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霧島 瞬 ① ・ ククロエ・ミツキ ①

 今ひとつ馴染みきれない教室の喧騒。

今日も朝から同級生たちは、仲の良い者同士が笑顔を交えながら話している。


 最近はまもなく訪れる、GW(ゴールデンウィーク)の予定について盛り上がっているようだった。


「だからね? 中間テストが終わったからこそ、今が予約のチャンスなのよ」

「いや、そんな遠くまで私行きたくないし。旅費の問題もあるし」

「…同意。やはりツインテは愚か」

「はい、はいっ! 食べ歩きとかどうかな?」


 窓際にもたれて、そんな会話を聞くとはなしにぼんやりと耳に留める。

今日も一部のうるさい女子連中の大きな声が少々耳障りだ。


 斜に構えているわけではないが、それでもはしゃぐ連中を見るたびに気分は下がる。

高校生になってようやく半月が経とうとしている四月も中旬。


 霧島瞬(きりしましゅん)にとって、人の多い場所は気が滅入るという以外の何物でもなかった。


霧島(きりしま)、おまえGW(ゴールデンウィーク)は何か予定あるのか?」

「…ん? 俺か?」

 珍しいこともあるもんだ、(しゅん)は自分に声をかけてきた方向に向き直る。

 

「今何人かに声をかけてんだけど」

「…なんだよ?」

 不機嫌というよりは嫌悪感に近い。

 霧島瞬(きりしましゅん)には、「何人か」という部分が引っかかる。


「男女何人かで一日使ってどこか遊びに行かねーか?」

「…なんだそれ。 男女でって…」

 

 楽しそうに話す同級生の言葉に(しゅん)は耳を疑う。


「まさかとは思うが、カップルでどうとか言い出さないよな?」

「あぁ、いや、後々そういう関係になるなら、それに越したことはないけど…」

 

 なんとも言えず、(しゅん)は少し呆れた表情を見せる。

 高校生になった途端にもう色ボケか? 下心を隠さずにニヤニヤと笑う同級生を見て(しゅん)はそう思う。


「ほら、うちのクラスもそうだけど、なんというか…可愛い子多いじゃん?」

「可愛い子…誰だ?」

黒鋼(くろがね)さんもそうだけど、中村さんとか、あとは…違うクラスだけど六界(むかい)さんとか…」

「…可愛い…まぁ、わからないでもないけど」


 正直言うなら、霧島瞬(きりしましゅん)にとって、男女がどうとか交際がどうとか、そんな話は考えたこともなかった。

 それは年齢が、高校生だからというよりも、そういう人づきあいは無縁だと考えているからだった。


 とはいえ、人並に(しゅん)も可愛い子の判別はついたし、別に女嫌いというわけでもない。

 硬派を気取っているわけでも、また同性愛というわけでもなかった。


 単に人づきあいが煩わしいという、その一点のみだ。


 もし同級生の言う通り、可愛い女の子とつきあうとしても、(しゅん)にとっては多人数でない限り、たいして問題はないと思える。

 特に「女の子とつきあいたい」とは思っていなかったが、(しゅん)は同い年の同級生たちが、意外に男女交際について考えてるという事実に少し驚いていた。


「まぁ、計画としてはまだ半月先だし、詳しいことは決まってないけどな」

「そうか」


 言いたいことだけを話すと、同級生は他の男子生徒に声をかけ始めた。


「ふぅん…」

 正直あまり興味を持てない(しゅん)だったが、長い休みともなれば、暇を持て余すのも必至だと考える。


黒鋼(くろがね)…えー…名前はなんだっけか。同級生の名前、ほとんど覚えてないな」

 先程から特にうるさい女子集団に(しゅん)は視線を移す。


 金髪ツインテール・無表情の銀髪・黒髪ボブカット・ピンク髪の社長令嬢。


「ピンク髪が黒鋼(くろがね)でいいんだよな…?」

 少し自信がなかった(しゅん)は近くにいた男子生徒に確認する。

 同級生は「え? 今更?」などと驚いていたが、(しゅん)のものぐさな性格を把握しているのか、わざわざ詳しく教えてくれた。


黒鋼(くろがね)マリー…か」

 特にマリー本人に興味はなかった(しゅん)ではあるが、その派手な容姿だけは記憶に残っている。

 

