黒鋼 美佐緒 ①
朝の早い時間から、スマホの目覚まし音が部屋中に鳴り響いた。
中部地方の某県。
とある小さな街の一角にある独身者向けのマンション。
内装といえばせいぜい2LDKといった、独身者と謳うだけあって家族で住むには少々狭い間取りの賃貸物件である。
ベッドではなく畳敷きの布団。
いかにも独身者の住まいといった風だが、それでもかなり質素な部屋だ。
最低限の家具が設置されてはいるも、華やかなアイテムなどはほとんどない。
唯一目につくものといえば、テーブルに置かれた一輪挿しの花。
ガラスのコップに入った一本の花だけが、ここが女性の部屋だと認識できる程度である。
「…ん」
梅雨時の合間の太陽光がカーテンの隙間から差し込んでいる。
布団からゆっくりと起き上がる。
この部屋の主は黒鋼美佐緒。
現在は故郷を離れ、ひとり暮らしの二十七歳である。
今の身分を簡単に言うなら「自由気ままな独身OL」といったところだ。
だが、そんな略歴からは彼女の心境は程遠い。
実家を離れてからそろそろ四年の歳月が経とうとしていた。
「…あっ」
頬が濡れている感触に気づき、美佐緒は顔に触れた。
自分でも気づかないうちに、また泣いていたのだと理解する。
涙の跡が自分でもわかるほど、美佐緒の心は未だ過去に囚われたままだ。
「…切り替えなきゃね」
泣き顔のまま会社へ通勤するわけにはいかない。
「仕事」だけが今の美佐緒にとっての心の抑制なのだった。
幼少時より、黒鋼美佐緒は手のかからない少女だった。
実家は関西のH県KB市で鉄工所を営んでおり、現在は実兄である黒鋼豪太郎が家業を継いでいる。
兄とはふた回りほど年齢が離れていたせいか、美佐緒はそれこそお姫様のように可愛いがられて育った。
それは兄にだけではなく、両親にも美佐緒は声を荒げられたことはない。
元来より物静かで、わがままなど言わずに育った美佐緒を、兄の会社の従業員たちも「お嬢」と呼び慕っていた。
そんな「蝶よ花よ」と育てられた美佐緒だったが、ある日を転機にその日々は劇的に変わることとなる。
高校生になった美佐緒に、少し気になる男子ができる。
騒がしいことが苦手な美佐緒は、クラス内でも「おとなしい子」という評価だった。
そんな美佐緒とは正反対の性格の貴田省吾。
誰とでも打ち解ける省吾は持ち前のコミュ力からクラスでも目立つ存在になる。
美佐緒以外の女子にも当然人気であり、人知れず彼を狙っているクラスメイトも多かった。
美佐緒も例にもれず、省吾に惹かれていく自分に気づく。
しかし、少し違ったのは、美佐緒にとっては単なる「恋愛」以上の感情があったのがどうにも言葉にできない心情である。
「片翼の存在」という言い回しが正しいのかもしれない。
女子高生らしい夢想癖と片付けられるが、当の美佐緒にとっては「運命」と感じていたのは紛れもない事実だった。
そして高三の秋。
卒業も間近に控えた文化祭の季節。
この時期になると、クラスメイトの明暗ははっきりと分かれていた。
受験のために文化祭には参加しないというクラスメイトが大半だったが、すでに大学への推薦が決まりそうな者、就職希望の者や受験勉強の息抜き、高校最後の思い出作りのためといった者などが、貴田省吾を中心に連日文化祭の準備に精を出していたのだ。
その準備のメンバーの中には、美佐緒も参加していた。
文化祭当日まで夜遅くまでも学校に留まり、半数のクラスメイトたちは文化祭の準備を続ける。
そしてそんなある日のこと。
準備のための備品の買い出し、省吾は美佐緒を名指しで二人での買い出しに誘う。
美佐緒はあまりの突然の出来事に半ばパニックになっていたが、省吾はそんな美佐緒の気持ちには気づいていないのか、相変わらず笑顔を振りまくだけだった。
ガムテープや色紙といった備品を学校の近所で買い、二人は再び学校へ戻る道を歩き出す。
「うっわ! なんだあれ! すげぇ! 」
前を歩く省吾が声を上げる。
その大声に驚いた美佐緒に向き直り、省吾は街の夜空を指差す。
それは満天の夜空に掛かる虹。
人通りの多いストリートでは、省吾と同じ反応をし、空を指差している人が何人もいる。
