75.
「それで解散はなしになったのかい」
今朝の出来事を喜助はエリザベスに語ると彼女は声を上げて笑ったのだった。
「やっぱり結城陽里はあんたの予想を超えただろう?」
ソファーに寝転がったエリザベスは半ば嘲笑するかのように笑って喜助を見る。
師団長室でこんな事が出来るのはA師団内ではエリザベスただ1人だろう。
「まさか彼があの部隊の生命維持に噛んでるとは思いもしなかったよ」
喜助も笑って酒を煽る。
「あんたの炯眼も濁ってきたんじゃないか?」
「もう歳だからねぇ」
喜助はエリザベスの挑発には乗らず受け流す。
「ま、これでワタシに隊長を譲る理由もなくなったな」
「やりたかったらやってもいいんだよ?」
「断る」
「あらら」
喜助がエリザベスをヘッジホッグ部隊の隊長にしたかった理由は隊の分裂を阻止するべく強烈な綱となって欲しかったからだ。
もちろん戦力も加算されるのだが既に十分な戦力を持つヘッジホッグ部隊に要求する要素ではない。
従って喜助がエリザベスに隊長になってもらいたいと思う気持ちがなくなり双方の同意をもってエリザベスはヘッジホッグ部隊と縁を切る事になった。
「それで、次の任務はどうするんだ? またネズミ探しか?」
エリザベスは寝ながら酒を飲んで尋ねる。
「おやおややっぱり気になるんじゃないか」
茶化すように喜助は笑う。
「うるせ」
あからさまに不機嫌になるも早く言えと言わんばかりの様子を醸し出していた。
「兵士がまた殺られてね」
それを聞いてエリザベスは急に無表情になる。
「これで2人目だ。A師団か、それとも軍そのものを狙ったテロ組織によるものだろうと考えている。神和国がこんな嫌がらせ程度の攻撃を仕掛けるとは考えにくいしね」
今朝の報告書にて銃殺死体が見つかったのだ。
真夜中に殺害されたと考えられており現在調査中である。
「深夜は音がよく響く。聞こえないのはおかしいんだ」
しかし手がかりが今日1日調査しても銃弾1つしかなかったのだ。
「かなりの至近距離で殺られたんじゃないのか?」
極限まで発砲音を抑えれば射程が犠牲になるも可能だろうとエリザベスは推測する。
「弾は額からうなじを通ったと推測される。もし君の言う通りなら角度的に大男ないし大女が撃ったものと考えられる。だが――
「正面に立たれて何も出来ないようなクズな兵士ではない」
いくら暗かったとしてもA師団に入れる程の実力を持った者が近距離で目の前に大きな人間がいて気付かない筈がない。
さらに暗いと言う状況がまずこの第参都市ではあり得ない。
「中距離以上での射殺と言いたい訳、か。それをあいつらにやらせるのか?」
喜助の意図がわかりエリザベスは確認の意味もあって尋ねる。
「ネズミ捕りより難しいだろうが彼らなら出来るだろうと思っているよ」
寧ろ並の兵士では危険なのだ。
認識圏外から音速を超えた金属が体に直撃するのだ。
どうやって死んだかすら理解出来ない程に凶悪な殺意の塊に対して阿羅機でもってさえも対応出来るギリギリの範囲だろう。
「阿羅機の運用規制の問題で非戦闘時は起動出来ないしねぇ。生身の人間で対応出来そうでかつ――」
そこで酒を一口飲む。
「駒になれるのは彼らしかいないんだよ」
その顔は部下を守る上官ではなくこの地を守る守護者としての顔だった。
翌日
「任務が追加された」
怪我もほぼ完治し、何事もなかったかのように秋雄はヘッジホッグ部隊の朝のミーティングで話を切り出した。
「近頃A区で阿羅機士が何者かに立て続けに殺されている。探索を続けながらこの殺人鬼も追う」
「手掛かりはないのか?」
信次が訊く。
「実弾銃で殺されたくらいしかねぇ。ったく、役立たずはこれだから嫌いなんだ」
秋雄は舌打ちして首を鳴らす。
「場所もわからないのです?」
「ああ」
秋雄は話は済んだとばかりに探索用の装備を整え始める。
「なんか今日の副隊長、態度が柔らかくない?」
声を沈めた香織が陽里に訊く。
「昨日何かあったからだと思うよ」
昨日の解散騒動の後、火鼠討滅の件について香織は満太と陽里から聞いたがそれだけでは秋雄の態度に納得が出来ないでいた。
陽里はその後に何かあったと目論むが尋ねるまでもない事だと判断し興味をなくした。
彼にとって秋雄の態度の変化はどうでもいい事なのだ。
(今度こそはボクが見つける)
解散阻止も全ては陽里は戦いたいために動いただけである。
「まずは殺された場所からだ」
秋雄は普段と変わらず皆を置いて先に部屋を出る。
だが香織はこの部隊に染み渡っていたどこか険悪な雰囲気がなくなっている事に気付き無自覚に笑みをこぼす。
その様子を見ていた陽里は特に声を掛ける事もなく部屋を出た。
秋雄と満太の間にどう言ったやり取りがあったかは語られる事はありません。
きっと満太が秋雄の見舞いに行った時に何かあったのでしょうね。




