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第13話 持ち主が嘘をつくと軋む椅子

お読みいただきありがとうございます。

感想、評価をいただけると嬉しいです。

 その椅子は、事務所の中央に置かれた瞬間から、場違いだった。


 背もたれは高く、脚は細い。

 装飾は最小限だが、木目の出方が異様に整っている。

 使われてきた時間のわりに、どこか緊張を保った姿勢を崩さない家具だった。


「……こちらが、依頼の品になります」


 依頼人は、人間の男性だった。

 背筋が伸び、言葉遣いも丁寧。

 だが、声の高さが一定で、感情の揺れを意識的に抑えている。


 アキは、椅子を一瞥しただけで、視線を外した。



「今日は、私ではありません」


 即答だった。


 東峰が、わずかに目を見開く。



「……副所長、本日のご予定は空いておりますが……」



「気が向きません」


 それ以上の説明はない。


 依頼人が戸惑ったように瞬きをする。


「そ、それは……後日、改めて来たほうが……」

「いえ」


 心地良いバリトンの声が、羽音とともにアキの隣に並んだ。


「本日の担当は、わたしでしょうね」


 ワタリガラスの先輩――濡れて艶のあるような黒羽を整えた獣人が、ワイシャツの袖を捲くりながら、椅子の周りをゆっくりと回る。

 

 宝石鑑定を専門とする彼は、家具の鑑定に関わることは珍しい。


 アキは何も言わない。

 拒否はしたが、止めもしない。



 ワタリガラスは椅子に直接座ることはしなかった 。

 代わりに、長い指先で背もたれの彫刻を、

 まるでダイヤモンドのカットを確かめるように、ごかきけく僅かな圧でなぞっていく。


「……よろしいのですか?」


 依頼人が不安げに尋ねる。


「問題ありません。コレは、彼の専門です」


 依頼人の問いかけに、アキはそう答えたあと、窓辺の定位置へと歩き出す。


 ワタリガラスが、つい、と目を細めた。


「嘘は、宝石と同じです。

 形よりも、内側の歪みのほうが分かりやすい」

 

 彼が座面の中心、目に見えないほど小さな節を指先で弾いた瞬間

――ぎぃ、と。椅子が悲鳴のような音を上げる。


 座面には、誰も座っていない。

 

 依頼人の肩が、ぴくりと揺れる。


「……先輩、いま、音が」

「ええ」


 東峰の問いかけに、ワタリガラスは脚部を軽く叩く。


「この椅子は、魔力で補強されています。

 ただし、対象は“荷重”ではありません」


 彼は、依頼人を見る。


「言葉、です」

「……言葉?」


「正確には、“事実と異なる言葉”」 


 東峰が、慎重に確認する。


「つまり……嘘をつくと?」

「軋みます」


 即答だった。


 その瞬間、

 ぎ、と、椅子が低く鳴いた。


 依頼人の顔色が変わる。


「……自分は、まだ何も……」


 ぎ、ぎぃ。


 音が、重なった。


 ワタリガラスは、何も言わずに頷く。


「反応は良好ですね。

 かなり正直な椅子だ」


 依頼人は、唇を噛んだ。


「……これは、どういう用途の……」


「“自分を偽る場”に置かれる椅子です」


 ワタリガラスは淡々と告げる。


「会議室、裁判所、交渉の席。

 あるいは――家庭」


 東峰が、そっと息を吸う。


「……自分用、ではないのですね」

「ええ。持ち主は、座らせる側です」


 依頼人が、苦笑した。


「……自分は、正直者だと思っていました」


 ―― ぎぃ。


 音は、短く、鋭い。


「思っている、のと」


 ワタリガラスが続ける。


「そう振る舞っている、のは、別です」


 依頼人は、しばらく黙り込んだ後、椅子に視線を落とした。


「……鑑定結果を、教えてください」

「承知いたしました」


 ワタリガラスは一度だけ、羽ばたきしてから、告げる。


「この椅子は、

 嘘を罰するためのものではありません」


 ぎ、……と、小さく鳴る。


「……ですが。

 嘘をついた“瞬間”を、

 本人と、相手に知らせるための椅子です」


「気づかない嘘、というものも、ですか?」


 東峰の問いかけに、ワタリガラスは、静かに頷く。


「……なるほど」


 依頼人は、ゆっくりとうなずいた。

 しばらくの沈黙の後、彼は言った。


「……では、これは、処分すべきでしょうか」


 ぎぃ。


 音は、今までで一番大きかった。

 ワタリガラスは、少しだけ目を細める。


「それは、鑑定の範囲外です」


 どこかで、

 アキが尻尾を揺らした気配がしたが、口は出さない。


「この椅子は」


 ワタリガラスは続ける。


「嘘をやめさせる力は持っていません」


「……え?」


「“嘘をついている自分”を、

 座っている本人に渡すだけです」


 依頼人は、深く息を吐いた。


「……重いですね」


「ええ」


 ワタリガラスは、椅子から手を離す。


「だから、価値がある」


 帰り際、依頼人はアキのほうを見た。


「……なぜ、今日は鑑定をなさらなかったのですか?」


 アキは、視線を合わせない。



「この椅子は、

 “嘘をつく人”よりも、

 “嘘を見せる人”もの。

 彼以上の適任者を、私は知りません」


 それだけ言って、アキは背を向けた。


 扉が閉まったあと、東峰が小さく尋ねる。


「……先輩、すごかったです」

「そうでもない」


 ワタリガラスは羽を整える。


「嘘は、宝石より脆い。

 割れやすいものを扱うのは、慣れているだけだ」


 ワタリガラスの、低く、夜の底に沈むようなバリトンの声が事務所に響く 。

 

 アキは、机の上の書類を閉じた。


「先ほとの件は、副所長よりも、わたしに向いていた。それだけのこと」


 その声に、アキのしっぽが揺れる。


「……おふたりともは、最初から?」

「私は、嘘を見抜く役ではありません」


 東峰の問いかけに、外を見たままのアキが答える。


 事務所には、変わらぬ静けさが戻ってくる。




 アキはいつもと変わらぬ表情で、

 いつもの言葉を置いた。





「―― さあ、鑑定の時間です」




 鑑定事務所の奥の奥で、

 誰も座っていない椅子が、

 もう一度だけ、小さく鳴った。








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