 孤独を気取っているわけではなく、はっきり言うなら「コミュ障」気味の(しゅん)にとっては、どうしても人同士の煩わしさには苦手意識があった。


  --- あまり話せないなら、せめて全員の名前ぐらいは覚えておく方がいいか

   

 それは(しゅん)なりの精一杯であるものの、それはただの常識レベルのことだと理解はしている。

 

「生きていくハードルって思ったより(たけ)ぇなぁ…」

 成長するに連れ、当たり前の責任や常識が要求されいくという事実。


 (しゅん)にとっては、生きていくことさえも少し憂鬱だと思えた。



 ----------



「申し訳ありませんラライナ様。手紙とはいえ説明不足でした」


 ニニルリ・メルリは、目の前でにこやかに笑うラライナ・カメルに謝罪を告げ、頭を下げた。

 ラライナにしてみれば、自分の仕事とニニルリの仕事が共に少なかったために作れた、偶然の空き時間だ。

 こんな街はずれの殺風景な場所だろうとも、会えたのがよほど嬉しいのか、ニニルリの姿を見つけるや、ラライナは満面の笑顔で近づいて来たのだった。

 

「しかし、手紙に書いた内容は事実で、その日は少し予定がありまして…」

「あぁ、いいのいいの。だから今日会いに来たんだから大丈夫よ♪」

「は、はぁ…」


 そう言いながらラライナはニニルリの両手を握り締める。

 ラライナにとってそれは普通のスキンシップなのだろうが、ククロエには少し過剰に思えていた。


「それで」

「はい」

「どんな用事?」

「はい?」


 プライベートの予定までラライナは知りたがっている。


(この方は…どうして隊長にだけここまで?)


「非番の用事よ、私と会う以上に大事な予定があるんでしょ?」

「あぁ…そ、それは…」

 表面上は笑顔を見せながらも、ラライナは少し強い口調で問いただす。

 子供っぽい嫉妬を抱いているのか、ニニルリはラライナのそんな自分本位で感情的な部分が少し苦手だった。


「じ、実はですね、私も今後の生き方に思うところがありまして」

「思うところ?」

「はい、『魔法職試験』を受けてみようかと…」

「あらっ! まぁまぁまぁ!」


 ニニルリの話を聞いたラライナは途端に目を輝かせる。

 以前からラライナは「魔法職」への転職を、ニニルリに勧めていたのだ。

 

「ラライナ様からお借りした本を熟読しまして、最近ようやく一部ですが、魔法を具現化できるようになりました」

「うんうん♪ いいわね! ニニルリは絶対できる子だと思ってたのよ、私は!」

「ありがとうございます」


 二人の横で手持無沙汰のククロエは少し疎外感を感じていたが、ニニルリにとってはそれがベストの選択だとは理解はしている。

 

 なにしろ、実際に「戦士職」を経験してみたククロエには、「いくらでも替えが効くただの雑用係」というやり甲斐のない仕事としか思えなかったからだ。


 「人間」の、しかも女の身では日々の体力仕事はかなりのつらさであり、しかも給与も安いとなれば、ニニルリがより良い仕事にステップアップしたいのは当然だと思える。


(少し寂しいけれど…) 


