89.
「むぅ……おといれ……」
寝ぼけ眼の状態で起き上がった月を髣髴とさせるレモンイエローの髪の持ち主はベッドから抜け出してほとんど目を開けずに歩き出す。
カーテンが閉まっており夜明け直後ともあって陽の光が差さず、短くも暗い廊下を突き進む。
危うく転けそうになるも目的の部屋に入り、出る頃には5割方目を覚ましていた。
(シャワー浴びよ)
パジャマを脱いで浴室に入りボタンを押して湯を出す。
41℃と言う夏の終わりとあって丁度良い湯がルナリアの髪を濡らす。
ルナリアは朝と夜の2回、シャワーを浴びる。
夜は昼間の汗を流すため。
そして朝は
(珍しくあの夢、見なかったな)
彼女は悪夢をよく見ていた。決まって同じ悪夢だ。
起きた時には前身が汗でびっしょりになっているため入らざる得ないのだ。
そして今日は寝ぼけていつものようにした結果はっきりと起きた時にはシャワーを浴びていた、と言う事だった。
シャンプーで髪をほぐしながら洗っていく。
癖毛とも言える波のような長い髪が寝ている間に絡まってしまうのだ。
シャンプーを流した次はトリートメントを付けていく。
彼女とて年頃の少女であるから立場がどうであろうとその手の拘りはある。
そしてボディーソープで体を隅々まで洗って再びボタンを押して湯を止める。
タオルで全身の水分を優しく拭き取って浴室を出る。
(今日は何着ようかな)
裸足で歩き部屋に戻る。
そこには黒髪の少年が居た。
「え……」
彼はすぐに振り返ったが一瞬彼のセピア色の瞳が自身を捉えたのだと瞬時に理解した。
「何見てんのよ変態、スケベ、エロ男! やっぱりあたしの身体が目当てだったの!?」
ルナリアは手元にあった箱型の何かを投げ付ける。
「いたっ」
持った瞬間予想以上に重かったのできっと本当に痛かったのだろう、とルナリアは頭の片隅で思ったがそれでもお構いなしに次々と物を投げ付ける。
「待って、待ってくれ」
それでもこの投げ付けられている男が振り向かないのは紳士的と言えるだろう。
「何よ変態! 地獄に落ちて閻魔様に舌引っこ抜かれて死ねばいいのよ!」
「と、取り敢えず服を着よう! まずはそれからだ」
そう言われて気付く。まさか自分が今現在下着すら付けず一糸纏わぬ姿である事に。
その白い肌は見る見る赤くなっていき、ついには――
「きゃあああああああああああああ!!!!」
早朝、この叫びが誰かを起こしたならばすまなかったと心の内で謝るのはまだもう少し先の話になる。
「で、なんであたしの部屋にいたの? ヨーリ」
陽里を散々罵倒してから部屋から追い出した後、チェック柄の赤いミニスカートに白いブラウス、黒の半袖上着と言った外出用の服を着終わったルナリアは改めて陽里を部屋に入れて軽蔑半分疑い半分の目で問い質す。
「昨夜、廊下で寝かされてさっきルナがシャワー浴びる前に踏まれて起こされたからルナの部屋にいたんだ」
ルナリアが先程トイレに向かう途中、本来何もない筈の廊下で転けかけたのは寝ぼけていたからではない。陽里に躓いたのだ。
蹴られ踏まれて起こされた陽里は緊急避難としてルナリアの部屋におり、戻ったらその事を伝えようと思っていた。
だが結果はあの通り。ルナリアが全裸で自室に戻ってくるとは全く考えていなかったのだ。
「……見た?」
「え?」
「見たの?」
「だから、何を?」
ルナリアの殺気が目に見えて立ってきており、一瞬言葉を躊躇う。
「見たんでしょ! あたしの裸!!!」
「見てない」
即座に陽里は答える。
また亜空機を投げ付けられるのは勘弁して欲しいからだ。
ルナリアが先程無造作に投げた箱型の何かとは陽里の亜空機だったのだ。
阿羅機士だけが持つある種仕事道具を投げ付けられて陽里は複雑な気持ちであったが、ここで抗議しても逆ギレと取られかねないと思った陽里は早急な事態収束を図るべく痛みを堪えたのだ。
そして現在もその試みは続いており、最善策として嘘をつく事だった。
「嘘ね! 目が合ったもの」
しかしすぐに看破されてしまう。
扉が開いてさぁ謝ろうとする陽里の目の前に一糸纏わない状態で現れたルナリアの姿を見ないのは些か不可能と言うものである。
人間の視覚刺激による平均的な反射時間はおよそ200ミリ秒とされている。
鍛えればそれは100ミリ秒に迫る。
陽里もまた阿羅機士として鍛錬しており90±10ミリ秒と言う驚異的な成績を出している。
ちなみに脊髄反射が一般に30~40ミリ秒と言われており、事実上これが人間の限界である。
詰まるところ陽里は10分の1秒にも満たない時間でしかルナリアの裸を見ていない事になる。
だがそれは無駄な言い訳に過ぎず寧ろ火に油を注ぐ始末なだけだ。
それに――
(あまり、ないし……)
女としての魅力の1つを陽里は心の中で無意識にとは言えこてんぱんに貶していたのだが当のルナリアがその事を知る事は一切ない。
結局陽里が嘘をついた、と言う悪手はルナリアの怒りのボルテージを上げる結果になり、日が十分に昇るまで説教を受け続けるのだった。
ベタなラッキースケベだと言うのに一切の動揺もしない陽里さんパネェっす。




