86.Dear Mom and Dad
A-15区、香織の両親が暮らすこの地区に1人の配達員が木下家を尋ねた。
「そう……ですか……」
休日とあって夫婦でゆったりとした時間を過ごしていた中に舞い込んだその報告に香織の母は足が崩れて倒れ込み、香織の父は震える手をもう片方の手で抑えて配達員から配達物を受け取る。
「ありがとうございました」
香織の父は頭を深々と下げて配達員を見送った。
足元には箱が、そして手には黒い封筒が1通握られていた。
「なんで……あの子が……」
ついに泣き崩れた香織の母をその夫が無言で抱きしめる。
しばらくして泣き止んだ彼女は夫から離れて居間のイスに座って俯き始めた。
「まずは、香織の言葉を読もう」
彼は年頃の女の子らしい可愛らしいキャラクターのシールが貼られた黒封筒をシールを破らないよう丁寧に剥がして中身を取り出す。
拝啓 お母さん お父さん
このお手紙を読むと言う事はわたしは死んでしまったと言う事なのですがいかがお過ごしですか?
阿羅機士である以上、わたしはいつ死んでもおかしくありません。そのせいでお母さんやお父さんとはケンカしちゃいましたね。結局死んじゃって言いつけを守れなくてごめんなさい。
でも前にも言ったけどわたしはいつか立派になったわたしを見せたいから阿羅機士になったんです。
A師団に入れる程立派になったんだよって言ったあの日を憶えてますか? その時はエリートでしょって言った記憶があります。でもA師団の中にはたくさんすごい人がいてびっくりしちゃいました。
阿羅機をすごく上手に使いこなす人、人望に厚くてきちんと指令が出せる人。他にもたくさんいる兵士の皆さんのご飯を一手に引き受けている人もすごいです。
だからわたしもそんな人達に追いつけるようもっと頑張ってます。あれ? 頑張ってました……なのかな?
きっとわたしが死んじゃったらお母さんもお父さんも悲しむんだろうなぁって思いながらこれを書いてますがどうか泣かないでください。それとそんなお願いをするわたしのワガママを許してください。
やっぱり泣かれるって思うと辛くてさ、わたしも思わず泣いちゃいそうだよ。
でも泣かないって決めてるからどうか泣かないでください。
天国でもわたしは元気に楽しくしてるからお母さんもお父さんも髪の毛を真っ白にして、もう十分に生きたなぁって思ってからこっちに来てください。あ、お父さんは髪がなくなってからかな?(笑)
死んじゃってから今更なのかもしれないけどわたしね、好きな人がいます。
お父さんがすごく怒りそうだけど怒らないでね?
その人はわたしが暗闇の中でもがき続けてたところに手を差し出してくれたんだ。
すごく優しい人なんだよ? 困ってるところを立ちどころに解決しちゃうんだ。
でもちょっと冷たい人でもあるかな。この前なんか話し掛けてもすぐどっか行っちゃうしおまけに未だに名前で呼んでくれないし……。
あ、誰かわかってもぜっっっっっったいに言わないでよ!? わたしがちゃんと告白するんだからね!
最後に。
わたしはいつもこのお手紙を書く時はこれが読まれる事のないよう祈って書いてます。
でも神様が意地悪してこれを読む事になってもわたしは悔しいとも無念にも思いません。
これはわたしが精一杯生きた証だから。
わたしは今日までわたしが頑張って生きた事をここに示します。
お母さん、お父さん、今までありがとう! 木下 香織
読み終わった香織の父は大きく息を吐いた。
「いっちょまえな事言うようになって」
今にも涙が流れそうになった彼は上を向いて堪える。
せめて娘の最期の頼み事ぐらい聞き届けなければと、そう思って。
「2ヶ月前はあんなに元気そうにしてたのに……!」
対する香織の母は再び声を上げて泣き崩れる。
大切な愛娘の死に夫婦はただ悔やむしか出来なかった。
木下香織が用意した黒封筒は3つ。
1つは両親に、1つは彼女のルームメイトに。
そして残りの1つは結城陽里へ宛てたものだった。
しかし最後の1つは誰にも読まれずに香織の葬式時に遺体のない棺桶に入れられてもうこの世には存在しない。
ただ、その時の香織の様子を思い浮かべるのは難くないだろう。
人知れず顔を真っ赤にして時折文字を消して、書いては顔を赤くした事だろう。
だが、その想いが伝わる事は一切ない。
第2章の後書きは活動報告にて掲載しますのでここでは割愛。
バッドな幕引きですがそう言うものです。
☆次章予告
軍を去りルナリアと共に世界を敵に回した陽里。
軋み、歪み、そして狂いだした運命の歯車はもう1人の天才と1人の凡才をも巻き込む事となる。
そして過去・現在・未来の因縁がここに集う。
第3章『だけどポケットの中は空っぽで』
もちろんその前にアレの話です。
今後ともよろしくお願いします。