 それが嘘偽りない、正直なククロエの気持ちだった。


 ニニルリを尊敬してるからこそ、短い「人間の生涯」に、ククロエは限りない愛情を抱いているのだった。


「近い将来、同じ職場で働けるようになるのねー、ふふっ♪」

「いえ、それはまだ決まったわけでは…」

「私が色々と教えてあげるから心配しないでね!」

「…は、はぁ(苦笑)」


 すでに同僚気取りではしゃぐラライナの姿に、ニニルリは困った笑いを返す以外になかった。


 「魔法職」はまさにエリート中のエリートであり、このアークエスタという文明を動かす心臓に当たる存在だ。

 全人口百万人のうち、「魔法職」に従事できる人間は、僅か千人にも満たない。

 人口のおよそ0.001%という、まさに選ばれし民。

 しかしそんなエリートである「魔法職」だが、国のインフラや日用素材の生成が主な役割とはいえ、日々同じことを繰り返すだけではその資格はない。


 生涯休むことなく新しい知識を仕入れ、また新たな素材・応用もその職務に含まれている。


 「戦士職」が体力を酷使する地獄と言えるなら、「魔法職」は頭脳・知力という精神を酷使する地獄であるという事実。


 ラライナは幼い頃より「アークエスタ史上最高の魔法使い」と評価され生きてきた。

 そして、それは本来の頭の良さに加え、意外なほど適当で無軌道な性格から、全くプレッシャーを感じずにやってこれたところはある。


 そういう「精神的な地獄」にニニルリが耐えられるのかという心配を、ラライナは決して口にはしないがその胸の内に隠していた。

 それは、「私がニニルリを全力でサポートする」という固い決意があった故のことだったのだ。


「けど…ラライナ様のおっしゃる通り、私も本当に魔法使いになれればと、本心から思っております」

「うんうん♪ あっ、そうそう、せっかくだしククロエも魔法使いにならない?」

「えっ⁉ あ、あたしもでありますか?」


 ふいに話題を振られたククロエは間抜けな声を上げてしまう。


「大丈夫大丈夫♪ 私も手伝ってあげるから…」

「?」


 途中までそんな会話を続けていたラライナだったが、急に不機嫌そうな表情を見せると、空を見上げる。


「…」

「ラライナ様、どうかされましたか?」

「…魔法粒子が…ありえないぐらい騒いでる」

「えっ?」


 ラライナが発したその言葉の意味をニニルリは理解できていない。

 空気中に存在する魔法粒子 --- 人体には無害だが、それは物質を生成するために不可欠なものである。


 しかし普段とはどうやら様子が違うらしい。

 ざわつく空気感を敏感に察知したラライナだったが、今朝方感じた違和感が、さらに悪くなっていることに不安を感じていた。


「…魔法粒子が…?」

 ニニルリ同様、ククロエもラライナの発言を理解できなかった。

 が、意識を集中して見えない波動を感じることがククロエには可能だった。


「…え…?」


 「人間」として暮らす日々が、ククロエから注意力を奪っていたことは間違いない。

 

 --- 以前の自分なら気づかないはずないのに ---


 遥か空の彼方に感じられる、憎悪と無邪気さの悪意。


「…空の向こうから何かが…」



 --- 『けれど、今の私にはどうにもできない…』


「誰⁉」


 --- 『何も起きないでくれ…頼む』 

 

「…この声…この祈りは…時空間を越えて聞こえている…?」


「ククロエ⁉」

 ニニルリが街の出入り口に向かって駆け出すククロエに声をかける。


 --- ラライナ様だけではなくククロエまで様子が…

 

 残念ながら、ただの「戦士」に過ぎないニニルリは何も違和感を感じない。


「あの子も…何かを察知してる…どういう子なの?」

 ただの戦士であるククロエの反応を、ラライナは不思議に思った。


「ククロエは…半年前に入隊した子で、年の頃は十五と聞いておりますが、それ以外は…」

「どこの村出身なの?」

「さぁ…私も詳しくは…」


 「誰でもなれる職業」である戦士職には、個人情報など一切必要はない。

 今日門戸を叩けば今日すぐにでも就ける職業だ。

 必要なのは「体力」のみ。

 だから誰でも戦士職に従事できる。

 

 例えそれが「人間以外」だとしても ---


「この波動…この巨大な『悪意の波動』は…!」

 街の外、ただ荒れ地が広がるのみの、整地されていない石ころだらけの大地を、ククロエは泣きながら走り続ける。


 得体の知れない物が自分たちを蹂躙しに来るのだという恐怖感。


 そして、自分ではどうすることもできないという確信から来る絶望感。


「教えて…あたしはどうすればいいのか…」

 石に躓き転倒するククロエ。

 たぶん、この悪意はラライナでさえはっきり認識していないだろう。


 今この地球でその「波動」を感じているのは、自分一人だとククロエにはわかっていた。


「空の向こうなんて…あたしには行けない…それが何かさえわからないのに…ねぇ! さっき聞こえた声! あなたも同じ『新月美裂(しんげつみさき)』なんでしょ…? だったら教えて! どうやったらみんなを救えるの⁉ ねぇ! 教えてよ!」


 地面を叩きながらククロエ・ミツキは叫びを上げる。

 

 だがその広い大地には、今はただ風が吹く音だけしか聞こえては来なかった。

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