No.048 / フォーメーションD
コールドスリープ管理事業所ハートウォーミングの第三ホールが、割れんばかりの拍手でみたされている。
壇上にいるのは、今しがたスピーチを終えたばかりの第一技術部門技術部長である多賀秀人である。
そこへ、一人のスタッフが走り寄っっていく。
観客席からそれを見て、忙しい人なのだな、といった印象を誰もが受けた。
しかし、そのスタッフが伝えたのは、
「昨夜未明、幽世ランドで殺人事件が起きました」
という、幽世ランド崩壊の引き金となる出来事であった。
「加害者は」
マイクのスイッチを切って、壇上で笑顔をたたえたまま、多賀が問う。
「職員のひとり、キオク・メモリという女性です」
「被害状況は」
「道を歩いていた数名が重症または殺害されました。死傷者はそのままランドに接続したままにしており、今のところ被害状況は表に出てはいません」
「加害者はどうした」
「ランド内にてVRポリスが射殺、その場で死亡が確認されています。データは既にアーカイブし関係者以外閲覧不可能にしてあります」
多賀は5秒ほど沈黙した後、次のように命じた。
「分かった。異常事態マニュアル、フォーメーションDを実行してくれ。迅速な」
「はっ」
二人はすぐさま壇上を去ると、ホールの裏口から出て自分たちの庭である第一技術部門へと戻った。
多賀と共に戻ったスタッフは、すぐさまその場にいた全員にフォーメーションDを伝えた。
多賀をはじめ、皆が自分のロッカーへと急ぐ。
その中から、非常時用のバッグを取り出すと、首の後ろにある端末「坂鉾」に防御装置を取り付けた。
働きながらも無線で常時、幽世ランドとつながっている多賀たちにとって、幽世ランドの汚染は最も危惧すべき問題である。
かつて教科書で見た、岩井国光がVR内で起こした岩井の乱を、そこにいた皆が思い出していた。
その頃、石清水一家は、家族でバカンスを取り、VRをはしごするという遊びに興じていた。
まず一日目に訪れたのは、アルゴン・フューチャー・メディアが運営するVRである「ボカロ=セカイ」だった。
そこで思う存分、歌い手たちの歌声を堪能した後、フィナーレには終音ミクのライブで大盛り上がりとなった。
一日目の疲労が色濃く残る二日目は、見渡す限りのブルーオーシャン釣り人の楽園VR「釣り道楽」でクルージングをしながらまったり釣りを楽しんだ。
三日目は、子供から大人まで大人気の宇宙空間VR「ワンダー・スペース」で一日中宇宙遊泳をしたり、無重力のカフェテラスでお茶を楽しんだりした。
そして最終日には、家族全員の希望が重なり、今大流行中のVR「幽世ランド」を訪れることになったのである。
「何か特別なことを体験するのもいいけれど、結局、日常のちょっと延長にある非日常を求めたりするのよね」
中央図書館に付属する食堂で名物のホットドックを頬張りながら、流の妻である真美が言う。
「空に浮かぶクジラの体の中でホットドック食べるって、全然日常の延長じゃない気がするけど」
と、すかさず突っ込みを入れるのは、双子のうちの一人、康彦である。
「違うわよ。お母さんが言いたいのは、日常的に誰もが簡単に想像できるような非日常っていう意味でしょ?」
と母をかばうのは、双子のもう一人、理子である。
「ああもう!いいわいいわ、二人とも、大好き!」
「あはは、真美ちゃん変なテンションになってる」
と、夫の流れはほほえましく家族の顔を眺める。
食事を終えたところで、理子が流れの顔を見上げて尋ねた。
「お父さんは、なんでVRデザイナーになろうと思ったの?」
「あ、それ、俺も聞きたかった。『常世の君の物語』のデザイン、難しかったんじゃない?」
康彦ものっかってくる。
「ああ、それはな。お父さん、小さい頃に現実世界で不思議な体験をしたことがあってな。それが元になっているんだ」
「へー、私、初耳よ」
と興味深げに言うのは、妻の真美である。
「まぁね、なんか大人になってそんなこと言うのって恥ずかしくてさ。今まで誰にも言ってなかった」
そう言って流は、照れ隠しに前髪を指先でいじりだした。
「ねぇねぇ、具体的に、どんな体験だったの?」
「あ、私も聞きたい!ねーどんな?」
「私も聞きたいわ。聞かせて流君」
三人に詰め寄られ、流は苦笑いを見せる。
「えっとね、小さい頃に、奈良と京都に家族旅行に行ったんだよね。そこで寺社仏閣をめぐっているうちに、家族とはぐれちゃって。そうしたら、大きくて異様な服を着た、背中に翼のある人に助けてもらったんだ。あれは今思い出しても天狗だったと思う。その人は道案内の最中に、かつて日本各地で見られた妖怪変化の話を沢山してくれてね。それが『常世の君の物語』の設定を形作る際のイメージになっているんだ」
「へーえ」
三人が三人とも、笑いだすことなく真剣に耳を傾けてくれ、さらに関心までしてくれたので、流はなんだかとても感謝したい気持ちになった。
「俺たちも、会えるかな。天狗に」
「私も会いたい!」
「私も―」
「俺も、もう一度、会えるなら会いたいなぁ。よし、今度はVRじゃなくて現実世界で旅行するか。とりあえず奈良と京都へ」
途端に、「わーい!やった!」という歓声が誰からともなくあがる。
流は知らない。
これからはじまる非情なる旅の末に、その願いが実現するとは。
今はまだ、幽世ランドのただ中で、何も知らずに平和な観光を楽しんでいるのである。




