76.
場所はA-2区――旧横浜の西部だ。
「こんなA区の真ん中で殺されたの?」
香織は地下鉄から出て日差しを手で遮って呟く。
「基地から近過ぎる事もないけどそんなに遠くない。完全にA師団を狙ってる」
地下鉄で移動するまでもない基地から微妙な距離である事から陽里は推測した。
「ならば動機はなんだ」
信次が考え込む。
「やっぱり今の徴兵制度に対してではないです?」
満太が汗を拭きながら答える。
「相手がテロリストならな」
そう答えて秋雄は地下へと戻る。
「……テロリストじゃないんですか?」
一瞬訊くのを躊躇った香織だったが意を決して尋ねた。
「じゃあ訊くがてめぇはなんでテロリストの仕業だと思った」
「それは……。それくらいしか連合国軍に対立する相手がいないから……じゃないんですか?」
「てめぇの頭は教科書の内容しか入らねぇのか?」
秋雄は香織の答えに苛ついて声を荒げる。
「じゃ、じゃあなんだって言うですか!」
怒鳴られた事に不満はあるものの今まで秋雄とこのような会話はなく無視や取り合わない事がほとんどだった。
加えて秋雄の言っている事が正論だとわかっているので香織は食い下がって訊いた。
「おい、答えてみろ」
秋雄は陽里を見て言った。
「仮にそのテロリストが基地を破壊するほどの規模の大きい攻撃を仕掛けてきたとする。だがこの行為に政治的要素は絡まない。何故ならば軍としてはそのテロリストを叩き潰すか吊るし上げればいいだけだからだ」
「どう言う事……?」
「今回の殺人は軍にとっては僅かな痛手に過ぎないし政治側からすればどうでもいい事だからだ」
第参都市からすれば基地の破壊は十分に痛手であるが痛手を受けたからと言って徴兵制度をやめるなどと言う事は関係のない話なのだ。
「だからこそ動機がわからないでいる」
陽里の答えに信次が次の疑問を提示する。
「わかったか?」
秋雄は嘆息するような表情で香織を見る。
「……はい」
悔しさを感じるがそれは自分に能力がないからだと思って香織は頷く。
「動機も何も手掛かりがなければ敵の正体もわからねぇ。まずは手掛かりを見つけるしかない。夕方まで捜索だ」
だが秋雄はいつものように勝手に1人で行く事なく動かずにいる。
「どうかしたのか?」
不思議に思った信次が尋ねる。
「2人1組で行くべきだと思ったが出来ねぇしな、と思ってな」
香織は声を出さないよう努力はしたが驚きのあまり目を見張る。
秋雄からすれば非効率的な手段だが万が一を考えた場合を天秤にかけた結果、単独行動は危険だと判断したのだ。
「それだったらボクは1人でいいです」
陽里は手を挙げて一歩下がった。
「しかし……」
信次もその危険性がわかっていた。それに以前、秋雄に進言したが一蹴された過去がある。
「わかった。ならこうしよう」
秋雄は手で4人の輪から線を引く。
秋雄と満太、香織と信次のペアである。
「だが何かあったらすぐに報告しろ。それとてめぇら全員に言える事だが見つけたらその腰につけたやつを押せ」
秋雄は自身の腰に付いているスイッチのある小さな筐体を叩く。
阿羅機士が独断でその区域を戦闘区域に指定出来る緊急用のボタンである。
故意に押した場合、重い罰があるため下手な理由で押す事は出来ない。
故に使われる事は滅多にない代物だ。
「わかりました」
陽里は軽く敬礼をして来た階段を再び登っていった。
「良かったのか?」
信次が批難する目で見る。
「それで奴が死んだなら奴はその程度だって事だ」
その顔には何かが含まれていた様子ではあったが信次は見抜く事は出来ずそれ以上の追求を止めた。
「行くぞ、クソデブ」
満太の腹に肘打ちをして秋雄は歩き出す。
痛みを耐えて満太は秋雄を追いかけていった。
「私達は地下を探そう」
「は、はい」
続いて信次・香織の2人組も歩き始める。
その頃、ヘッジホッグ部隊が追う正体不明の殺人鬼――ルナリアは数ある高層ビルの1つの中にあるファストフード店の一角にて外の景色を見ながらサンドイッチを頬張っていた。
まだ朝と言える時間で朝食に訪れた客は多く店内は賑やかだった。
(あんなに調査しに来るんだって知ってたら準備してたのに……)
言葉に出す事は憚られるのでルナリアは心の中で独り言をこぼす。
(今日も来てくれたらやれるのになぁ)
サンドイッチを頬張る。
ルナリアが2人目の兵士を銃殺した翌日にその調査が来たと知ったのは夜になってからの事だった。
その時には既に撤収が始まっていたため準備が間に合わず敢え無く逃す事となった。
余談だが1人目の翌日にも調査があったのだが当時のルナリアの狙撃銃は調整中だったため彼女が知る事はなかった。
(ま、後で屋上で見張ってみよっかな)
ジュースを飲んでパンに吸い取られた水分を補給する。
人の目を盗んで忍び込め、外部から目に付かず、そして狙撃に適した屋上と言うのはあまりない。
このビルこそ一昨日ルナリアが狙撃した建物である。
「アイスブレンドで」
どこかで聞いた事のある声がした。
ルナリアは周りを見ようとするが位置の関係で全体を見渡す事は出来なかった。
知っている人物で思い当たる者は何人かいるがいずれも全員まず会う事はないだろうとルナリアは思っている。
ある者はかつての友人、ある者は取引相手、ある者は殺したい程憎む敵、それ以外は死んだ者達。
「あ、あと1人いた」
知っている声と同時に姿を思い出してその出来事が想起される。
高度600mの高速飛行。
(……あれお姫様抱っこって言うやつよね)
厳密には片手で抱えられていたので違うのだがルナリアにとってはそこに違いがなかった。
「やぁ」
ルナリアが過去を思い出して頭を抱えている合間に彼女の目の前に座った男が声を掛ける。
「え……? ええ!?」
驚いて顔を上げてその人物を見てさらに驚く。
「また会おうって約束したから」
黒髪にセピア色の瞳の青年――陽里がコーヒーを飲みながらルナリアを見ていた。




