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第12話 先に気づいた音

お読みいただきありがとうございます。

感想、評価をいただけると嬉しいです。

 その日は、雨が降っていた。


 鑑定事務所の窓を叩く音は細かく、均一で、

 耳を澄ませば心地よいはずの夜だった。

 

 依頼品は、繊細な装飾が施された、小さな音楽箱。

 中にあるゼンマイを回すと、確かに旋律が流れる ―― はずだった。



「……鳴ってます」


 依頼人は、獣人の少年だった。

 不安そうに箱を抱えている。


 アキは、いつも通り椅子に腰掛け、目を閉じた。


 数秒。

 首が、わずかに傾く。

 片耳が、ほんの少しだけ、外を向いている。


「……音は、問題ない」



 一拍の呼吸のあと、

 アキの言葉は断言だった。


 東峰は、その言葉に、違和感を覚えた。


 ―― おかしい。


 音楽箱は、確かに鳴っている。

 でも――


「副所長」


 思わず、声が出た。


「……一音、足りません」


 室内の空気が、ぴたりと止まる。


―― パサリ。


 東峰の声に、ミハルが羽を揺らした。

 彼は音楽箱に目もくれず、ただ、椅子に座るアキの後頭部を、射抜くような鋭い眼差しで見つめている。

 

 その目は、

 アキの耳が「ぴるる」と震えた 瞬間の完璧に捉えていた。




「何?」


「最後の音です。ラ、の音、かな……

 その………高い方の ―― 終わりの、ほんの一瞬」


 細かな部分が合っているかどうかは、

 自信はない。

 けれど、

 東峰は、自分でも驚くほど冷静だった。


「鳴っていない、というよりかは……鳴る前に、途切れてます」


 雨音の向こうで、音楽箱は回り続けている。



 アキは、もう一度、耳を澄ました。


 今度は、少し長く。


「……」



 雨音が、ほんの僅か、強くなった。


 アキは静かに、ゼンマイを止める。


「……本当ですね」


 声が、いつもより低い。


「私は、途中までしか聞いていなかった」


 責める調子はなかった。

 ただ、事実を受け取っただけの声。


 依頼人の少年が、不安そうに二人を見る。


「壊れてるんですか……?」



 アキは、首を横に振る。


「いいえ」


 音楽箱を、東峰の方へ押し出した。



「これは、最後まで聴かれなかった音です」



 東峰は、はっとする。


 少年の指が、服の裾を握りしめ、白くなっている。


「……おじいちゃんが」


 とても小さな声が、雨音を合間に聞こえてくる。



「途中で、眠っちゃうんです。

 いつも、最後まで聞かない」



 アキのしっぽが、静かに揺れた。


「だから、この音は ――」


 一拍。


「誰かが起きている時のために、残った」


 鑑定結果は、驚くほどに、すぐに出ていた。



「直す必要はありません」


 アキは言う。


「貴方が、聞いている。

 ですから、この音楽箱は、役目を果たしています」


 アキの、オッドアイの目が、ほんの少しだけ柔らかく細められる。

 そんな視線に、少年は、少しだけ笑った。





 依頼人が帰ったあとも、

 雨はまだ降っている。


 東峰は、恐る恐る口を開いた。



「……アキさん…………その、申し訳ありません。……出しゃばりましたか?」


 アキは、しばらく黙ってから答えた。


「いいえ」


 視線を合わせないまま。

 ほんの一瞬

 アキの耳が、ぴるる、と揺れる。

 


「先に気づいた。それだけです」


 言葉を選ぶような、そんな間だった。

 


「……次は、教えてください」


 アキの鮮やかな双瞳が、

 東峰の瞳を捉え

 胸が、きゅっと詰まる。

 

 直後。

 

―― パサリ、と重みのある羽音が響く。


 それまで宝石の資料を検分していたワタリガラスが、ゆっくりと顔を上げた。

 彼は東峰を見ることなく、

 ただ、雨に濡れる窓の外を眺めながら、

 低く、深い声で言葉を落とす。



 「……雨の夜は、余計な音がよく混ざります」


 ワタリガラス先輩の言葉に、

 アキの尻尾が、ぴたりと動きを止めた。


 ワタリガラスはそれ以上、何も言わない。

 アキの耳の不調に気づいている素振りも見せず、ただそれだけ告げる。

 それは、長く共に夜を越してきた二人だけの、無言の信頼だった。

 

 東峰が、息をするのも忘れて立ち尽くしている合間に、

 ワタリガラスは椅子に深く腰掛け直し、黒艶の羽を一度だけ整える。

 

 

「次、予定が入っているでしょう? 副所長」


 ワタリガラスの促すようなその声に、

 所長が、奥で静かに頷いている。


 それは叱責でも評価でもない。

 引き継ぎを見届ける者の目だった。




 そんな彼らの視線に、

 アキは小さく呼吸を整え、

 いつもの言葉を置いた。




「―― さあ、鑑定の時間です」



 

 

 その声は、少しだけ低く、

 けれど確かに、前よりも静かだった。



 いつもよりも、暗い窓の向こう。

 

 

 一人の夜に、曖昧さを残したまま、

 

 

 

 鑑定士たちの夜は、続いていく。

 

 

 

 

 


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