七色に反射する虹 --- ミッドナイト・スペクトラム
美佐緒はあの日のことを今も忘れていない。
美しい真夜中の虹・その時に言えなかった言葉・後悔・貴田省吾の笑顔
やがて、月日は巡り、片想いのまま過ぎた季節。
美佐緒が大学の入学式に参加する日。
桜の花びらが舞い散る、人混みのキャンパスで、美佐緒はよく知る顔を見つける。
「よっ、また会えたな」
相変わらずの軽い口調で、真新しい背広を着た貴田省吾が美佐緒に片手を振った。
美佐緒の顔に笑顔が灯り、同時に涙があふれる。
急に泣き出した美佐緒に驚き、省吾は珍しく慌てふためく姿を見せる。
そんな省吾の姿を新鮮に思い、笑いながら余計に美佐緒の目からは涙がこぼれる。
やがて省吾も観念したのか慣れたのか、同じように美佐緒と一緒に笑いだす。
周囲からは奇異な目で見られていたが、そんなことはお構いなしに二人は笑い合う。
「…あの…さ…い、いや、俺こんなのは初めてで…うん、あのさ、覚えてるかな、あの日の…夜に見たあの虹の日…あの日に俺、黒鋼に言いたいことがあってさ…」
「…えっ?」
「…ずっと俺…黒鋼を…」
入学式を終えたその日 --- 黒鋼美佐緒と貴田省吾の二人で過ごす日々は始まった。
「…いってきます、省吾さん」
朝の身支度を整え、美佐緒は玄関のドアを閉める。
テーブルには昨日と違う色の、一輪挿しの花。
美佐緒の時間は、あの日以来止まったままだ。
どれだけ年月が経とうとも、美佐緒の中から省吾の笑顔が消える日はなかった。
--- あの別れの日以来
入学式からおよそ三年の月日が流れ、その間も二人は毎日を共に過ごしていた。
春夏秋冬、片時も離れる日はなく、まるで元々一人だったかのように、失った半身と日々を取り戻すように、二人の心は止まることを知らなかった。
「運命」のよう、それを口には出すのは気恥ずかしかった。
だから言わない。
けどわかっていた。
運命なんて本当はないかもしれないけど、二人にはそれが真実だった。
でもそんなのいい、今が全て。
兄も両親も、実家の従業員たちも自分を祝福してくれている。
美佐緒にとっては、毎日が楽しい日々だった。
心が弾むとはこのことだと実感できた。
やがて大学も卒業間際になると、自然に将来の話になった。
すでに離れることなど考えられない。
だから「結婚」という二文字が浮かぶ。
まだ若すぎる、周囲は反対した。
兄や両親でさえ同じように反対した。
結婚そのものではなく、年齢的な問題を理由に。
若すぎる故の暴走、周りはそうとしか思わなかった。
初めて美佐緒は反抗し、周囲を唖然とさせた。
やがて、二人の決意の堅さに周囲は折れていった。
そして結納。
毎日が生きている実感の日々。
就職先も決まり、省吾の将来の目途も立った。
二人の未来は順調のはずだった。
「省吾さん!」
ある日、美佐緒に、信じられない連絡が病院より入った。
そんなの絶対に嘘 --- 美佐緒は心の中で、聞いた話を必死で打ち消し続ける。
「…あ…あぁ…」
電話口の看護士に教えられた病室で、美佐緒は残酷な真実を見せつけられる。
ベッドに横たわる真っ白な省吾の顔と、その横にある、0と表示された医療機械。
美佐緒の足元が歪み、周囲の声が遠く離れた場所からの木霊と錯覚する。
それが、美佐緒が覚えている当日の全てだった。
美佐緒が正気に返ったのは、その日からおよそ二日が経っていた。
いつの間にか、知らないうちに自室に運ばれていたのに気づくも、美佐緒の意識はそんなところにはない。
生気のない白い肌をした省吾の顔。
夢と現実の狭間で、美佐緒は混乱した頭を整理しようともがくも、その省吾の顔だけしか思い浮かばない。
「…あぁ…うぁぁぁ…」
愛し合った日々が、その生気のない顔に塗りつぶされていく。
まだ事実を受け止めきれない美佐緒には抵抗する術は残されていなかった。
「叔母様…何かあったの?」
美佐緒の部屋の前で、黒鋼マリーは心配そうに兄に尋ねる。
美佐緒に起きた出来事などは、まだ小学生のマリーには詳しく聞かされていない。
「…叔母さん…」
マリーの兄・黒鋼星太郎は高校生ゆえ、その美佐緒が泣く理由を理解していた。
