第廿(ニジュウ)之巻 十六夜の覚醒
更新しました。最後まで読んでくれたら幸いです。藤波真夏
「闇美津波姫・・・」
今まで聞いた昔話とぴったり合う。
瀬織津姫の直系の力を受け継ぐもう一人の神の存在。その存在はうやむやにされた。
「この記憶を戻せば、こいつは人間を攻撃するだろうな・・・。神の力は偉大。しかも水神の力を組む闇美津波なら当然のことよ」
十六夜も信じられない表情をしていた。彼女は悟る。真実は自分で確認しろという長の言葉の意味が。
「もしや、長は私の正体を知っていてあのような・・・」
「神の生き残りとなれば当然だ。闇美津波姫よ」
浦波王のむけた刃は十六夜の首に当てられる。このままでは掻き切られる。陽が助けようとするも浦波王の威圧に押されて足が動かなかった。浦波王は十六夜の首を掴み、持ち上げた。苦しそうな顔で浦波王を睨みつける。
「その歪んだ顔、実に憎たらしい。卑しい神だ・・・」
ドクン、と大きく鼓動がなった。それと同時に十六夜の記憶の玉が光る。十六夜の気持ちに反応しているように。
「十六夜を離せ!」
陽は覚悟を決めて刀を抜き浦波王に襲いかかる。丹波の静止も聞かずに飛び出す。すると浦波王は刀を振り下ろす。しかし陽は藤原千智譲りの素早い動きで見事に交わした。それには浦波王も少し驚きの表情を見せたが、あまり深くは追求しなかった。
この動きができることこそ陽が藤原千智の生まれ変わりであることを意味しているのだから。
しかし浦波王の力には及ばずものすごい力で弾き飛ばされてしまった。陽が地面にうずくまったまさにその瞬間、十六夜の鼓動が大きく跳ねた。
目の前で起きた出来事が彼女の心を刺激したのだ。
「離してっ---!」
十六夜の叫びに呼応して時空止めの玉にヒビが入り、最終的には完全に割れてしまった。光が溢れ十六夜と浦波王を包む。その光はその場にいる者のすべての目をくらますほどの眩しさだった。
「何が起こっている?!」
鎌清は叫んだ。
光の中で十六夜は白昼夢を見ている気分に陥った。そして蘇る過去の記憶---。
あ・・・、思い出した・・・、全部・・・。
「闇美津、あなたは立派な神になるのですよ。そして良き出会いをしなさい。そして最後には・・・幸せにおなりなさい」
蘇る懐かしい記憶と言葉---。あの声は瀬織津姫、私の母上だ・・・。私は神として生を受けたが幸せにこの世界を・・・ヒノモトを見守りたかった。
でも無実の罪をかけられ母上は死んだ・・・。
助けようとしている人がいる。すごい形相で私を守ろうとしている・・・。その人も最期には一閃に消えた。
目の前は砂色に変わり、分かることといえば血で染まった着物に屍、真っ赤な炎---。
憎い、人間が・・・憎い・・・。この世界にいる人間全部消えてなくなればいい・・・。人間を一人残らず・・・私がこの手で地獄に突き落としてやる。
目の前は一瞬で赤く染まった。
私はずっと物言わぬ屍を軽蔑の眼差しで見つめて続けた。血で汚れていてもなんとも思わなかった。
当然の報いだ・・・。私から大事なものをすべて奪っていったのだから---。
そこからだ。体からどんどん記憶が奪われていく。変な気持ちになっていく。記憶はどんどん薄れて意識も遠のく。
私は・・・誰? 何者・・・?
意識が遠のく中で声が聞こえる。
「悪しき神龍神は神滅した! これで平和は守られる!」
そのまま意識を手放した。何を言っているのだろうか、奴らは・・・。そう思ったのが最期だった。
目を覚ました時、無性に気持ち悪かった。まるで自分の中によく分からない力がうごめいているような気がしたから。
目の前には私を覗き込む人がたくさん来ていた。私の本能が潜在的に危険だと言っている。だけど自分に何が起こったのかも分からない私には体を動かすことができなかった。
殺される---。
そう確信した。だけど殺されなかった。逆に彼らは私の姿を見て何かを悟ったように驚いた表情をしている。そして言われた。
お前はアヤカシだ、と。
私は自分がアヤカシなのだと信じ込んだ。その力は水を操る力。アヤカシ人魚とも言われるがでも人魚とは程遠い。足が生えているし、ウロコさえない。魚の面影もない。
うやむやにされたまま私は「水を操るアヤカシ」ということになった。
「君の名前は?」
名前を聞かれた。でも覚えていない。分からない。不安の言葉と気持ちが体を支配する。緑色の瞳を覗き込まれ恐怖心が芽生える。
一人のアヤカシが私の瞳を覗いて言う。
「今宵の月は美しい。十六夜の月だ・・・」
え?
「名前がないのか? なら・・・十六夜の月の夜に出会った。今日から『十六夜』だ」
いざ、よい・・・?
「月は暗闇を照らす唯一の光。我らアヤカシのようだ。お前は空に瞬く星よりもまっすぐに光り輝いてほしい」
私が記憶を封印され途方にくれているときに差し伸ばされた優しい手。私はアヤカシとなり名前をもらった。
美しい月夜に---。
そして記憶は今に至る---。
「思い出した・・・。全部・・・」
十六夜の声色が違うことに気づく陽。光が消えて十六夜が姿を表す。
先ほどとは打って変わりどことなく雰囲気が神々しい。まさに神として覚醒したように。黒く長い髪は一つに言われ、着物は白い小袖を着用している。腕には籠手をはめ、腰には刀。その姿は戦の神を彷彿させる。
「十六夜」
すると十六夜は刀の切っ先を陽に向ける。陽はドキッとした。背筋に冷や汗がつたう。
「封印されていた記憶が戻りすべて思い出したようだ。さあ闇美津波、目の前にいるのは憎たらしい人間だ。斬り殺せ」
浦波王の言葉が十六夜の心を支配する。陽はその場から動けない。目の前にいるのは十六夜であってでも十六夜ではない。
「時空止めの玉のなかに入っているのが記憶だとしたら、その封印された記憶の主を操ることができる、と聞いたことがある」
丹波は弓を浦波王に向けた。躊躇ないかと言われれば嘘になる。手は小刻みに揺れていた。
陽はこれで長が十六夜を封印した理由がなんとなくわかった気がした。しかしわかったときには目の前まで十六夜が陽の命を奪おうと刀を振り上げていた。陽はとっさに避けた。刀は地面に突き刺さった。地面は割れて水があふれる。
神の力を持てば地面を割ることなど造作もないことなのだ。
十六夜の体から溢れるのは神気。溢れ出る神の力---。
アヤカシの長が十六夜を封印したのは十六夜の正体が闇美津波姫と知っていたから。十六夜の力が最初からずば抜けていたわけじゃない。きっと時の流れでどんどん抑えていた力が溢れた。その力こそ神の力。
きっとその力を悪用しようとする輩が必ず現れる。そこで長はせめて人間に奪われないように封印をした。
陽は真実がみえたような気がした。
考えている場合ではない。十六夜は陽に刃を向けて立つ尽くしている。陽は十六夜に刃を向けた。
二人の姿を太陽が照らした。そしてついに刃を交える。刀が合わさる音が響く。しかし十六夜の力が上で陽は簡単に弾き飛ばされてしまう。十六夜の目は初めて会った時と同じ。軽蔑の冷たい視線。
「十六夜・・・」
「私は闇美津波姫。このヒノモトを守る守護神にして水の神。私を裏切りすべてを奪ったのは人間。人間は全員殺す」
十六夜の口から出てきたのは神としてこの世界に絶望したという気持ち。
お前はまるで太陽のようだな・・・。
あの言葉を言ってくれた十六夜こそ本当の姿なのに。陽は悲しみに浸る。あの言葉をせめてもう一度聞きたいと。しかし十六夜の耳には届かない。刃は何度も混じり合い戦いは激しさを増す。
「鎌清。急いで朝廷軍を叩くぞ!」
「はっ!」
丹波と鎌清らは兵を率いて朝廷軍を攻め立てる。残されたのは十六夜と陽だけ。完全な一騎打ちとなった。
「十六夜! 俺を見てくれ!」
陽の叫びは届かない。しかし、十六夜には陽が別のものにみえてしまう。十六夜の目に移るのは若武者の姿。
「千智?」
十六夜も口にした若き軍神の名。またか、と陽。もしかしたら自分は若き軍神と呼ばれた藤原千智とやはり何か縁があるのかもしれないと考える。
陽の肩に乗り続ける風神丸は陽に言った。
「今さらやけどお前に言わなきゃいけんことがある」
「え?!」
「これは十六夜も知ってることや。でも今は無理や。十六夜の口からは聞き出せない。だから俺から話す」
風神丸はそう言った。わかった、と陽が言うと再び十六夜が襲いかかる。陽は刀で受け止めるも抑えるのがやっと。
このままでは話を聞く前に殺られる! まず十六夜を撒かなければ・・・!
陽は十六夜を退き、十六夜が後ろへ体勢を崩した隙を狙い、アヤカシの森へ逃れた。十六夜が起き上がると陽の姿はなく周囲を見回した。
「どこに逃げた・・・? 逃がさない」
十六夜は広い戦場を駆け巡り、陽を探し回った。
風神丸の妖術で陽は木の上に避難した。あまりにも高いそこに陽も足が震える。
「風神丸はこんな技が使えたんだなあ・・・」
「俺を甘く見んなや。俺はアヤカシカマイタチやで。イタチに化けられるだけじゃなくて風を操れる。その風は武器にだってなるんや」
尻尾で風を起こしそれを木の枝に当てる。すると木の枝は一刀両断された。風の力がどれだけ強いかが理解できる。
陽は息を飲んだ。
「そんなこと言ってる場合じゃねえ。陽、耳の穴かっぽじってよく聞け?」
「なんだ?」
「お前は、藤原千智の生まれ変わりなんや」
陽の頭は一瞬にして思考を停止した。そんな摩訶不思議なことがありえるのだろうか。陽は風神丸に何度も聞き返したが本当だ、と一点張りだ。
「何を根拠に・・・。俺はそんな記憶ないぞ?」
「ないのは当然のこと。生まれ変わりの多くはかつての記憶はすっかりなくなっているからなあ・・・。根拠は長があることを言ってたんや」
「長が?」
「十六夜を封印する際、長は誰にも解けない封印の術をかけたんや。それは十六夜の中にある魂が昔から惹かれるものの何かで解けるようになっている・・・。十六夜には過去の記憶がなかった、封印なんて解けるはずがない・・・。でもそれを・・・」
「俺が・・・解いた?」
神妙深く陽が風神丸に目を見張る。もしそれが本当なら陽は生まれ変わりということになる。
「一体何で・・・、俺はこれと言って何もしてないぞ!」
「陽の声と血や。封印されていても聞こえないと思うとるけど、実は聞こえるんや。アヤカシには。陽の声で十六夜の魂が呼応する。そして陽が怪我をしたところから流れた血はまさしく、奴の血そのもの。血に反応して封印は解けたんや」
風神丸の説明には辻褄が合う。異議を唱える箇所がない。
「刀さばきを見たとき思った。若き軍神に似ているとあんな動きは並大抵の人間はできん。それこそ生まれ変わりでない限り」
陽は思い出す。あの不思議な夢のことを。目の前には武装姿の自分に似た人物がいて、そして横目を通過して誰かを助けようとしていた。
「あいつが助けようとしていたのが瀬織津姫・・・。水の神。松風さまがおっしゃっていたことと同じだ・・・。もしかして十六夜と俺が出会ったのも・・・」
「きっと何かの運命の巡り合わせか・・・。でも二人が願った必然かもしれんな・・・」
陽は自分の胸に手を当てる。自分の中には無念の死を遂げた若武者の魂が宿っていることを改めて痛感する。
空に沈む太陽をただ見つめていた。
「貴方は太陽のような人だ」
千智もこう言われていたのだろうか。親近感がわく。そして自分が今、瀬織津姫を封印した大君の子孫と戦っている。仇討ちはすぐ目の前だ。きっとこれが千智の望んでいることだろう。
木の上でしばらくするとほのかに水の香りがした。近くには小川などない。
まさか?!
陽が振り返ると十六夜が怒りの形相でこちらを睨んでいた。終始驚いたが平静を取り戻し対峙した。目の前にいるのはアヤカシではなく水の神。今にも襲いかかろうとしているとき、陽はただ一言。
「十六夜、俺の声が聞こえるか?」
風神丸はこんなときに何を言うんや、と怒る。しかし、その言葉を十六夜は知っている。動きが止まってずっとつぶやく。
「俺の声が・・・聞こえるか・・・? 声? こ、え?」
何回も言い続けてきた言葉が本当の十六夜をつなぐ鎖となっている。太陽は沈み、月が顔を出す。月明かりが二人を静かに照らした。
「思い出してくれ。俺とお前が出会ったあのときを---」
十六夜の目に涙がうっすら浮かんだ。感情が言葉にならず溢れてくる。
私は・・・こいつを知っている・・・。あの月の夜、私は変な人間に出会った---。
「陽---・・・」
胸に下がるヒスイが輝く。緑色の光は十六夜の瞳に明るさを与える。ヒスイは神の道標となる石。そして人間のほうでは幸せを運ぶ石として知られる。
ヒスイの光は十六夜を正しい道へ誘い始める。
光に押されて陽が倒れそうになる。よろめいた瞬間、十六夜の瞳に映ったのは意識が消えかかり倒れそうになる陽の姿。
「陽!」
十六夜はとっさに腕を出して陽を抱きとめる。陽はただよろめいただけ、と言うも十六夜は陽にただすがりつくだけだ。
「戻ってきたんだね、十六夜」
「ヒスイの光が・・・私を闇から救い出してくれた・・・。これが、私の正体。使命ははっきりしてきた・・・」
浦波王に無理やり記憶を呼び起こされ神として覚醒し、縦横無尽に動いた十六夜は少し体力の限界を迎えた。なんと陽にすがりついたまま寝息を立てていた。
「俺の心配はいらへんようやな」
風神丸が安心した声をかけた。神としてみる十六夜の顔はとても凛々しく、髪の毛を言っているせいか少し別人にも見えた。
「このままじゃまずい。丹波さまも心配する。一度屋敷に戻ろう」
「了解!」
陽はふいに指笛を吹いた。指笛なんて吹いたこともないのに。自然に動いた。おそらくこれも千智の力。陽の馬は近くに逃げていて無事に呼び戻すことができた。眠る十六夜を起こさないように馬に乗せその後ろに陽が座り、肩に風神丸が付いた。
「行くぞ、振り落とされるな!」
陽は馬に乗って屋敷へ急いで戻った。
二人の運命の巡り合わせを星が見守る。自分の運命がわかった陽、自分の正体を見つけた十六夜---。二人の若者をただ月が見ていた。
最後まで読んでくださりありがとうございました。感想、評価等よろしくお願いします。藤波真夏




