表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
交錯世界の風見鶏  作者: 小柚


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/17

第4章(4)

 まだ日は落ちていない空に、奇妙な雲が出ている。

 耳鳴りのような異音がかすかに聞こえる。

「なんだよあれ」

 キトが独りごつ。

 山沿いの住宅地が、黒い煙にまかれている。

 逃げてきた人間が、状況を伝えようと叫んでいる。

 ――人が襲われている。

 俺は反射的にフライトに向かって走った。

 手綱を手に、背にかけ登る。

 鞍に座って手綱を引こうとすると、肩に圧迫感がある。

 振り返るとすぐ後ろにキトがいて、ギョッとした。

「危ないぞ、君」

「連れてってくれよ」

 あそこに行くんだろ?

 彼は黒い空を示す。

「しかし、危険だ」

「あれは俺を狙っているんだろ?」

 ……そういうことか。

 キトはナビの話を信じ、あの雲がここにこないようにと考えている。

「俺があっちの山の方に行ったらどうかな」

 街から離れた、なにもない山を示す。

 そう考えるのは自然だが、あの化け物が街から離れるとは考えにくい。

 あれはキトを狙っているかもしれないが、キトだけを殺そうとしているわけじゃないだろう。

 街の人間をまきこんだ方が、効く。

 やつらは、そういう思考回路をしている。

「ひとまず様子を見よう」

 しかし、可能性がないわけではない。

 俺はキトの提案に従い、雲を誘導できるか試してみることにした。

 フライトは羽ばたき、空に飛び上がる。

 不思議な力が働いているのか、彼の背中では振り落とされる危険はあまりないらしい。

 キトは尖った鱗を持ちながら、不安定な姿勢で街を見下ろしている。

「虫か? でかい虫が群れてる」

 彼が言う通り、黒い羽虫が雲の正体だった。

 街に入り込んでいるのと、空を漂っているのと、その行動は一様でない。

 ひとまず空にいるものに牽制をかける。

 フライトの速度を上げ、雲に突っ込ませる。

 素早く虫は拡散し、手応えは皆無だ。

 何度か繰り返してみたが同じだった。

 虫はほぼこちらに興味を示さない。住宅地の真上に位置取り、ただ空を漂っている。

「駄目だ。全くこっちを向かない」

「俺が狙いじゃなかったのか?」

「…………」

 ちゃんと言っておいた方が良いだろう。

 俺はキトに向き直り、手にした麻袋を突き出す。

「これは君ひとりの問題ではない。すでに、この街すべてが目をつけられているんだ……」

 なんと言えば伝わるのか。

 俺から言ってやれることは何だろう。

 頭を悩ませながら、言葉を続ける。

「守りたいものがあるなら、これを飲んでくれ、キト。そうすれば少なくとも君自身が、やり方を選ぶことが出来る……」

 もう始まってしまったことだ。

 俺たちには止められない。

 できるかぎり被害を抑えることしかできない。

 力を持てば、少なくとも選択肢を増やすことができるのだ。

 俺の思いが伝わったのか、彼は麻袋を受け取った。

「飲むかどうかは、俺が選ぶ」

「それでいい」

「街に降りたい」

「わかった、行こう」

 住宅地は羽音に満たされていた。耳を塞ぎたくなるほどのものだった。

 傾いてきた日を遮るように黒い雲が陣取っていて、ひどく薄暗い。

 地面にポツポツと黒い山が見える。

 虫がなにかに群がっているのだろう。

 フライトを強く羽ばたかせ、突風を起こす。

 すると黒い山はあっけなく吹き飛び、倒れている人が顕になった。

 地面が近くなると、キトは飛び降りた。

 駆け寄って容態を確かめる。

 俺は両手を擦って着火し、ナビに問いかけた。

「この光で、どこまでやれる?」

「『発雷』はやめておいたほうがいいです。しかし、『閃光』なら数発は撃てると思います」

 『閃光』とは、人差し指の白い光だけで撃てる錬成術らしい。

 光を作るだけの簡単なものらしいが、ないよりはましだ。

 吹き飛ばされた羽虫が再び迫ってくる。

 フライトにもう一度風を作らせたが、同時に悲鳴が聞こえてきた。

 建物に隠れていた人間が出てきたらしい。

「た、助けてください!」

「天使様……」

「龍の後ろまで走れ!」

 叫びながら、キトは落ちていた物干し竿を手に虫の群れに突っ込んでいく。

 無茶をする。

 俺は焦りながら、白い光を三回空に塗りつける。

「『閃光』――!」

 手を前方にかざすと、まばゆい光が辺りを満たした。

 幸運にも、黒い虫は光が苦手のようだった。

 一瞬で物陰にかくれてしまい、キトは棒を空振りして終わる。

 その間に、たくさんの人間がフライトの尻尾にへばりついていた。

「前の雷は使わねぇの?」

 キトに問われ、言葉に詰まる。

「あれは撃てない。今の状況では……」

「…………」

 責められるかと思ったが、キトは考えるように周囲を観察している。

「さっきの光、あの建物の中にぶちこめるか?」

「ああ、できるが」

「頼む」

 不思議な依頼だったが、俺は悩まず『閃光』を撃つ。

 建物から虫が飛び出していくなか、キトはそこに飛び込んでいった。

 縦横無尽に飛び交う羽虫。背後の人間を守るために、フライトを羽ばたかせる。

