No.045 / 二人の覚醒
2383年2月11日0時00分――。
静養舎の一室でぐっすりと寝入っていたダイダイ・譜詩とシュゴ・エンゴの身に、突如異変が訪れた。
スリープ前の記憶と、謎の日本史上の生を生きた記憶が、蘇ったのである。
ダイダイとエンゴは、性別が異なるため、スタッフのすすめにより別の部屋をあてがわれていた。
そんな別々の部屋にありながら、二人はほぼ同時に、激しい頭痛と吐き気に襲われベッドから飛び起きたかと思うと、そのまま床にその身を投げ出し、あるいはその場で咆哮し、涙を流してのたうちまわって気絶した。
居住者に異常があればすぐさまスタッフが飛んでくる決まりであったが、不思議なことに、このとき、二人の部屋を訪れた者は誰もいなかった。
小一時間後――。
ダイダイはうっすらと意識を取り戻した。
「ん……ここは……」
見ると、自分が着ているオレンジ色のつなぎが濡れている。
不思議に思いあたりを見回してみると、どろどろとした液体の中に、自分が横たわっているのが理解できた。
くん、と袖口の匂いをかいでみる。
くさい。
まるで吐瀉物のようである。
いや、まさにその吐瀉物であるのかもしれず、ダイダイは己の身に起きたことを改めて思い起こす。
ここは、第四十番VR都市・幽世ランドの北の地にある静養舎。
それに間違いはなかった。
しかし、この大量の記憶はどこから来たのだろうか。
まだ、頭ががんがんと痛む。
油断すれば涙があふれ出てきそうなほどに感極まっている。
なぜ――?
とりあえず、シャワーを浴びて、着替えよう。
さっぱりしたら、エンゴ君に会いに行こう。
ダイダイは、ぼんやりする頭でそれだけ決心して、立ち上がった。
更に小一時間後、ダイダイの姿はエンゴの部屋の前にあった。
「エンゴ君、入るわよ」
3回ノックをして、ダイダイはエンゴの部屋のドアを開けた。
待っている間にも、うつろな目をした深夜の徘徊者たちが、二、三人、ダイダイの後ろを通り過ぎて行ったが、もはやそれは空気のようなものである。
二人が静養舎へ連れてこられて、かれこれ2年が経つが、二人の他の住人は、みな魂が抜けたように常にぼんやりしていた。
はじめの頃はそれがおそろしく、ダイダイとエンゴは、いつも肩を寄せ合ってどちらかの部屋で夜を明かしていた。
意を決して彼らに話しかけてみたことはあったが、総じて、返ってくる反応は著しくにぶかった。
やがて二人は彼らに声をかけることをやめ、関わることを諦め、以来、ダイダイとエンゴは二人だけを頼りとして暮らしてきた。
「あっ!いらっしゃい、ダイダイ先輩」
部屋に入ると、エンゴが床をモップで掃除している最中だった。
「わっ、まだこっちに来ないでください!その辺ぜんぶよごれてるので」
エンゴはそう言うと、慌ててダイダイの足元へモップの先を差し向ける。
「あれ?てことは、エンゴ君も、過去の記憶、戻ったの?」
ダイダイの問いかけに、エンゴの全身がこわばる。
「え、じゃあ、ダイダイ先輩も?」
「そうなのよ。私たちだけなのかしら、他の人はいつも通りなのよね」
「ちょっと待ってくださいね、片付けちゃいますから」
エンゴが部屋を片付けるのを待って、ダイダイとエンゴは改めて自分たちの身に起こったことを互いに話し出した。
「私、まだ色んな記憶が頭の中でごちゃごちゃしてるんだけど、スリープ前は、橙みかんっていう女の子だったのを思い出したわ。あと、これは過去世の記憶かもしれないんだけど、ひとつ強烈な記憶があってね、命っていう名前の男の子だった時、大人の男性に、『お前は絶対に大丈夫だから。俺を信じろ』て何度も呼びかけられる体験をしてるんだけど、エンゴ君はそんな記憶ない?」
ダイダイは出されたばかりのあたたかいお茶をすすって話し始めた。
「え、ダイダイ先輩にはそんな記憶があるんですか?自分のは違いますね。僕はスリープ前、荒木朱吾という名前の中学一年生の女の子だったんですけど、反抗期真っ盛りだった記憶が蘇りましたよ。当時、だいぶ親を憎んでましたね、子供なりに。それに、だいぶ古い日本の、奈良時代くらいで、洋吾っていう名前の女の人の人生を生きた記憶が蘇ってきました。その記憶があまりに鮮明で、気持ち悪くなって吐いちゃったんですよね」
エンゴはそう言って笑うと、ダイダイの顔をまじまじと見つめた。
「へぇ。蘇った記憶は、二人とも違うのか。これは何を意味しているのかしらね」
「はい。ちなみにダイダイ先輩、ツクモ、また出せるようになったんですか?後ろに浮いてますけど」
「えっ」
エンゴに指摘され、ダイダイが自分の背後を振り返ると、そこには、静養舎へ入った時には消えていた熊のツクモがふわふわと浮いていた。
「わわっ!ツッキーだ!!久しぶり!!」
ダイダイはそう言うと、満面の笑顔をつくり、ツクモを抱きしめた。
ツクモの反応は無い。
「ツッキー?」
ダイダイが怪訝そうにツクモをのぞき込む。
「なんか、不愛想ですね」
「いや、ツッキーはもっと愛想よかったはず……ていうか、エンゴ君の背後にも、なんか浮いてるよ!?」
言われてエンゴが振り向くと、そこには懐かしい紙の人型が浮いていた。
「コピー!!」
エンゴは両手でそのぺらぺらな紙の人型の両手を、その場でつついてみせた。
しかしやはり、ツクモの反応は、無い。
「おかしいわね、なんで今、このタイミングでツクモが、しかも無反応なツクモが戻ってきたのかしら」
「ツクモが戻ったってことは、僕たちの認知投影力が戻ったってことでいいんでしょうか」
「そうよね、そう考えるのが自然よね」
二人は顔を見合わせた。
「エンゴ君」
「ダイダイ先輩」
「ここを、出よう」
ダイダイがエンゴの両目を見定めて言う。
「そうですね、同じこと、思ってました。認知投影力が戻ったなら、ある程度のことならなんでもできますもんね」
エンゴも、ダイダイの両目を見据える。
「幸い、私たちに異変が起きたことは騒ぎにはなっていないようだしね」
「これはチャンスだと思います」
「もしくは罠か」
二人の間に沈黙が降りる。
「とりあえず、チャンスだとしましょう。まずは計画を練りましょうか」
「そうですね、なんとなく時間はあまりない気がします。急ぎましょう」
そう言うと二人は、認知投影力で空間にモニタを出すと、指でさらさらと脱出計画案を記しだした。
時刻は午前五時、東の空が、うっすらと開け始める頃合いである。