だが、かける言葉が見つからないために、マリーを連れてその場から立ち去ろうとする。
「私ねー、叔母様の結婚式には花束を渡す役目をするんだよ」
「うん、そうだな。責任重大だな」
「うん!」
星太郎は困った笑顔のまま、マリーの手を引いて階下に降りていった。
数日後、貴田省吾の葬儀がしめやかに執り行われた。
美佐緒の容態を考え、両親も兄の豪太郎も、美佐緒にはその日のことは知らせずにいた。
すでに両家の顔合わせも済んでいたため、お互いの家族は既知ではあったが、美佐緒が取り乱すと参列客などに迷惑をかけると考えた末の苦渋の決断である。
その葬儀が行われている同日、美佐緒はひとり暮らしをしていた省吾の部屋を訪れる。
日が経つに連れ、美佐緒は徐々にではあるが、混乱した頭がはっきりとしてきていた。
しかし、その視線は空虚で、目の前の物を見ていても認識していない。
真っ暗な部屋、何もせずに美佐緒は感情も見せず、ただ窓から見える月を見ていた。
それでも何か大事なものを放さないよう、頭では必死に抵抗を続ける。
ふと部屋を見渡し、ベッドの上にある一枚の紙に目がとまる。
「…」
四肢に力が入らず、前のめりになりながらも美佐緒はその紙を手にとった。
--- 婚姻届
薄茶色の文字でそう書かれている書類には、二人の直筆での名前が記されてあった。
「…省吾…さん…」
…きっとこれだけが私の支え
美佐緒は震える手でその紙を愛おしそうに指でなぞる。
愛する人の直筆に触れていたかった。
二人が愛し合った日々は、決して嘘なんかじゃない。
--- その思い出だけで 私は生きていける
楽しかった日々だけが、徐々に美佐緒の脳裏に思い浮かぶ。
「同じ時を過ごしたあなたと またいつか会える日まで」
「私はあなたの思い出と共に生きてゆく」
揺るがない決意を、美佐緒はその日、省吾に誓った。
そして、約一年の月日を美佐緒は自宅にこもったまま過ごし、やがて大学を自主退学すると、実家を出て一人暮らしを始める。
おそらくは家族や知人に迷惑をかけないための配慮からくるものだと思われるも、美佐緒は誰にも理由を話さなかった。
しかし家族に居場所を隠すわけでもなく、後日両親に現住所をメールで伝えると、両親も兄も安心したようである。
--- やがて四年の月日が流れる。
「…ただいま、省吾さん」
夜半過ぎ、ようやく仕事を終え自宅に帰った美佐緒はいつも通り、貴田省吾に挨拶を伝える。
何も返答のない無人の部屋。
だが美佐緒はそれでも笑顔のままでいた。
ビジネススーツからラフな部屋着に着替えると、またいつもの通り、テーブルの上にふたつのコーヒーカップを置き、熱いコーヒーを注ぐ。
「今日はね、すごく忙しかったの。おかげでこんな時間になっちゃった、ごめんなさい」
笑顔で誰もいない席に美佐緒は話しかける。
他人から見ればその姿は奇異に映るだろう。
しかし美佐緒は正気である。
まだ現実逃避の域を脱したとは言えないまでも、大切な思い出を失わないための行為でもある。
そんな時、玄関のチャイムが来客を告げた。
「こんな時間に?」
少し用心しながらも、美佐緒は玄関に赴き、来客者を映す画面を確認する。
「…遅くにすまない」
「あなたは…」
画面に映っているその顔、肩まで伸びたボブスタイルの髪と、全身を黒一色で染めた制服の少女。
これで何度目の訪問だろうか。
貴田省吾を失ったばかりの美佐緒の前にふらりと現れ、それ以降もひと月に一度のペースで訪ねて来ている。
しかし、彼女の言い分は突拍子もない話であり、美佐緒には到底信じられるものではなかった。
省吾の直接の死因は「高所からの転落事故」だったが、それは単なる事故ではなく、その原因になったのは「凶悪な宇宙人に襲われた」ためだというのだ。
確かに最近は不審な事件も多く、美佐緒にしても、単なる都市伝説の類として宇宙人の存在を示唆した噂は知っている。
とはいえ、事故ではなく宇宙人による他殺ともなれば立件自体が困難ではある。
司法は「宇宙人の存在」など認めていないからだ。
この少女の言うことが事実だとして、ではどうすればいいのか?
