げられる。
相変わらず、展開が早い。
どうしてそんなに急がせるんだよ。
不満に思いながらも、俺はナビから受け取った袋に三色の石を詰め込み、慌ててゼノの背中を追う。
連れていかれたのは、樹の内部に広がった、だだっ広い平坦な空間だった。




