69.
それは昨日の出来事だった。
『A-23区に魔獣を確認しました。今後の連絡にご注意ください』
いつも通りに秋雄率いるヘッジホッグ部隊が探索していた頃、オペレーターからの通信が入ったのだ。
ここしばらく魔獣の出現は報告されていなかったのだがついに現れた。
陽里は今すぐにでも駆けつけたかったが流石に任務中であり自重した。
結局大した魔獣でもなく速やかに討滅されたが誰しもがここである可能性が過ぎった。
ヘッジホッグ部隊の目的、それは気配を消しては子分を作り出す魔獣の捜索とその討滅である。
後に増殖魔獣種と呼ばれる魔獣の存在を示唆するのに十分な報告だったのだ。
もう夜も近く帰投中であった事もあって探索は明日と言う事になった。
そして今日。
満太が床を拭き終えて香織に今度新品のタオルを渡すと言って礼と謝罪をしたところで今日の任務が始まった。
「A-23区……旧茅ヶ崎と言えば沿岸部だな」
地下鉄にて移動中、信次が呟く。
「何か海からの侵入出来るルートがあるのでしょうか」
軍事機密でもあって海の防衛網についてはあまり知識のない陽里は考えても無駄だと思い、己の思考をその事に働かせるのをやめた。
「私にもわからない。ただネズミや虫と言った動物くらいなら持ち運びは可能だろう」
信次は敵国ヴェスティール神和国の人間がここ第参都市に紛れ込んでいる可能性を示唆した。
「でもそうだとすると外見でわかるんじゃないんですか?」
香織が疑問に思う。
「何も純神和国の人間である必要はない。適当に拉致して洗脳した後に送り返せばいいだけの話だ」
信次は連合国の人間が裏で神和国につながっているのではないか、と予想する。
黒髪黒目が多い日本領において西洋顔は目立つもので潜む事は困難だろう。
「だけどそうだとすると渡航ルートは……」
「結城の言う通りそれがわからない」
陽里の呟きに信次が同意する。
彼らはこれ以上何も言わずに目的駅への到着のアナウンスが入る。
「あちーなクソが」
外に出るなり悪態をつく秋雄。
夏真っ盛りの季節に朝とは言え外に出るのは辛いものがあった。
「死んじゃうです……」
いつも持ち歩いているハンカチは吐瀉物を拭くのに使ってしまい現在持ち合わせておらず、腕で溢れ出る汗を拭う。
「また地下街しかないですね」
この状況で地上探索の続行は難しかった。
「この区はほとんどが住宅街だ。地上は人の目がある。探すなら地下だ」
珍しく意見に従うような具合で今後の行動を決めた秋雄に陽里を除く全員が大なり小なり驚いた。
「何してる、とっとと行くぞグズ共」
早歩きで、あるいは暑さから逃げるようにして秋雄は階段を降りていく。
陽里もそれに付いて行き、残す3人は僅かの間、目を合わせて2人の後を追った。
地下に潜れば日が当たらないだけ暑さが和らぎ、時々どこかの通気口から流れ込む暑い空気が生ぬるく感じる程度で活動に支障がない程度になった。
「報告にあった範囲を集中して全員で分かれて捜索する。見つけたら即討滅しろ」
いつもとほぼ変わらない事を告げて秋雄はすたすたと歩き始める。
「ほんっといい加減で自分勝手……。報告にあった魔獣ってどこで見つかったんですか?」
秋雄がいなくなったところで文句を言った香織は信次に尋ねる。
「魔性鼠がここの真上で見つかったらしい」
信次は上に指を指して、もう片方の手で空間画面を操作する。
「数もそこまで多くはなかったがネズミとなるとな」
信次は顔をしかめる。
理由は簡単である。敵の大きさだ。
ネズミと言えば狭いところを縦横無尽に走り回る。
それが地下街となれば通気口を使って3次元的に移動出来る事となろう。
そうなれば地上への出現場所がわかったところで無意味に等しいと言えるだろう。
信次や他3人もその事がわかっているため、目的の増殖魔獣種の発見は1日や2日でどうにかなるものでないと想像がついた。
「でも探すしかないです」
満太が当然の事を言ったところで4人も各々の勘を頼りに地下街を歩き始める。
そこから30m下の通気口で1体の魔獣が息を潜めて動き出したのをヘッジホッグ部隊が知る由もない。
その跡は赤熱して歪んだ通気口だった。