 これでひとまず進行は食い止められるが、いつまでもこうしてはいられないだろう。

 日が落ちたらおそらく、空で光を遮っている虫たちが街へ降りてくる。

 やつらが今、この付近にしか出張っていないのは、日の光が苦手だからだ。

 突然窓ガラスが割れる。何かが放り出されている。

 それは薪だった。

 キトが建物から薪を次々と投げている。

 彼は火のついた薪となにやらぼろ切れを手に飛び出してきて、こちらに向かって叫ぶ。

「みんな、火を持て! あの虫は光が苦手だ。火を持っていたら襲われない!」

「――!」

 人間たちは、即座に駆け出す。

 積まれた薪をとり、キトが渡す布を巻き付ける。

 油が染みているのか、すぐに布に火は移る。

 ものの数分で、辺りは明るい光に満たされる。

「逃げ遅れたやつを探せ! 生きているやつはみんな連れ出せ!」

 早くしろ、と言いながら、キトは自らが率先して街路を駆け出していった。

 見事な統率だった。

 人間は老若男女問わず、キトに従い人助けを始める。

 俺にもなにかできないか、と考えていると、遠くから指示が飛んだ。

「ハーベスト! とりあえず聖堂まで人を運んでくれ!」

 怪我人からだと言われ、俺は運ばれてきた人間を何人か乗せて空へと飛び立つ。

「ああ、天使様……なにが起こっているのですか」

 聖堂に着くと、立派なローブを着たやつらが相変わらず狼狽えていた。

「邪なるものが暴れている。怪我人を頼む」

 短くそう言って、人間を下ろす。

 俺は何度かそんな輸送を繰り返した。

 しかし、これではいけない。

 それはキトにもわかっているだろう。

 暗くなっていくなか、薪が燃え尽きていく。

 それでも、打つ手がない。避難を進めるしかない。

 もどかしく思っていたそのとき。

 異様な光景を目にした。

 女子供を優先して避難させた現地で、残った人間たちが暗闇を見つめ立ちすくんでいる。

 いつからそうなっていたのか。

 状況が変わっていた。

 くすぶる薪を掲げるキトの前に、黒い塊が蠢いている。

 羽虫が、その塊に集まっていく。

 どんどん膨れ上がるそれを前に、キトは呆然と立ち尽くしている。

「なにが起こっているんだ」

 俺は呟いた。

 するとナビが肩に乗ってきて、のんびりした口調で告げる。

「大サービスですよ。キトライドは頑張ったので、仕上げの大チャンスが与えられたようですね」

 ――よかったです。

 ナビは何故だか安堵の息をついていたが、俺には全く状況が掴めない。

 大サービスってなんだよ。

 誰がそんなものを与えたんだ。

 人が死んでいる。

 化け物がまだ目の前にいる。

 その状況でどうして、安堵の息なんかつけるんだ。

 キトは火が消えた薪を放った。

 力が抜けた体で、化け物を見上げている。

 いつの間にか、手にはあの球体が握られている。

 彼はそれを弄びながら、何かを思案しているようだった。

 どう見ても手詰まりだ。

 夜が迫るなか、火が消えそうだ。

 羽虫の数は減っていない。街の人すべてに身を守る術を教える時間はない。

 俺は発雷を撃てないし、閃光すらもう撃てないかもしれない。

 フライトで何人かは運べるかもしれないが、それで何が変わるというのか。

 ――起死回生の手が必要だ。

 同じように判断したのだろう。

 キトは球体を掲げ、空を仰ぐ。

 すこしだけ躊躇いをみせたあと、決意したように口に運ぶ。

 何が起こるかわからないままに――彼は怪しいその物体を、飲み込んでみせた。

 俺は思った。

 あいつはすごいやつだ。

 俺とは違う。

 英雄とは、あいつのようなものを指すのだろう。

 そして、英雄には英雄らしい物語が与えられる。

 キトは呻き声をあげ、体を折り、地に膝をつく。

 次の瞬間、人間たちがどよめきの声をあげる。

 彼の髪が、輝きを放った。

 淡いグリーン。

 既視感のある色だった。

 深い色合いの髪色が、明るい色彩に変わる。

 あまりにもインパクトがあった。

 ナビが急に動き出す。キトのもとに飛んでいく。

「女神の力を授けます、キトライド」

 ナビに応じ、彼は両手を擦り合わせる。

 人差し指にだけ、赤い光が灯る。

「三度空をなぞり、こう告げなさい」

 言われた通りに、空をなぞり、宣言する。

 ――『烈火』。

 その瞬間、黒い塊は燃え上がる。

 残った虫たちは、吸い込まれるようにそこに集まっていき、引火していく。

 激しい炎をあげ、空を赤く染める。

 夕焼け時はもはや過ぎていた。

 しかしあたりは夕日に照らされたように赤く染まっている。

 歓声が上がる。

 松明を空に投げる人間たち。

 勝利に沸く人間たち。

 何故だか、以前描いたランタンが上がる夜空を思い出す。

 あれは、人間たちが願いを書き、空に向けて飛ばすイベントだったと聞いた。

 天に届けば、神さまが願いを叶えてくれるらしい。

 ……願いは叶った。

 超越的な力で、魔物は退治された。

 キトがこちらを振り返る。

 俺は自然と、鳥肌が立ってしまった。

 炎を背負った彼の姿は、あまりにも神々しかったから――

 俺はつい自分の立場を忘れ、沸き立つ人間たちに混ざり、感動に身を溺れさせていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