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マッチ売りと坊やの唄  作者: 岡田 暁生
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運命の交差

 クリスマスイブの夜をこの上なく幸せに迎えた坊やは、いつしか眠気に襲われて、婦人の膝元に頭を寝かしました。婦人は、坊やの透き通った頬を優しく撫でながら子守歌を数曲奏でて、可愛らしい寝息が耳に馴染んでくると、華奢な身体を抱きかかえて、ベッドに横たえました。

 「いい夢見てね」

 婦人は、坊やの頬に優しく口づけをして、疲れ切った子供のように大きな欠伸を一つしました。

 

 時計の針が一時を少し過ぎた頃でした。降り続いていた雪の勢いは少しずつおさまり、雲間からのぞく月に照らされて、薄茶の道が白銀一色に染められていました。ひょんなことから目を覚ました婦人は、暫くの間、銀世界に目を奪われていました。

 「きれい……」

 婦人は、幾度となく呟きました。この美しい世界を坊やにも見せてあげたい。婦人はそう思って、深い眠りに閉じ込められた坊やの肩をゆっくりと揺すりました。

 「ほら、起きて。坊やが見ているどんな夢よりもきっときれいだよ」

 必死に起こそうと試みますが、一向に目覚めようとしません。婦人は仕方なく、お腹を摩ったり、顔を少しばかり強く撫でたりしましたが、やはり、閉じ切った瞼を開こうとはしませんでした。

 「坊や、早く起きて。後数時間で夜が明けてしまうわ」

 婦人は、ほんの一瞬、何か鋭い刃物が胸中を貫いたように感じました。一撃の痛みはすぐさま治まるかと思いきや、左肩をむしばみ、微かな震えを感じるようになりました。それは、重い熱病を患って現実世界と夢世界の間を行き来した幼いころの震えにどことなく似ているようで、次第に寒気が強くなってくるのを感じると、あの頃の熱病だ、と思いました。婦人は坊やに病をうつさないよう、なるべく距離を空けるようにしました。坊やの可愛らしい寝顔は、遠目にも輝いていたので、ひとまず胸をなでおろしました。

 「朝になったら、お医者様を呼ばないといけないわ」

 婦人は一睡もせず、坊やの寝顔と銀世界を交互に見つめて、残りの夜を過ごしました。遠くの空と山並みが薄っすらと紅に染まり始めました。通りにたむろした烏の群れの泣き声が、何一つ変わらない朝の訪れを告げているようでした。人々にとって一年に一度訪れるクリスマスの朝が、かくも平和に訪れたのはいつ以来でしょうか。神様のお祝いは子供の戯れと言わんばかりに武器を振りかざす大人たちの戦いが終わりを告げて、赤く血塗られた町の通りが、今は純白に染められています。

 

 人はみな神様の子で、その楽しみと苦難を分かち合う。

 人々の胸中には、平和の灯が燦然と輝いていたはずでした。

 

 混沌とした世界の修復を終えておおよそ一年が経ちました。朝一番で街に繰り出した若者たちは、天に向かってお祈りをします。

 彼らはきっと、自分たちに神様のご加護を賜る資格があると思ったのでしょう。その一見屈託のない笑顔の内面を誰も知らない。たった数十年で培われた自尊心と悪しき闘争心が何をもたらすのか。その答えを知っているのは、やはり、神様だけなのです。

 

 朝日が完全に昇りきると、高い住居の合間からのぞく日光が、坊やの眠る揺りかごを優しく照らしました。婦人は、手のひらを合わせて、愛する坊やの健やかな寝顔を神様に感謝しました。

 「お医者様を呼んでくるから、いい子にしていてね」

 お決まりになっていた朝の口づけをすることなく、婦人は街に繰り出していきました。婦人がいなくなったことを知る由もなく、坊やの寝顔は、光を浴びて美しくなるばかりでした。

 

 

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