「どうにもできない」
美佐緒にとっての正解はその選択しかない。
もし本当に宇宙人によって省吾と自分の未来が奪われたとなれば、この先ずっと美佐緒は一生を、加害者である凶悪宇宙人を恨むことに費やすしかない。
けれど、もしかしたらその方が楽なのかもしれない。
毎日を涙に暮れて、行き場のない想いだけを持て余しながら生きるよりも、誰かを恨んで生きる方がずっと楽だという可能性もある。
自宅にこもり、療養と称して過ごした約一年の間、美佐緒はその黒づくめの少女「新月美裂」との出会いを機に、徐々に心境の変化を見せていたのだった。
「どうぞ」
「…すまない」
省吾のカップとは別のカップに挽いたばかりのコーヒーを注ぐと、それを美裂の前に置く。
最近は美佐緒の精神も少し安定を見せ、泣くだけの日々ではない、社会生活を営める程度にはなっているようだ。
美裂はその様子を見て少し安心している。
「けど大変ね、わざわざこんな遠くまで来てもらって。新月さんって私の実家の近くの人よね?」
「…問題ない。『ゲート』を使えば距離は関係ない」
「げ、ゲート? 何?」
「…ゲートとは、空間移動の際に使用する空間圧縮転移法で、『ベクトルジャンプ』とも言う。一定空間を指定選択したのち、その選択範囲の空間を波動により裏返す。空間自体を布と仮定すればわかりやすい。その布の中央に波動を加えることで一点を破り、その布の裏表を逆にすることで移動先の空間を ---」
「ストップ! わからないから! もういいです!」
困った表情のまま美佐緒は美裂の説明を阻止する。
天然なのか単にボケ気質なのか、無愛想な表情のまま説明する美裂に、美佐緒は笑顔を向けていた。
「…かなりわかりやすく説明したつもりだが」
「私、文系の人ですから(笑)」
「…そうか、なら仕方ないな」
「仕方ないです(笑)」
最近は他愛もない話が中心となり、美佐緒は何故かはわからないまでも、その時間を楽しめるように変わっていた。
省吾とは全く違う雰囲気ではあるも、美裂に対する印象は「出会うのが必然」という不思議な感覚があったためだ。
「…そういえば、黒鋼といえば」
「ん? 何ですか?」
「…黒鋼マリーは君の血縁か? 珍しい苗字だが」
「あら、マリーは私の姪にあたるんですよ」
「…なるほど、道理で少し雰囲気が似ているわけだ」
口角がほんの数mm上がる程度、美裂が笑った気がした。
ここまで美裂の笑顔など全く見たことのない美佐緒は少しだけ驚いた様子だ。
「マリーの話は初めて聞いたけど、もしかしてお友達だったの?」
「…最近知り合ったばかりだ。彼女のおかげで私も助けられた」
「あら! さすが私の自慢の姪っ子ですこと(笑)」
なんでもない会話が美佐緒自身の心に溶けていき、それは気づかないうちに生きる糧のひとつとなる。
女子トークには程遠い世間話に過ぎないが、壊れかけた美佐緒の心を少しずつ埋めていく重要な要素だった。
「…何故かわからないが」
「何?」
「…君が一人で生きていけるか、それが心配だった」
「…ふふっ、ありがとう、今となってはすごく感謝してる」
正直な気持ちを美佐緒は吐露していた。
たぶん、今美裂に言われた通り、省吾との思い出だけを抱いて生きていく決意をしていても、自分の弱さを美佐緒は信用しきれないでいる。
そんな脆弱な心を理解しながら、それを乗り越える自信などは正直なかったのだ。
だからこそ、美裂の存在が救いになっていたのは事実だった。
「…けれど、君は今日、もしかしたらもっと強くなれるかもしれない」
「…えっ?」
美裂の言葉の真意を図りかねる美佐緒。
そんな美佐緒には目もくれず、美裂は立ち上がるなり部屋の窓へと向き直る。
「…私が気づいていないとでも思っていたか?」
「な、なに?」
窓の傍から美佐緒を強引に引き離すや、美裂は窓の方向に威嚇の言葉を発する。
「--- ウヒヒヒヒ」
「え? な、何が? 誰?」
部屋の何も置いていない場所から誰かの笑い声が聞こえる。
とても人間の喉から発せられたとは思えない不気味な声。
その声の発音が日本語だったのが余計に不気味さを強める。
「…ようやく黒鋼美佐緒を見つけたようだな、この四年間ずっと…その理由は私にはわかっている」
「…チッ! てめえがあの新月か。会ったこともねえその女をやっと探し当てて、切り刻めるチャンスだったのによぉー」
「…ま、まさか、ほん、本当に、う、宇宙人って…」
美裂と謎の声のやり取りを聞いた美佐緒は怯え始める。
凶悪宇宙人の話など、半分は美裂の作り話だと思っていたせいだ。
「…おまえは貴田省吾を切り刻むはずだった。貴田省吾を崖まで追い詰めたものの、襲う前に貴田省吾は崖下へと転落死した。『人を殺す趣味』を、よりによって被害者本人に邪魔されたことに怒り、腹いせにその婚約者である黒鋼美佐緒を殺害しようと考えた」
「て、てめえ! 見たのか!? 俺があの男を殺そうとした現場を!」
「…だからこそ…私もおまえを追いかけていた!」
「あ…」
声だけの存在から美佐緒を庇うように立つ美裂。
斜め後方の顔しか見えないまでも、美佐緒はその美裂の頬に流れる雫を見る。
「…私の目の前で…貴田省吾は貴様に殺された…間に合わなかった…彼女の悲しみの一端は私のせいでもある…」
「…」
その話を聞いた美佐緒は言葉を失う。
美裂の性格が「まるで知っていた」かのように、想像した通りだったからだ。
そしてそれは、自分たちのために泣くのと同時に、その理不尽な暴力に対して屈しないという決意でもあった。
「くっせぇ芝居してんじゃねえぞ! おらぁーーー!」
何もない空間で空気を裂く音が聞こえた。
だが同時に、美裂の指先から細長い光が伸び、激しい金属音を部屋中に響かせる。
「きゃあっ!」
その音に美佐緒は耳を塞ぎ、座り込む。
「な、なんだ!? てめえっ! 俺の動きを!?」
「…近所迷惑だ…やめろ」
「お、俺の姿は見えねえはず…!」
「…貴様の波動は確認済みだ…一挙手一投足、姿を消しても私には全て見えている」
「う、ウソつくんじゃねぇっ!」
完全に姿を消していたはずの宇宙人は、音を立てずに美裂の背後に回り込もうと画策する。
偶然に決まっている --- 美裂の姿を最初に見た時から、自分の心に驕りがあったことに宇宙の化物は気づいていなかった。
--- こんなチビの! しかも弱そうな女に!
言葉には出さないまでも、美裂を見た凶悪な宇宙人はほぼ全員がそう考える。
文化や理性の強さは、それぞれの星によって違う。
だが、共通するところは地球人も宇宙人も「知的生命体である」というところだ。
心がある、感情がある、そして「慢心」もある。
美裂はそんな連中に罠を仕掛ける。
低い身長、か弱そうな姿、武力など無縁そうな女の子の容姿。
美裂の心は慢心などとは程遠い。
自分は負けるわけにはいかない。
人間をヤツらのおもちゃにさせるわけにはいかない。
正義なんて言葉は端から持ち合わせてなどいない。
その答えが --- 黒づくめの華奢な少女の姿である。
敵である化物が美佐緒と美裂の二人を、その背後から一気に切り刻もうと腕を振り上げた瞬間 ---
美裂の指から伸びた光が振り向き様、横一文字に空間を切り裂いた。
「…ぅお…げ…」
上半身と下半身がそれぞれ分断され、化物はもはや唸る以外できなかった。
床に内臓が落ちる鈍い音が部屋中に聞こえる。
同時に、姿の見えなかった化物は死の間際、ようやくその醜悪な姿を晒した。
「ひぃっ!」
その異形の姿を眼前に捉えてしまった美佐緒は、悲鳴を上げて退く。
「…」
息の乱れを見せることもなく、美佐緒の手を取った美裂は、すでに粘着質な液体と化した化物から彼女を引き離した。
やがてそれは空気中に溶けると、跡形もなく部屋から消え失せていく。
「…ま、まさか…本当の話だったなんて…」
数分の後、ようやく落ち着きを取り戻した美佐緒は、事実を認識した。
この四年間、ずっと美裂が言っていた話が本当だったことを改めて反芻している様子に見える。
「…こいつが君を狙っているのはわかっていた」
「じゃあ今日私が危険だったってことも?」
「…そうだ、これでようやく…貴田省吾の仇を討てた」
その言葉にはっとして美佐緒は美裂を見上げる。
--- この人は、四年もの間ずっとそのことを忘れずに…?
