88.
「なんと言う事だ……」
いくらとも知れない高級革で出来たイスに肥えた体のおよそ全体重を掛けて座っていた男はその報告を聞いて髪の毛を毟りかけて、同じくこれ1つ売るだけで一体どれだけの人を養えるかと言ったデスクに肘を付く。
特A師団長であるこの男――証城寺佐之男はある人物を潰すつもりであったが予想外の事態が起こり頭を抱える羽目になっていた。
「あの生意気な小僧が特Aを抜けるのは構わん。じっくり苦しめて潰せばいいだけだ。だが元特Aと言うキャリアで死ぬとは何事だ! これでは面子が丸潰れではないか!!」
佐之男は拳を振り落として机を叩き付ける。
机に傷1つ付かないのはその机が頑丈であったからか、男の筋力が衰えたからだろうか。
彼が許せないのはただ1つ。
特A師団が舐められかねない事が起きたからだ。
至高ーーそれこそ彼にとって特A師団が特A師団である理由なのだ。
特A師団は最強
特A師団は無敵
特A師団は絶対
特A師団は孤高
その事に傷を付けられた事が許せない。
そこに陽里が死のうとどうなろうと彼には関係なく、それによる結果だけが佐之男を激怒させた。
彼はエリートの中のトップ達だけが入る事を許される特A師団から飛び降りた陽里を懲らしめようと半ば戯れで動いていたが、それは陽里をいつの日か全裸で頭を地面に付けさせて泥水を飲ませ、三日三晩謝罪の辞を延々と唱えさせるつもりだったからだ。
彼自身がどんなに陽里を嫌い蔑もうとも実力だけを見ればトップによるトップのための特A師団でもトップクラスに上り詰める程であり、彼の私刑が済めば特A師団に戻すつもりだった。
陽里を扱き使えば最強無敵をより顕在化させる事が出来、より特A師団の立場を確固たるものに出来た筈だからだ。
「それを、それを……!!」
役に立つどころか泥を塗り、挙句補充で1人他所の師団から加えなければならない始末に歯軋りを立てる。
「失礼します」
すると部屋の外からドアをノックする音が聞こえた。
「入れ」
「失礼します」
入ってきた男は軍服をきっちり着ており帽子を部屋の中でも被っていた。
帽子を室内で被る事はれっきとしたマナー違反ではあるが師団長は咎めない。いや、咎める事が出来ない。
それだけ彼の目の前で敬礼している男の立場が高いものだと言う事だ。
言葉や姿勢と言うのは形だけの時もあるのだ。
しかしだからと言ってこの男が師団長を敬っていないかと言えばそれは否である。
「これより私、春木晴信はA師団へと出向すと伝え申し上げ来ました」
「ご苦労。速やかに任務を遂行せよ」
「はっ!」
男は再度敬礼し、部屋を出る前にももう1回敬礼して扉を閉める。
「改めて獅子を使う事になるとはな」
怒りが冷めたのかイスに浅く腰掛け背中を後ろに倒して目を瞑った。
ヘッジホッグ部隊が全滅した可能性が極めて高いとA師団師団長の喜助に報告が来た翌日には部隊名は伏せて隊員5人が何者かに殺されたと師団内全体に通達した。
これは一種の非常事態宣言でありA師団は再び地獄のような緊張感が漂う事となる。
さらに翌日、特A師団からA師団へ出向させると喜助は通達を受け資料の用意をしていた。
「元々結城陽里を戻すつもりだったとはな」
教官でもあるエリザベスがいつものように師団長室に居座って今日通達された特A師団臨時募集の案内を読んで感想を漏らした。
「彼が死んだとわかった途端これだからねぇ。知っている人からすれば笑っちゃうぐらい露骨な動きだよ」
喜助は既に準備が終わり秘書に淹れさせた緑茶を飲んでいた。
「君も飲むかい?」
「ワタシはあまりそのグリーンティーが好きじゃないんだと何度言わせたらわかるんだ」
「高所恐怖症で緑茶も嫌いだなんて君は結構苦手なものが多いよねぇ」
「うるせ」
いつものやり取りの中、ドアをノックする者が現れる。
「構わないよ」
喜助が中に入れさせる。
入ってきたのは喜助の秘書の1人である。
「失礼します。特A師団よりお見えの方がいらっしゃりました」
「そうか。通してくれ」
「畏まりました」
秘書が退室する。
「それじゃワタシも戻るとする」
エリザベスはソファーから立ち上がって伸びをする。
「いや、君も居てくれ。報告の後継ぎは現場の者も居合わせた方がいいだろう?」
それを聞いてエリザベスはこの後誰が来るか予想した。
「面倒臭い奴じゃなきゃいいんだけどな」
特A師団と言えばお高く止まってると言ったイメージがエリザベスや他の兵士にはある。
特にエリザベス以外の――かつて特A師団を目指した者達にとっては劣等感から嫉妬と嫌悪を抱く事もある。
「お連れしました」
再び秘書が来てはすぐに退室する。
「特A師団所属特別捜査官の春木晴信です。階級は准佐です」
エリザベスは見た瞬間その男の持つものに畏怖とも言える恐怖を感じた。
背は高くやや痩せている。
足の動きは達人のものであり、喋り方は人間のもののようで機械のような印象も受けた。
そして何よりもその目だった。
輝きのない人工物のような暗灰色――これにやや青さがあるかどうかの目は自分と歳が変わらない筈なのに何を見てきたのかを思わせる濁りきった目だった。
エリザベスも人並み以上の戦場を駆け走った歴戦の兵士だと言うのにここまで感じさせるものは一体なんなのかと思わせるものだった。
「よく来てくれたね」
炯眼持ちと謳われる喜助もその不気味さに気付いているが師団長と言うのは伊達ではないのだろう。喜助はにこやかに晴信を歓迎した。
「とは言え早速だが本題に入ろうか」
彼らが話す事は当然、行方不明となったヘッジホッグ部隊の件である。




