58.and Father
ドアを開けると呼吸の荒い男が立ちはだかっていた。
「はぁはぁはぁ……」
汗でワイシャツが透ける程で白髪が混じった黒髪の間から目に狂気が光っていた。
「香織香織香織香織香織香織香織香織香織香織香織カオリカオリカオリカオリカオリカオリカオリカオリ!!!!」
その男は香織に跳びつこうとする。
「きゃあ!!」
香織はするりと陽里の背に隠れた結果、見るからにやばそうな男が陽里の目に映る。
陽里は男のネクタイを掴んで男の軌道を逸らす。
男が慌てて体勢を立て直すために着いた足を陽里は払って床に押さえつける。
さらにネクタイを引っ張って首を絞める。
「ぐ、ぐるじいい!」
男は床を叩いて降参する。
と言う一連の流れがあって香織はその男の正体に気付く。
「もしかしてお父さん?」
警戒して陽里の後ろに隠れてながら男に尋ねる。
香織が陽里のワイシャツを掴んでいる様子を香織の母は見ているが微笑むだけで何も言わないでいる。
さらに言うとその男の正体もとっくに気付いていた。
(ただいきなり汗塗れの中年が抱きついちゃいけないわよね)
自業自得と言わんばかりであった。
「香織ぃ……」
陽里はネクタイを放して一歩下がる。
ちなみに依然として香織は陽里のシャツを放さないでいる。
「お父さん!!」
起き上がった男の顔を見た香織は確信する。
「香織……」
満身創痍の状態の香織の父が両腕を広げる。
「ごめん、無理」
だが香織は断る。
「な、何故だ……!」
白目を剥いて開いた口が塞がらないでいる。
「だって――」
香織は陽里の背に隠れて告げる。
「汗臭いんだもん!!」
「ガーン」
ショックの擬態語を口に出して香織の父は床に手がつく。
「まぁまぁお父さん、香織はもう戻らなくちゃいけないんだからそんな事してないの」
ここに来て香織の母が加わる。
「そ、そうだったのか!」
ガバッと起き上がる。
「香織、元気だったか? 父さん、母さんから聞いて会社早退して急いで帰ってきたんだ」
そう言いながら両足を肩幅まで開いて腕を組んで目を瞑って大げさに頷く。
「それは、ありがとう」
父の勢いに押された香織は困惑する。
「ところで香織はどこだ?」
目を開けた香織の父はキョロキョロと探す。
「陽里君の後ろよ」
香織の母が言う。
「ヨウ・リクンとはなんだ? また何かダイエットグッズでも買ったのか?」
靴箱を覗き始めた香織の父は何か謎の商品名を言う。
「違うわよ。人名よ」
ヨウ・リクンも人の名前ではないかと陽里は思うが目が合ってしまった。
「母さん、ヨウ・リクンとはこの人の事か?」
香織の父は身長は陽里より高く、陽里の頭を指差して香織の母に尋ねる。
「そうよ」
名前を直してくれと言いたい陽里だった。
「そうか、気付かなくてすまない。いかんせん娘と妻しか目に映らないものでな。はははは」
「お父さん、それじゃお仕事出来ませんよ」
と、香織の母が即座にツッコミを入れる。
「それもそうか。これは1本取られたな」
頭を叩いて再び笑う。
「して、我が娘よ。顔を見せておくれ」
香織の父は陽里の背後に回って香織を見て笑顔になった途端、すぐに鬼の形相となって香織を引き寄せて陽里から引き離す。
「ちょ、お父さん何す――
「貴様ぁぁぁ!!!!! さっきはよくもしれくてなぁ! いや、そんな事はどうでもいい。 うちの娘とどう言った関係だぁ!!! まさか手を出してないだろうな!?」
香織の文句を他所に香織の父は陽里の胸ぐらを掴んで顔を唾が掛かる程近づけて怒鳴りつける。
「ヨウ・リクンだかヨーヨーだか歴史的チェリストだかなんだか知らんが俺の香織に手を出すとはいい度胸だ。腸引きずり出してみじん切りにしてやろうか!?」
この場で香織の父を戦闘不能にする事も可能な陽里であるが、そうしてしまえばさらにややこしい事態になるのは火を見るよりも明らかな話だ。
「それとも貴様の頭蓋骨を叩き割って脳みそをミキサーでかき混ぜてやろうか!?」
ちなみに香織の父の会社は外食産業系企業である。
「なんでお父さんあんなに怒ってるの?」
父の強烈な汗臭さに全身が拒絶反応を引き起こした香織は急いで母の元へ逃げていた。
「さぁねぇ」
(そりゃ娘が知らない男の背にくっついていれば……ねぇ)
香織の母はそれを娘に教える事もないだろうと思って知らない振りをする。
「は! まさか手を出すだけじゃ飽き足らずまさかまさか……!」
何を想像したのか陽里を掴む力が強くなる。
「俺ですら最後に香織と風呂に入ってから10年なんだぞ!! 左の太ももにホクロがあるのだってまだ憶えてるのだぞ!! 殺す殺す殺すころぉぉす!!!」
「ちょ、何言ってんのお父さん!!」
「げふっ!!」
突然の暴露に香織が顔を真っ赤にして父を殴り倒す。
「ふふふ」
香織の母は必要最低限にこの騒動に関わるだけで微笑むだけであった。
(なんなんだ……)
陽里は呆れ果てて考える事をやめたのだった。
新年早々朝からこんな変態パパを出してすいません(笑