その美裂の心情を考えると、自然涙が溢れ出す。
「…ありがとう…ありが…とう…」
手で顔を覆いながら、美佐緒は泣き崩れる。
しかし、美佐緒にとっては、仇を討てたからといって何の解決になっていないのも事実だ。
元凶である化物を葬ったとて、もう貴田省吾が戻って来ることなどないのだ。
「…しかし…君に伝えたいのはこんなことじゃない」
「…!」
先程美裂が言った言葉の真意。
所詮仇討ちなど自己満足に過ぎない。
一時の溜飲が下がる者もいるだろうが、それは人の心に希望など残さないのは美裂でも理解しているつもりだった。
「…コイツが君を狙った理由はさっき話したが」
「…」
「…私も、コイツらも、生命体が発する波動を目印として目当てを探している」
美佐緒は泣きながらもその話す内容に耳を傾けている。
「…この化物は君を探していた。しかし、君は実家を離れ、この地域に移り住んでいた。ヤツらにはこの広い地域から君を探し当てるなど雲をつかむような話だ。ではなぜ、直接会ったこともない君を、ヤツは探し当てたのか?」
「…どうして?」
美佐緒には全く見当がつくはずもなかった。
自分の家族以外にこの家の住所はわからないはずだ。
「…それは君の中に、貴田省吾の波動が残っていたからだ」
「…えっ?」
「…波動は生命体の本体だけでなく、血や汗、体液などからも感知できる。今こうやって私たちは話しているが、単に友人や知り合い同士といった関係なら、お互いの波動はしばらくは感知できるが数日程度で消えてしまう」
「…」
「…だが、愛し合った君たちの体の中には、お互いの波動が残ったままになる。黒鋼美佐緒、君の中にはまだ、貴田省吾の波動が生きている」
「…えっ」
「…愛し合うとはそういうことだ…貴田省吾の肉体は消えても、その波動は、魂の一部はずっと君の中で生き続ける」
思ってもなかった美裂の言葉に、美佐緒は絶句する。
「愛」という形のない物が形づくられる事象が存在することに対する驚きと、自身の中にはまだ省吾が生きていることへの喜びが混じっていた。
「…省吾さんが…まだ…私の中に…」
「…その愛の痕跡は、君が生きている限りずっと残る」
「私は…私はひとりなんかじゃなかった…」
「…憎しみ…悲しみ…絶望…それだけに囚われ続けるのは愚かなことだ…強く生きてくれ…彼のためにも」
その場に泣き崩れる美佐緒を置いて、美裂は気づかぬうちに去っていた。
強く生きていく 彼の心は私が継いでいく
たとえ離れていても 彼の心は常に私の中にあるのだから
そして、騒がしかった一夜が明ける ---
再び朝の早い時間から、スマホの目覚まし音が部屋中に鳴り響く。
「おはよう、省吾さん」
今朝は目覚めが良かったせいか、美佐緒はいつもとは違い、体調の良い朝を迎えていた。
鏡に映った自分の顔を見ても、涙の跡は今日はない。
いつもの通りに、用意したふたつのコーヒーカップをテーブルに置き、一輪挿しの花も新しい艶やかなものへと取り換えた。
「ねぇ、省吾さん、近いうちに私、あなたのお墓参りに行こうと思うの」
最愛の婚約者の死、という事実から無意識に目を背けていた美佐緒。
ひとりという寂しさは変わらないものの、以前とは違い、その心には希望が少しだけ灯っていた。
「来週の、そうね、平日だけど、私にとっては特別な日」
カレンダーに目をやり、コーヒーカップを片手に美佐緒は計画を立てていた。
--- もう会えない、あなたの誕生日
満面の笑顔と共に、美佐緒の目から涙がこぼれる。
夏の日差しはまだ少し遠く、太陽の下で笑う省吾の姿を思い浮かべながら ---
美佐緒は、それでも強く生きていけると信じるのだった。
はい、ありがとうございます。
神原無人でございます。
いやいや、また大幅に遅れてしまいまして申し訳ありません_(┐「ε:)_ _(:3」z)_
なかなかですね、話自体が実際に文章として書くとなると、意外に膨大な量になりそうなもんで、結構時系列を計算して、間違いがないか確認しながら書いております。
