70.Guardian
「クソ、虫1匹すらいねぇ」
秋雄は苛立ちを隠す事もなく壁を殴って唾を吐く。
本来の隊長である喜助にも性急に成果を挙げる必要はないとは言われたものの1ヶ月弱もただ歩いていたと言うのは外聞が悪いし何よりも自身のプライドがその事に許せなかった。
昨日の魔獣がA区に久々に現れた時はすぐにでも駆けつけようと考えたが、間に合わないのは確実で成果を出す機会にはならなかった。
だがそれは同時にチャンスでもあると秋雄はすぐに理解する。
昨日の魔獣の出現はヘッジホッグ部隊が目的とする魔獣を召喚ないし生み出す魔獣――増殖魔獣種の存在を思わせるものだ。
冥界犬が魔性犬や双頭犬を召喚したのは記憶に新しい。
(何としてもでも討滅する)
それが秋雄にとって現在の至上命題であった。
だが地下街は広大で討滅の対象であろう魔獣はネズミの形をした何かだと考えられる。
そう簡単には見つからず昼を過ぎ、夕方と言える時間に迫ってきた。
結局今日も見つからずに情けなく帰るのか、と屈辱とも言える苛立ちを抱えて集合の通信を入れようとしたところで秋雄は何かを感じ取った。
「誰だ!!」
秋雄の怒声が響くだけで何も聞こえない。
強いて言えば仄かに暑い風の流れが聞こえる程度。
(暑い?)
秋雄はその事に疑問を持つ。
現在は夕方手前。
(外が暑いのはわかる。だが……)
地下に流れ込む風にしては暑すぎる事を理解した瞬間、目でギリギリ追える赤い弾丸が秋雄の横腹を掠め損なう。
避けれたのは日々の訓練のおかげであった。
阿羅機士は不意打ちに弱い。
それはMCASSと言う五感とは別の感覚を持っているためだ。
普通、MCASSがあるならば良い事だと思うだろう。
だが秋雄は違う。
(こんなMCASSが使えない状況だと死ぬんだよ)
故に秋雄はMCASSをある程度まで頼らない戦闘法を確立している。
秋雄は今しがた跳んできた赤い何かを見る。
「見つけた!!!!」
歓喜――狂喜とも言える叫び声をあげてすぐさまに阿羅機を起動する。
「起きろぉデュランダル!」
亜空機から大量の光る粒子が飛び交い、秋雄を包む。
そして現れたのは灼熱の赤にタールのように真っ黒なラインが入った機体だった。
『火鼠――ランクCです』
「ちっ、雑魚が」
目の前の魔獣――火鼠を一瞥して溜息をつく。
その火鼠はその名の通り全身を炎で纏い、一見すると今すぐにでも焼け死にそうな姿だった。
だが苦しそうな様子はなく、それがあるべき姿なのだと思い知らせる。
(不意打ちを掛けるだけの気配を消す能力か。報告通り厄介なもんだ)
秋雄が対処法を考えている内に拳2つサイズの火鼠が攻撃を仕掛ける。
ジグザグに動くそれは秋雄でさえ目で追うのがやっとだ。
だが、MCASSを使えばどうとでもないものだった。
「炎剣」
その呟きと共に右手に大剣が出現する。
『イグニッション』
瞬間、大剣が炎に包まれる。
「炎に火はどうなるか知らねえが俺様の炎の敵じゃねええ!!」
火鼠が跳びかかると同時に瞬時にその機動を予測した秋雄は完璧に機動を合わせて剣を振る。
弱点以外でMCASSを使う。
これが秋雄の戦い方だった。
しかし真っ二つにするはずだった炎剣は空振りに終わる。
「何……!?」
歯応えがなかった瞬間にその大剣を引き戻そうとするも火鼠の動きはそれを上回る。
「ぐぁあああああ!!!」
大きさに見合わない強烈な突進はデュランダルの機体を変形させるに至った。
だがそれだけではない。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
火鼠はデュランダルに掴まったまま秋雄と共に倒れる。
火鼠の火がデュランダルを融かし始めたのだ。
想像を絶する熱さに秋雄は叫びを上げる。
装甲が薄くも厚くもないために融かしきるのは時間の問題だった。
「離……せ……クソがあああああ!!!!」
一箇所火傷しているだけだと言うのに全身に激痛が走る感覚に襲われるも秋雄は意地とも呼べる力で火鼠を引き剥がす。
すぐに体勢を立て直そうと秋雄はするも火鼠の方が僅かに早かった。
今度の火鼠の突撃はフェイントも一切なしの全力突進だった。
防御不可、回避不可能の状態を秋雄は本能的に察する。
続いてMCASSが直撃した場合の死亡率を秋雄に提示する。
100%
それがMCASSの出した結論だった。
自他共に己の死を認めてしまった秋雄は目を瞑る。
――そんな選択肢は彼にはない。
防御不能、回避不能な事態でも諦めない。
そうした彼の心が届いたのだろうか。
「うぉぉぉぉぉおおおおおお!!!」
腹の底から張り上げられた声が狭い地下街の通路に響く。
秋雄の目の前には大きな阿羅機の背があった。
「だいじょうぶですか……です?」
西洋で伝えられるサラマンダーと中国の幻獣及び竹取物語で有名な火鼠は同一視されているようです。
よって今回の火鼠はネズミの姿であってサンショウウオではありません。




