92.
2杯目のコーヒーを半分程飲み終えた陽里はカップを置いて店主を見る。
「いかが致しましたか?」
微笑した店主の顔がわざとらしいと気付くのに陽里は時間を掛けなかった。
「どうしてボクの名前をご存知なのですか?」
「先程お飲み物をお淹れする時にお2人の会話が聞こえましたので。盗み聞きのような真似になってしまった事はお詫び申し上げます」
これまたわざとらしい頭の下げ方に陽里は辟易する。
わざとらしい仕草に対してではない、わざとらしい仕草をわざとやっている事に対してである。
「ボクの名前は1度も出ていませんよ」
「おや、勘違いでしたかな? これは失礼」
苦笑した店主は再度失礼と言って手近なイスを持ってきて向かい合った陽里とルナリアの間に座る。
「面倒な事はしないで欲しいわ」
ルナリアがアイスココアをストローで吸いながらごちる。
「ふふふ、彼が予想以上の方でしたので」
店主は気付いていた。
陽里がこの店に来た瞬間、僅かに警戒心を出した事に。
自分がただの喫茶店の主ではない事に。
しかし陽里はそれでもそれを表に出さないようにし、明確な何かがあるまで触れないようにしていたのだ。
そこに店主は敢えてボロを出す真似をして陽里を再度警戒させたのだ。
「ですが今のでお気付きになられたでしょう?」
店主が尋ねれば陽里はこくりと頷く。
「ルナがあの銃を持っている理由がわかりました」
「そこまでお気付きになられましたか」
せいぜい自分がルナリアに情報を与え続けている何者か、までだと思っていた店主は素直に驚く。
そのルナリアは何がなんだかわからない様子で陽里を見る。
「難しい事じゃない」
陽里は部屋を見渡す。
「ここにある装飾品は実弾時代の代物だ。少しばかり大きな骨董品があったっておかしくない」
「ふふ、ははは。お見事でございます。結城様の知識は確かなものでございますね」
褒めているのかわからない言い方であったが陽里は素直に受け取っておく。
「ボクの事を知っていたと言う事は昔の事も知っていると言う事でいいんですよね」
「はいでございます」
「昔って?」
ルナリアが訊く。
「なんでもない」
一瞬目が泳いだのを店主は見逃さなかったが黙る事にした。
「むぅ何よ、昔の事くらい――
「ルナリア様」
店主がルナリアを止める。
「まずはご自身の過去をお話しするべきかと存じますよ」
「うっ……わかったわ」
何か思うところがあったのかルナリアは小さな溜息をついてアイスココアを飲む。
「それを踏まえた上で……あなたにお訊きしたい」
思えば名前を知らない事に気付いた陽里は2人称を使う事にした。
「申し訳ありませんが、これでも商売の身でしてそれ相応の対価を頂きたいと存じます。流石に霞を食べて生きてはいけませんからね」
仮にもこの男、経営者である。
「それに名前はございません。お好きにお呼びください」
「あたしはマスターって呼んでるわ」
陽里は鞄から3つの機械を取り出す。
「まずはこれを買い取っていただきたい」
それは亜空機――阿羅機士だけが持つブラックボックス。
「今現在も阿羅機が入っていますが亜空機が壊れているので通常の起動は出来ません。ですがそちらにとって有益な技術取得に繋がるかと思います」
これは秘匿された技術の提供を指す。
阿羅機開発に携わる研究者は数は多くとも実際に開発出来た研究者の数は非常に少ない。
亜空機もまたその天才と呼ばれる研究者によって作られたものでその構造を知る者は同じ天才達しかいない。
一般の阿羅機士にまで行き渡った代物ではあるがその構造を分解して解明しようとするのは不可能に近い。
もしこれが出来るとするならばそれは同じ最高レベルに匹敵する研究者くらいだろう。
陽里は店主の伝手にそうした人物がいるだろうと推測して交渉を持ち掛けたのだ。
加えて阿羅機もあるとなれば陽里の出したものは十二分に価値があるものだった。
「それで、結城様は何をお求めになられるのですか?」
店主は1つ1つ観察しながら陽里に尋ねる。
「まずはすぐに用意出来るなるべく性能の高いパソコンです」
「わかりました。では他にはなんでしょうか」
全て確認し終わりいずれも本物と判断した店主はメモ帳に何やら書き始める。
「次に住処と倉庫が欲しいです。今日明日には軍が本格的に動き始めるでしょう。B区辺りがいいでしょう」
陽里の与り知らない事ではあるがA師団が既にヘッジホッグ部隊全滅の調査に乗り出しており、翌日には本腰を入れる事となる。
「畏まりました」
「そして最後に余りがありましたら現金をお願いします。ほぼ手ぶらで抜けてきてしまいましたので」
店主は陽里の要望を全て受け入れてパソコンと少々多額の現金を渡す。
「阿羅機の部品は手に入っても亜空機はなかなか手に入りませんからね。少しばかり色を付けさせてもらいました」
「ありがとうございます」
陽里は早速パソコンを立ち上げて簡単なセッティングを行う。
「ルナリア様」
その間に店主はルナリアに声を掛ける。
「何かしら」
結局話についていけずイライラ感を抱いているルナリアがその矛先を店主に向けて答える。
「以前のご忠告憶えておりますか?」
「以前……?」
ルナリアは憶えておらず首を傾げる。
「結城様は言うなれば死を惹きつける禍のようなものでございます。くれぐれもご注意を」
「珍しいものね。マスターがそんな真面目になって言うなんて」
店主の様子にただならないものを感じると同時にこの男が陽里をどう感じていたのかわからなくもなった。
「裏切って今ここにおられる状況です。また裏切らないとは言えないでしょう」
「そうね」
それはルナリアもわかっていた。
自身だって裏切られたから今ここでこんな会話をしているのだと理解している。
「裏切られたら裏切られたでその時は、躊躇なく彼を殺すわよ?」
不敵に笑う少女がそこにはいた。