今のところは正しいはずなので、万一計算が合わないところがありましたらその都度修正はするつもりですので、ご迷惑をおかけするかもしれませんが何卒よろしくお願いしますね。
さて、今回の内容は主人公の黒鋼マリーさんの叔母さんであるところの、黒鋼美紗緒さんの話なんですが。
んー、元々この人はですね、「こういう普通の人の生き方を描くのもいいかな」という軽い気持ちで曲と動画を作ったんですね。
全然深い意味はなく、異世界関係もやったし、じゃあ普通の世界で悲しんでる人を描くのもいいかな、という程度でした。
まぁそれが、結構面白い曲ができてしまって、じゃあもう一回やるかーと曲を作っていくうちに、歌詞の内容を書くためのバックボーンを考えていったところ、見事に化けまして。
名前や生い立ちを決める際、主人公と絡ませるためにできた設定が「親戚だった」という結果なんですね。
ですので、この人だけはこの作品における悲劇を一人で背負っています。
ホントに普通の、よくいる27歳のOLさんという感じですね。
けど、愛情だけで生きているのが普通ではないところでして。
先にはっきり言ってしまうと、この人はもう現状では救いようがないんですよ。
生きている限り報われる事がない。
じゃあどうするか? となった時に、本編の動画では一応の決着はつけましたが、それでもちょっと引っかかるところはありましたね。
基本的にはこの作品はハッピーエンドを標榜していますが、あくまでも「その人にとっての幸せ」という事ですから。
突然状況が変わって、いきなり幸せになったという安易な話をやるつもりはありません。
ですので、この人の話は少しやるせない内容になりますが、その辺りも含め、どうぞこれからもよろしくお願いしますね。
では今回も、ストーリーに関係する動画のurlを記載しておきます。
全て自分のYouTubeチャンネルの動画ですので、変なところに繋がる危険性はございません。
全てのurlは確認済みのうえ、利益誘導も目的でなく、ただの無料動画ですのでご安心ください。
まあ一応言いますと、この人の曲を収録したアルバム「永遠の刹那」は世界中で配信中です。
そちらのurlは載せませんが、気が向いたらよろしくお願いします。
特別な日 → https://youtube.com/shorts/AoiUsrXeFVo?si=0w0dTqW6JpRNT2f4
あなたの夏がまた来るよ → https://youtube.com/shorts/TFAmqBMRIRs?si=eMHZtXx02Yjbuvy0
きっと虹はかかるはず → https://youtube.com/shorts/v_O-5EJ7hw8?si=6U0A4VdVkxse1Kqr
First Love Again → https://youtube.com/shorts/dJvmLxf2N50?si=GH3_cpYC9lbJ-6v5
嬉しい → https://youtube.com/shorts/xbklJ3q36sg?si=UiSqYateheud0iAy
どうして… → https://youtube.com/shorts/OyQn0n7rd98?si=dpkggQZxaw8mVFfY
心の行方 → https://youtube.com/shorts/5s3MYRzEMf4?si=0QikYEMxVKXfwRQm
永遠の刹那 Flowing Tears Mix → https://youtu.be/-s1PViAWmGY?si=dI8Gla0hymdj-bSh
MIDNIGHT SPECTRUM → https://youtu.be/Wz-Vsm2E9CA?si=piN6uZlYkesL25GP
またいつか会いたい - I Want to See You Again Someday → https://youtu.be/rVw8-u6k4Cg?si=m61vrlFoj6ThMe3P




