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第11話 主を失った使い魔の契約書(後編)

お読みいただきありがとうございます。

感想、評価をいただけると嬉しいです。

 —— まだ終わっていない。

 —— 自分は、自由になってはいけない。


「……主は」


 獣人が、ぽつりと声を落とす。


「優しい方でした」


 言葉は少ない。


 けれど、それだけで十分だった。


「守る、と言いました。

 最期まで、そばにいると」


 声が、わずかに震える。


「でも……守れなかった」


 アキは何も言わない。

 言える言葉がないからではない。

 

 ―― 今は、聞く時間だからだ。


「主が亡くなったあと……

 この契約書を燃やそうとしました」


 獣人は、指先を見つめる。


「でも、できなかった。

 燃やしたら……全部、全部が、嘘になる気がして」


 —— 忠誠

 —— 役目


 それらは時に、人を生かし、時に縛る。


「自由になりたい、と……思います」


 獣人は言った。


「でも、自由を選ぶ資格が、ない」


 そのとき、東峰が一歩前に出た。


「それ」


 獣人はびくりと肩を震わせる。


「契約じゃない」


 東峰の声は、低く、けれど、彼らしい柔らかな音だった。


「あなたは、弔い方を、誰にも教わらなかっただけです」


 獣人の目が、東峰を捉える。


「人間には、区切りがあります」


 東峰は続けた。


「葬儀とか、言葉とか……

 “終わらせてもいいんだよ”と、言われる場が」


 少し間を置く。


「きっと……あなたには、それがなかった」


 沈黙。


 獣人の呼吸が、少しだけ乱れる。


「忠誠って……続けることだけじゃないと思うんです」


 東峰は、依頼人を見つめて言う。


「終わらせていい忠誠もある」


 その言葉は、命令ではなかった。

 提案でもない。


 ——選択肢だった。


「……本当に?」


 獣人の声が、かすれる。


「裏切りに、ならない?」



「ならん」



 その問いに答えたのは、所長だった。


 いつの間にか、奥の部屋から出てきていた。

 短く。

 けれど、所長は断定的に言う。

 


「契約は、守るためにある」


 所長は、契約書を見つめる。


「だが“生き残った者”を壊す契約は、

 それ以上、守られる資格はない」


 獣人は、息を詰めた。


「……破棄しなさい」


 柔らかな声色で、所長が告げる。



「それは、許可でしかない」


 ゆっくりと、獣人は契約書を手に取った。


 指先が震えている。


「……名前を、呼ばれなくなるのが」


 小さな声。


「怖いです」


 アキは、静かに言った。


「それなら」


 鑑定士としてではなく、一人の声として。


「最後に、聞いていきましょう」


 獣人は、契約書を胸に抱きしめる。


 そして、火を灯した。


 羊皮紙は、ゆっくりと燃え始める。


 文字が崩れ、線が歪み、

 命令の言葉が、灰になっていく。


 —— そのとき。


 音が、立ち上った。


 命令ではない。

 束縛でもない。


 ただ、名前を呼ぶ音。


 かつて主が、日常の中で呼んだ、あの呼び方。


 それは、最後の命令ではなく、

 最後の呼びかけとして、夜に溶けた。

 

 


 火が消える。


 灰が、机に落ちる。


 獣人は、しばらく動かなかった。


 やがて、深く息を吐く。


「……軽い」


 その一言に、すべてが詰まっていた。




 帰り際、獣人は扉の前で振り返る。

 


「もし……また、誰かと契約するとしたら」


 

 ほんの少し、縋るような目で、アキを見る。



「今度は、選んでもいいんでしょうか」



 依頼人の目を、じ、と見返したあと、

 アキが一度だけ、ゆっくりと瞬きをした。

 



「ええ」


「次は、“残るため”じゃなくて」


「一緒に、生きるために」



 真っ直ぐに、揺らぐことのないアキの視線に、

 依頼人は、黙ったまま、深く、深く頭を下げた。



 扉が閉じる。


 夜の鑑定所に、静けさが戻ってくる。




 だが、その静けさは、来たときよりも、ほんの少し、あたたかかった。

 

 

 

 

 そして。

 

 アキが、いつもの場所へ腰を下ろす。

 

 ゆら、と低い位置で、尻尾が揺れている。

 

 



「―― さあ、鑑定の時間です」


 

 

 アキは、いつもの言葉を口にする。

 

 

 

 鑑定士たちが見た約束は、

 

 

 まだ、ここにある。

 

 

 

 


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