55.
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A-15区――旧鎌倉にて調査任務を開始したヘッジホッグ部隊が3手に分かれてから30分程経った。
未だ太陽は多くの人々を暑さで苦しませていた。
「また路地裏?」
暑さに苦しむ1人である香織が悲愴感を全面に出して嘆く。
「大通りにいる訳がないよ」
香織とペアを組む事になった陽里は香織の不満に聞く耳を持たずに路地裏へと入っていく。
陽里についていかない訳にはいかないので香織も路地裏へと入っていく。
「うぅ……」
横から、時には下からも吹き付ける室外機の温風に香織は顔をしかめる。
「よく平気だよね」
汗1つもかかない陽里に香織は尋ねる。
「過度な発汗は体温の冷却効果として効率が悪い。汗は体温を下げるための手段だけどミネラルを失う。特にナトリウムの流出が多く欠乏すれば疲労感や頭痛、最悪昏睡する。そして何より水分が失われる。これも倦怠感を起こす」
「で、でもそれじゃ暑いに変わりはないでしょ?」
陽里の突然の語り出しに少し驚いた香織だが陽里の言っている事はわかる。
「つまり必要最小限の汗をかいているだけ」
「すごいね……」
陽里の謎のすごさに思わず引いてしまう香織だった。
「って地味に満太さんの事ディスってない?」
「丸腹一等陸曹は多汗症なんだと思う。自律神経の失調だろうね」
「大丈夫なの?」
病気である事に心配になって香織は尋ねる。
「さぁね。何もしてなければそこまでじゃないし」
陽里達は路地裏を抜けて表通りに出る。
「表も表で暑いね……」
香織は水筒を取り出す。
「潜入任務とか行う部隊では汗を止める訓練があるらしい」
「え? どうして?」
「魔性犬に限らず鼻の効く奴らにバレる可能性があるからだと思う」
「あぁ」
香織は納得する。
「結城君って博識だね」
水筒を仕舞って2人は歩き出す。
「以前のルームメイトにも似たような事言われた」
「あ……ごめん……」
死んだ友を思い出させるような失言をした事をすぐに謝る。
「別に。あの時は知っている事がある時役に立つ事があるかもって言ったな」
あの夜が新との最後の夜だったと陽里は思い出す。
「そうだね……」
申し訳ない気持ちが大きくて香織は陽里の顔を見れないでいた。
そうした状況でさらに歩く事十数分、2人はマンションが建ち並ぶ住宅街へと来ていた。
「静かなところだな」
陽里は感想を漏らす。
人の声やセミが鳴き声はあるのだが騒がしい程ではない。
「ここら辺は静かさを意識した区分だから」
香織はキョロキョロと見渡して言う。
「知っている場所?」
香織が好奇心で見ていると言うよりどこか懐かしむようにしている様子だと思った陽里は尋ねる。
「……うん。軍に入る前に住んでたところ」
香織は生まれた時から学校を卒業するまで生きたこの地を触れるかのように眺める。
(たった1年と少しじゃ変わらないか)
何もかも見覚えのあるままだった。
昨年の春には10年後、故郷がどう変わってしまっているのか不安と興味があった。
近所のおばさんは引っ越してしまっていないか、行きつけのレストランは潰れてしまっていないか、幼い頃に遊んだ公園は残っているか。
そして家族は元気にしているか。
メールのやり取りがあるから何かあればすぐにわかるため気にする必要はないがそれでも気にしてしまう。
子供の時はここが世界の全てだった。
卒業前でも旅行を以外で遠くに行く機会はあまりなかった。
そうした懐かしさに触れて香織は思わず涙が出そうだった。
「そう言う事か」
陽里は何か納得したように呟く。
「え?」
思い出に浸っていた香織は現実へと引き戻される。
「家族に顔出しする?」
陽里は香織に提案する。
それは香織にとってこれ以上なく魅力的なものだった。
(でも……)
香織は口を開きかけて思い止まる。
香織にとって陽里の提案は禁断の果実に手を掛けるようなものだ。
会いたいと言ってしまえば今まで耐えてきたものが崩れてしまいそうな予感がした。
1度でも陽里の言葉に甘えてしまえば2度と耐えられないと思ってしまった。
たった1年しか耐えていないのだ。
今家族に会って残り9年間を耐えられる気など到底出来ない。
だから香織は林檎を手に取る事が出来なかった。
「やめとく……。寄り道するなって言われたし」
香織は秋雄に釘を刺された事を持ち出す。
「本当に?」
香織の苦痛を浮かべる様子を見て陽里はそれが本音でない事はすぐにわかった。
「……」
そう言われて頷けないでいた香織だった。
「新の遺品を片付けてる時に家族写真が出て来たんだ」
新が戦死してから彼の荷物を家族に渡すべく陽里は整理していた中、新と彼の妹に彼の両親の4人が写った卒業式に撮ったであろう写真を見つけたのだ。
彼らの両親は笑っていたが兄妹は不機嫌な顔だった。
それはそうだろう。兄の送り出しである。
今生の別れになるかもしれないのだ。
そしてそれが現に今生の別れだった。
「変なプライドより選ぶものがあるとボクは思う」
そうした話を踏まえて陽里は香織に確認する。
もしこれで香織が首を横に振るならこの話は2度としないと決めて……。
「わたしは……」
A師団に入ってから数週間は家族に会いたい気持ちで一杯だった。
それで教官に何度も怒られた。
ルームメイトから隠れて1人で泣いた夜だってある。
いつしか泣かなくなった自分はそれが成長だと思った。
自分は大人になったんだ。
そう信じていた。
だが気付いたらそれが無理をし続けているだけなのだと理解した自分がいた。
だからと言ってどうにかなるようなものでもない。
それからはただ闇雲に訓練に励んだ。
それに対して結果も出た。
(わたしは何を悩んでいたんだろう)
いつの間にか涙が出ていた。
今日の今日まで堪えていた涙が彼女の双瞳から溢れる。
無理をしただけだった。
無理をしたから今の場所にいるだけだった。
(会いたい気持ちを押し殺しただけ。軍を出て幸せになるためじゃなかった……!)
「わたしは家族に会いたい!」
香織が顔を上げて涙を手で拭って本当の気持ちを言葉にした。
お知らせ
12月30日から翌年1月3日までの5日間、休載させていただきます。
誠に勝手ではありますがご了承ください。
と、言うより更新しても誰も見てもらえないと思うのが本音(マテ




