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神の居ない世界にて  作者: アウラ
3.There is nothing in his pocket
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91.Favorite flavor

 地下街の人気の寂しい場所にその喫茶店はあった。


「これ店としてどうなんだ?」


 そう問わずにはいられない程、ここは人気のない場所なのだ。

 このような場所に店を構えたところで儲かりはしないだろう。


「そんなの知らないわよ」


 素っ気なくルナリアが答えてドアを開ける。


 ドアに取り付けられた鈴が鳴る。


 陽里はその音を聞いてそれが安物の鈴でない事を理解する。


(細かいところに気を使う店と言ったところか)


 中に入って内装を見れば至るところに気付こうと思わなければわからない小さな優雅さが飾られている。


 古めかしいと言ってしまえばそれまでだが1つ1つがアンティーク品であった。


 それは素敵な隠れ家と名付けられる店ではあったが些か寂れすぎているのが残念な喫茶店であった。


「いらっしゃいませ」


「お久しぶりね、マスター」


 中に居た唯一の人物にして店員こそこの店の店主だった。


 フォーマルなエプロン制服のソフトモヒカンな男は深々と頭を下げて出迎える。


「ええ、お久しぶりです。ルナリア様」


 白磁の皿を拭いていた店主は一端作業を止めて2人に席を案内する。


「どうぞこちらへ」


 イスを引いてまずはルナリアを座らせ、続いて陽里を座らせた。


 その所作はいつぞやの高級レストランを陽里に思い出させるが、その実ここが喫茶店である事に内心苦笑する。


「ご注文を」


 店主が尋ねればルナリアはすぐにいつもの朝のやつ、と答える。


「お連れ様は何に致しましょう?」


 メニューも渡されないで注文を取る辺り、何でも出せると言う事なのだろう。


 だが陽里としては妙に行き届いたこの店の味に興味を覚えており、ついこんな事を尋ねてしまう。


「おすすめの飲み物はありますか?」


 あまりにも無粋な質問である事に対してか、それとも何か思うところがあったのだろうか、店主は微笑してから答える。


「それではオリジナルブレンドコーヒーはいかがでしょうか。まだ暑い季節ではございますが当店ではホットコーヒーに力を入れておりますので」


「ではそれで」


「お食事の方はどうしますか?」


「食べましたので大丈夫です」


 栄養錠剤(あれ)を食べたとは言わない、とルナリアは突っ込みかけたが寸でのところ抑えた。


「畏まりました」


 カウンターに戻った店主はいつもの手際でグラスに氷を並々入れ、一方のカップにココアパウダーと砂糖を絶妙なバランスで加え、さらにコーヒー豆をコーヒーミルに入れてお湯を沸かす間に粉砕していく。


 2つの飲み物は一から作ろうとすれば共に手間の掛かるものであるにも関わらず店主は同時に作っていく。


「見事な手捌きだね」


 その様子を陽里は軽く観察していたが驚嘆に値するものだった。


「そうね」


 ルナリアは興味なさそうにして欠伸をしながら答える。

 間もなく同時に2人分が出来上がる。


「お待たせしました。アイスココアとブレンドでございます」


 現れたのはココアブラウンとランプブラックの2色。


 いずれも芳醇な香りをこれでもかと放っており、さりとて2つの香りは互いに反発せず協調しているようにも感じる。


 それは2人別々の飲み物を頼んだにも関わらず互いのものを損なわないよう計算されたものであった。


「お食事の方はもう少々お待ちください」


 店主は再度カウンターに戻り冷蔵庫から何やら取り出し始めた。


 陽里の目の前に置かれた白磁のコーヒーカップとソーサーと共にティースプーンとシュガー、ミルクが紙ナプキンの上にあったが陽里はそれらに触れず一口飲む。


 まずは飲む前から感じていた強烈にして協調を乱さない香りが鼻腔を擽る。

 それと同時にはっきりとくっきりとした苦味が口一杯に満たす。

 続いて甘味と酸味が広がった苦味をまろやかにしていく。


「おいしい」


 一連の味と香りの流れを分析すれど陽里の口から出た言葉はたった4文字に集約された。


「そうでしょ」


 何故かルナリアが誇った顔をしている。


「今までで1番おいしいコーヒーかもしれない」


 それ程コーヒーに拘った事がない陽里ではあるが確信出来るものだった。


「それはありがとうございます」


 そこに店主が現れた。


 焼いている途中で手を離してやって来たのか何かが焼ける音がする。


「当店で1番人気……の予定ですから」


 陽里は確かにこのコーヒーが人気になってもおかしくないと思うのと同時に今の閑古鳥が鳴く状態に対する気持ちがなんとも言えない微妙な気持ちにさせる。


「ルナリア様はいかがでしたか?」


 陽里の無言を是としたか非としたかわからないが店主はルナリアにも尋ねる。


「いつも通りよ」


「それは良かったです」


 店主は糸目をさらに細めて微笑む。


「そろそろ焼ける頃ですね」


 三度カウンターに戻って持ってきたのはフレンチトーストであった。


「お待たせしました」


 ふんわりと膨れ上がったそれは黄金色を通り越して金色であった。

 加えてメイプルシロップによるものかそれは輝きを放っている。


 ルナリアがナイフを入れれば表面はパリッとしたが中はプリンのようにふわっと切れる。

 味は説明するまでもなく甘く、香りが立ち、柔らかい。


 栄養バランスは最悪の極みではあるが彼女は気にしない。


「ごちそうさま」


 ものの数分で食べ終わったルナリアは手を合わせて言う。

 一方の陽里も気に入ったのか既にコーヒーを飲み干していた。


「お気に召していただき光栄です」


 相変わらず人が来る気配すらなく店には店主と陽里達の3人だけであった。


「結城様、おかわりはいかがでしょうか」


 ポットを手にして店主は笑顔でコーヒーを勧める。


「……ではもう一杯頂きます」


 注がれたコーヒーの香りが引き立ち、陽里は飲み始める。

このフレンチトースト、某ホテルのレシピを元に実際に作ったものを題材にしています。

非常に手間がかかるので滅多に作りませんがとてもおいしいです。

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