52.
秋雄は10分で出撃の準備をしろと言ったが阿羅機士にとって装備は少ない。
戦闘服で街中を歩く訳にもいかず、真夏の外を歩くためにブレザーを着る事もないためズボンとワイシャツと言うとても単純な服装だ。尤もアンダーシャツは動きやすいものを着ているが。
持ち歩く物も阿羅機を格納する亜空機くらいである。
後は通信端末などの普段から使う物だ。
2分以内には全員がいつでも出られる状態であった。
「ねぇ結城君」
最も早く準備を終えた――そもそも事前に準備が終わっており動いていない――陽里は依然として本を読んでいた。
「何?」
目では字を追いながら香織の呼びかけに応じる。
「さっきはありがと」
「何が?」
「何がって助けてくれたでしょ、さっき」
秋雄に突き飛ばされて尻餅をついたところで陽里が弁護し始めたのだ。
事態が広がって陽里自身にも火の粉が飛ぶのだろうと思っての行動だったのかもしれないが、きっかけは自分にあると香織は思っていた。
「別に。早く出撃したかっただけだよ」
そもそも陽里は秋雄について何も思っていないようだ。
香織はそんな陽里を思わず感心してしまう。
「でもわたしや満太さんからしたら助けて貰ったものだから。ありがと」
「木下や丸腹陸曹が感謝する事でもないよ」
ページをめくって次の文を読んでいく。
「いいの! 少なくともわたしは結城君に感謝してるんだから受け取ってよ」
「そう」
陽里は感謝を受け取るつもりもないため「どういたしまして」言うつもりはない。
「それにわたしの事は名前で呼んで欲しいな」
「名前?」
陽里は彼女の名前がなんだったか思い出そうとする。
「木下とかありきたりでしょ? だから香織」
「それもありき――
「そう言う事言わない」
有無を言わせない勢いでもって陽里の言葉を潰す香織だった。
「機会があったら」
そう言って陽里は話を切り上げたのだった。
「佐畑一等陸曹もありがとうございました」
香織は続いて信次にも礼を言う。
「私は何もしてない。寧ろそこでずっと本を読んでいる奴に巻き込まれただけだ」
「それでもありがとうございました」
「勝手にしてくれ」
それでも頭を下げる香織の勢いに苦笑した信次は席を立って逃げた。
「香織さんが言う必要はないです。オイの問題です」
満太は困った顔で香織言う。
「いえ、満太さんは悪くないですよ。悪いのは――」
そこまで言って香織は言葉を濁す。
誰が悪かと言うのは良くない事だと思ったからだ。
まして5人ないし6人の少人数部隊だ。
部隊の不和が間違いなく悪い事態へと引き込む事は17年の彼女の人生で嫌と言う程に味わっている。
それは女子ならばほぼ全員が経験した事だろう。
「おい、準備は出来ただろうな」
秋雄が開いた扉に寄りかかって4人に声を掛ける。
「「……」」
彼らは無言であったが四者四様の動きがあった。
陽里は本を閉じて立ち上がり、信次は眼鏡を中指でくいっと持ち上げ、満太は秋雄から目を逸らすも頷き、そして香織は秋雄を睨みつける。
「行くぞ」
秋雄は彼らの動きを肯定と受け取り歩き出す。
そこにいくつかの思惑があったが準備が出来ている事に変わりはなく4人も秋雄についていく。
「そ、そう言えばどこに行くんです?」
満太が怯えながらも秋雄に尋ねる。
「A-15区だ」
「旧鎌倉ですか……」
秋雄の答えに対して反応を示したのは香織だ。
「どうかしたんです?」
気分を落としている香織に満太が尋ねる。
「わたしの出身地なんです」
「言っとくが寄り道する暇はないからな」
秋雄が釘を刺す。
特別な理由がない限り徴集兵は実家に帰る事は出来ない。
兵役の期間は10年にも渡る。
すなわち家族と10年以上会えないのだ。
だが極稀にではあるが調査などの比較的穏やかな任務で実家へ顔を出す事が出来る者もいる。
尤も、徴集兵が調査任務などする事はほとんどなく、訓練と迎撃任務がほとんどであるためそのような事は徴集兵にとって期待するだけ無駄なのだ。
従ってこれは香織にとって千載一遇の機会なのだ。
「ですけど……!!」
家族に会いたいなど口が裂けても言えない。言ってしまえば心が壊れてしまいそうだから。
香織は俯いて歯を食いしばる。
ここはA師団――牢獄であり、成功者への登竜門だ。
10年耐えた先にあるのは幸せだ。
そう信じて香織は今日の今日までここに立っている。
人一倍努力してこの特殊部隊に入った。
それが香織自身の本意や本望なのかと訊かれれば答えかねるが間違いなくより幸福な未来が待ち受けているだろうと確信出来る。
ここまで来て挫折する訳にもいかない。
改めて覚悟を決めた香織は俯いた顔を上げる。
「了解であります!」
秋雄に敬礼して不満がないと示す。
もちろん他の4人からすれば見え見えの事ではあるが誰も問う事はない。
「わかったならとっとと行くぞ」
ヘッジホッグ部隊の初めての任務が始まる。




