73.
「ああ、その通りよろしく頼むよ」
師団長である喜助は自分でもなくても処理可能な簡単な書類を部下に任せて山となっている書類を1枚1枚仕分けては処理していく。
いつものデスクワークであり、そして憂鬱になる作業であった。
(そろそろこの案件も行動に移すべきだろうねぇ)
顎髭をさすりながら喜助は手に持つ報告書を眺める。
その時ノック音がする。
「どうぞ」
喜助の言葉と同時にドアが開く。
「失礼します」
入ってきたのは香織だった。
「鹿島隊長、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
訊いている割には有無を言わさない語気だった。
それに含みのある言い方から内容も察した。
「大丈夫だ」
持っていた書類を裏にして伏せて香織をソファーに座らせ自身も対面に座る。
「何かあったのかい?」
喜助は敢えて気付かないフリをして香織に尋ねる。
「赤嶋副隊長についてなのですが……」
やはり、と言った気持ちが顔に出るのを抑えて喜助は香織の話を聞いた。
曰く、横暴。
曰く、強引。
曰く、暴力的。
曰く、自己中心的。
女性特有の直接的でなく且つ陰口としての言い方を喜助なりに変換した結果がこれである。
加えておくのならば理屈がそこにあった事だろう。
「ですから赤嶋少尉は副隊長には相応しくないと愚考します」
そして最後には直接的な表現だった。
具体的な事件については喜助の知るところではなかったがヘッジホッグ部隊で何が起こり得るか予想はそれこそ編成前から予想しており、案の定秋雄の満太への行動が香織のトリガーを引いたのだった。
(まぁ持ったものかな)
香織の言っている事は事実であるが喜助からしたらもしかしたら嘘をついているのかもしれない、と言う可能性が僅かにだが残る。
仮に――事実ではないが――香織の言っている事がデタラメであり、喜助がそれを信じなかったならば次の発言はなかっただろう。
「なら解散すべきだねぇ」
喜助の表情は説明し難い微妙なものだった。
強いて言えば微笑。
だがやはり笑っているのではなく無表情でも怒っている訳でも悲しい顔でもない。
そんな喜助の曖昧な表情に香織は意図を掴めず困惑する。
「解散……? 部隊の解散と言う事でしょうか?」
部隊の不仲は存亡の危機ではある。
これは偏に戦闘時の全滅の可能性を上げるためであって組織的な意味合いではない。
しかも結成4週間程度のまだ新しい部隊が不仲だから解散と言うのはいい加減なものがある。
重要な作戦に失敗したとか立て続けに任務の失敗ならば無能の烙印を押されて解散させられるだろう。
喜助が無言で肯定するので香織は未だその理由がわからず思案した。
「元々件の魔獣の確認がヘッジホッグ部隊の任務だったしねぇ。試験部隊としては役目は果たしたと思うよ」
だがそれだけで終わらせるには勿体ない部隊ではあると喜助は考える。
だからこそ特殊部隊と言った表現を結成当初は使ったし今でもそう思っている。
しかし予想していたとは言え結果はこの有様。
喜助は事実だけを話す。
「後で解散の手続きはしておくよ」
ここに来て香織はどうしたかったかを考える。
秋雄の勝手さに怒りが爆発し直談判へ行動したはいいものの後先を考えていなかった。
部隊から離れたくて喜助に話に来た訳ではない。秋雄を追い出した訳でもない。だがどうしたらいいかわからない。ただ今の状況をどうにかしたかった。
そんな思いが巡るも香織は喜助の言葉に首を横に振る事が出来なかった。
「明日には正式に解散の旨を伝える。赤嶋少尉も明日には復帰出来るようだし集まった時に言うよ。ご苦労様だったね」
最後に労いの言葉を掛けてお終い。
喜助は止めていた作業を再開する。
「……失礼しました」
頭を下げて香織は退室しようとする。
「ん、誰かな?」
ノック音と同時に喜助が反応して入るよう伝える。
「失礼します」
入ってきたのは2人の男。
「陽里くん……満太さん……」
思いがけない人物の入室に香織は戸惑う。
何か事件でも起きたのかと不安になったが陽里の口からはその予想を上回った。
「木下一等陸士の報告は誤りであります」
「ほう」
喜助の目が光り口端は引き上がっていたのを満太は見たがこのやり取りに一体何が潜んでいるのかわからなかった彼は何も言えないでいた。
「ヘッジホッグ部隊において赤嶋少尉は火鼠を討滅しA区の防衛に貢献しました」
それは喜助も香織も知っている事であった。
「それが誤報告なのとどう関係があるんだい?」
喜助が問う。
「丸腹一等陸曹もいたのですが戦闘の硬直を打破したのは赤嶋副隊長です」
「それはあいつが勝手にやった事でしょ! あんなに通路がボロボロになるくらい激しい戦闘にしたんじゃない!」
香織は陽里の言うような目的で秋雄が無茶をして戦ったとは思えなかった。
「と、言っているけど?」
尚も喜助は問う。
「後は当事者である丸腹一等陸曹にお任せします」
香織のジト目を気にする事もなく陽里はそう言って一歩下がり、相対的に満太が前に出る事になった。
「では丸腹一等陸曹、木下一等陸士の報告に誤りがあったかどうか示してくれないかい?」
喜助は「先までの話を聞いていないだろうにねぇ」と言いたいところであったが今は茶々を入れるところではないので彼はその点に触れないで改めて訊いた。




