72.
秋雄と火鼠との対決は一瞬の出来事だった。
ただ単純に秋雄が火鼠を殴っただけである。
俊敏な動きをするあの火鼠でさえ避けれなかった高速の一撃である。
火鼠からすれば当たりどころが致命的であった。
「ゴホッゴホッ」
満太は咳が止まらないでいた。
秋雄が高速に動けた理由、それは爆発と同じ理屈である。
デュランダルの機体の背部で方向性を持った爆発を起こして加速し、さらに火鼠を殴る時に腕に爆発を起こしてさらに加速。
火鼠の頭部に秋雄の亜音速の拳がぶつかった事で火鼠は脳震盪を起こしたのだ。
それだけならば火鼠はすぐに意識を取り戻して体勢を整える事は出来ただろう。
だが秋雄はその一撃だけにとどまらなかった。
前方へと殴り飛ばした秋雄は着地と同時に足裏で3度目の爆発を起こして火鼠を追う。
同様の理屈で火鼠をアッパーで天井に打ち付けたのだ。
火鼠からしたら都合3回の衝撃で完全に意識を失った。
また、4回も爆発を起こしたせいで秋雄の背後は砂煙が舞っている。
「だが頭に脳があるとは限らんな」
秋雄は天井に食い込んだ火鼠を引きずり落として足で踏み潰す。
『対象の生命反応がロストしました』
MCASSも火鼠を討滅した事を確認した事で戦いは幕を引いた。
そもそも秋雄はA師団の同年代の中でもトップレベルに位置する阿羅機士である。
特性が暴かれた状態のランクCの魔獣がいかに相性が悪くとも秋雄に勝てる見込みはほぼないのだ。
秋雄にとって当然の結果であり、先程の失態は唾棄すべきものだった。
「暑いです……」
未だ咳が止まず喉が枯れかけた声で満太が言う。
砂煙が巻き上がっただけではない。
全力ではないもののデュランダルの超火力の極一部は素の人間には耐えられない灼熱地獄である。
アイギスを装着しているからこそ暑さが緩和されており、暑がりの満太でさえ暑いで済んでいる。
尤も、対毒ガス用の装備をしていなかった満太だからこそ粉塵を吸い込んでしまい咳き込んでいるのだが。
「うるせーぞクソデブ!」
用は済んだとばかりに満太とすれ違って元来た道を戻り始めるが、秋雄は一瞬立ち止まって
「……助けてくれた事には感謝する」
ギリギリ聞き取れる小さな声でぼそっと秋雄は呟いて歩き始める。
数分後、陽里と香織、信次が現場に到着して事態が終わっている事に心の中で嘆く者が1名、満太の阿羅機姿を見て驚くものが2名、咳が止まらない者が1名いた。
その翌朝。
秋雄が入院した事を知ったのは一同が集まってからの事だった。
あの後も秋雄は平然としていただけにこの報せは寝耳に水であった。
「火鼠の突進を受ければ仕方ないのだろう」
信次が冷静に分析する。
腹部の大火傷である。
あの時戦闘続行出来たのは単に秋雄のプライドが許さなかったのとアドレナリンが出ていたからだろう。
「明日には戻ってこれるそうです」
と、満太。
現代の医療技術をもってしても1日掛かる程の怪我だったのだ。
「……」
陽里は相変わらず本を読んでいて話題に参加しない。
部屋には陽里が時々ページを捲る音しか聞こえない。
「いいですよ、あんな人来なくて」
誰にも聞こえない声でそう呟くのは香織だった。
香織が今朝から憤慨するのは理由がある。
昨日の件をまだ引きずっているのだ。
(いくらなんでもあれはやり過ぎよ。隊長代理として最低過ぎる)
そう思案して香織は決心する。
「ちょっと行ってきます」
ガタッと立ち上がって香織は部屋を出る。
どこへ行くのかと満太が訊くがちょっとと言う言葉で濁した香織にさらに訊くような無神経さは彼は持っていなかった。
「どこへ行ったと思う?」
信次は陽里に問う。
陽里は顔を上げて信次を見て向かった場所がわかっているのだと察した。
先まで会話こそ聞いていたものの内容はほとんど流していたので改めて思考する。
「訊くと言う事はボクに行けと言っているんですか?」
そう陽里が訊けば、信次はふっと笑って話は終わりとばかりにデスクのパソコンに向き直った。
その様子を見ていた満太は頭にクエスチョンマークを浮かべる。
「丸腹一等陸士、少しお時間よろしいでしょうか」
陽里からすれば何故このような面倒臭い事この上ない事をしなければならないのかと不満だったが、上官である信次が何もしないと暗示し、満太はわかっていないようであるから結局自分がやるしかないのだとそう自分に言い聞かせて陽里は立ち上がる。
「え、なんです?」
陽里の思うところはまだまだ尽きないが彼はそれを全て飲み込んで満太に言う。
「師団長室までご一緒にお願いします」
香織のは、師団長に会いに行ったのだ。
ポ○モンで言うでんきタイプがじめんタイプに勝つようなものです。
ただ相手のタイプを考えてなかっただけで決して秋雄が弱い訳じゃありません……たぶん。




