047 / 学園の秘密
「とりあえず、あなたの名前を教えてちょうだい」
ダイダイ・譜詩が、捕らえた女性スタッフの首に刃物を突き付けたまま問うた。
「私の名前はNo.4(ナンバーフォー)。組織の上位から4番目という意味ではなく、単に
空いた番号をあてがわれただけだがな」
「へぇ、味気ない名前ですね」
そう言ったのは、先ほどからダイダイの後ろで身構えているシュゴ・エンゴである。
「お前たち、どうやって檻から出た」
No.4はダイダイとエンゴを見比べながらそう吐きつけた。
「『檻』ていうのは、居住地域のこと、よね。文脈からして」
No.4はしまったという顔をしている。
「どうやってそこから出たかなんてこと、あなたは知らなくてもいいの。それより、ここはどういう施設で、建物の構造はどうなっていて、出口はどこにあるか、教えてちょうだい。教えてくれたら、悪いようにはしないわ」
「ふん、どうだかな」
No.4は嫌な笑いを浮かべてダイダイを見返す。
「あら!あなたたちの方がよっぽどひどいことしてるのよ?何も知らない学園生徒を騙してこんなところへ軟禁してるんですから。私たちが何をしたっていうのよ」
ダイダイは小声で叫ぶように訴えた。
「何も知らない、だと?当然だ。これから何かしでかすかもしれんと判断された連中なのだ。余計なことなど知らないほうがいいのは当然だろう」
No.4の言い分に、ダイダイとエンゴは顔を見合わせる。
「『これから何かしでかす』ってどういう意味よ」
No.4は再び、しまったという顔をして、口をつぐんでしまった。
その首に充てた刃物にわずかに力を入れ、ダイダイがすごむ。
「話して」
No.4はため息をつき、「分かった」とつぶやいた。
「お前たちはな、我々の組織では『廃人』と呼ばれている」
「『廃人』て、廃れた人って書く、あの廃人?」
思わずエンゴが尋ねる。
「そうだ」
「またなんで……」
「お前たちは、学園での成績が振るわなかったろう?幽世学園はな、幽世ランドでこの先問題なく働いて一生を終えることができるだけの素質があるかどうかを判断する施設でもあるんだ」
「段々話が見えてきたわ。私たちは、その選別に漏れたのね」
「そうだ」
ダイダイが、No.4の首元に当てていた刃物にこめた力を、若干緩める。
いや、無意識の落胆で力が自然に抜けたという方が正しい。
「お前たちも学園で習ったろうが、幽世学園は、100年前にコールドスリープした人々をよみがえらせる施設でもある。その制度が問題でな」
そう言ったきり、No.4は再び口をつぐんだ。
「何なのよ」
No.4は大きくため息をついて話し出した。
「コールドスリープした人間をよみがえらせると、一定数の廃人が生まれるのだ」
No.4の言葉に、ダイダイとエンゴはどちらからともなく視線を合わせた。
「学園生活で、その廃人をあぶりだすんだね。選に漏れた僕たちは、廃人になる定めなんだ」
No.4はしばらく沈黙した後で、
「そうだ」
と短く言った。
ややあって、ダイダイが口を開いた。
「この施設は、ここにいる人たちはみんな、廃人なの?」
「そうだ」
No.4の言葉に、もはや淀みは感じられない。
「私たち、廃人はどうなるの?死ぬまでここにいるの?」
ダイダイの声に先ほどの強引さは感じられない。
「違う。お前たちは、現実世界での手続きが済み次第、一人ずつ再度スリープに入ることになっている」
「再度スリープ?それで、どうするの?またバーチャルでよみがえるの?」
ダイダイは責めるように尋ねる。
No.4はダイダイともエンゴとも視線を合わさずに、さきほどからトイレの床のタイルを見つめている。
「いや、再度スリープしたら、死ぬまでそのまま放置される」
ダイダイとエンゴは、何度目かの視線を交錯させた。
「何よそれ、事実上の死刑宣告じゃない。そんなことのためにコールドスリープしたんじゃないわよ私たち!」
「ダイダイ先輩、声が大きいです。外に聞こえちゃいます!」
精一杯の小声で、エンゴがダイダイを制しにかかる。
気づけばダイダイは小さく肩を上下させている。
その呼吸は、荒い。
「じゃあ、ここから出ても、幽世ランドにも、現実世界にも、どこにも私たちに居場所は無いのね?」
ダイダイがか細い声でつぶやいた。
「残念だがな。お前たちにとっては受け入れがたいことだろうが、私は再度スリープを勧めるよ。なに、痛いことは何もない。皆、眠るように逝っている」
次の瞬間、No.4の頬が音を立てた。
ダイダイが、刃物を持っていない方の手でNo.4をはたいたのだ。
「他人事だと思って!!廃人をどうにかして助けようっていう方向じゃなくて、再び眠らせてしまおうと考える人の言うことに誰が賛同できるっていうのよ!あんたたちがそんなだから……」
見ると、ダイダイの両の瞳に、大粒の涙が浮かんでいる。
誰も、何も言わなかった。
ダイダイのすすり泣く声だけが、多目的トイレの中に小さくこだます。
すると突然、トイレのドアを外から叩く大きな音が響いた。
「おうい、誰かいるのか?ずっと鍵がかかっているが。大丈夫か?」
若い男の声である。
「ダイダイ先輩!人が――!」
エンゴが声を押し殺しながらダイダイに視線を向ける。
ダイダイが目を見開く。
その顔は呆然としている。
「ダイダイ先輩――!!」
エンゴが必死に呼びかける。
「観念しろ。お前たちに逃げ場はない。おとなしくここで余生を送るんだ」
No.4が同情交じりの視線をダイダイに向ける。
「お前も――」
No.4の視線が、エンゴの方へ向いたときだった。
「なんだ、お前、その後ろのやつ――」
「えっ?」
エンゴが振り向いてみると、そこには中空に人間の半身ほどもある大きな鏡が浮かんでいた。
「何、これ」
エンゴが鏡の淵に手を当てた時だった。
ヴォン――
と音がして、鏡の中に見慣れた風景が映し出された。
それは、かつてダイダイやエンゴが暮らしていた、幽世学園の中庭の風景だった。
「おーい、誰かいるのか!」
ドアを叩く音が大きくなる。
次の瞬間、
「おーい!助けてくれ!脱走者だ!!」
No.4が大声で叫んだ。
エンゴの目が大きく見開かれた。
エンゴは手を、次に頭を鏡の中に入れてみた。
そして再び多目的トイレに頭だけを戻すと、
「ダイダイ先輩!これ、どこでもドアみたいです!行きましょう!学園につながってます!」
ダイダイの手を強引に引いて、エンゴは鏡の中へと消えた。
「おい待て!」
No.4は叫んだが、その声は多目的トイレの内壁に反響しただけで、巨大な鏡の痕跡は跡形もなくなっていた。
時刻は、午前9時を過ぎた頃であった。




