51.
「なんだ今度は」
陽里の突然の横槍に対して明らかに秋雄の怒りが陽里に向いた。
「確かに副隊長は自分より遅れたらと言いましたが少し抽象的ではないですか?」
「……何が言いたい」
秋雄は陽里にいつでも殴れる距離まで近付いて見下ろす。
「そこに時間指定がないんです。副隊長がもしこの部屋に来る前にトイレなどに寄っていれば丸腹一等陸曹は間に合ったものと思います」
「それがどうした」
「つまりボク達からしたら副隊長がいつここに来るかわからないため集合時間がわかりません」
陽里は秋雄の怒気を露にも感じないかのように言う。
「隊長代理の俺様がルールだ。いつだろうと関係ねぇ。てめぇらが俺様に合わせるだけだ」
その言葉を聞いた香織はあまりの理不尽さに呆れてしまった。
「では」
陽里は一拍置く。
「そもそも明日とはいつだったんでしょうか」
「は?」
陽里の意味を取れない言葉に訝し気になる秋雄。
「副隊長は昨日『明日から任務だ。部隊に部屋が与えられたからそこに来い。俺様より遅』く来るな、と言いました。明日からとはいつでしょうか」
秋雄のセリフの後ろの方を敢えて濁した陽里である。
「そりゃ今だろうが。舐めてんのか?」
「確かにそうでしょうがもしかしたら午前零時かもしれません。逆に23時59分から任務だったのかもしれません」
「んなもん常識的に考えて――
「常識的に考える要素があるから抽象的なんです。時間が具体的でしたら丸腹一等陸曹も遅れる事はなかったのではと愚考します。どうでしょう?」
「だがてめぇら3人は間に合ってるだろうが!!」
陽里の言葉に言い包められかけた秋雄は声を荒げて反論する。
「あそこでまだ尻餅をついてる彼女はどうか知りませんがボクは間に合おうと間に合わなかろうと関係ありませんでした」
陽里に言われて気付いた香織はすぐに立ち上がった。
「は?」
秋雄は何言ってんだこいつと言った具合で陽里を睨む。
「ですがそこにいる佐畑一等陸曹は昨夜からいたそうです」
陽里は香織が来てから未だ言葉を発しない信次を見る。
「何をバカな事を」
そう言って秋雄も信次を見る。
「確かに私は今日の零時からここにいた」
黒縁眼鏡を拭いていた信次は答える。
「……何をしていた?」
秋雄が訝しげに信次を睨む。
「昨日、あのミーティングの後、鍵を取りに来たのを忘れたのか? この部屋の整理だ」
陽里が信次から聞くに顔合わせ後に信次が秋雄を追い掛けてこの部屋の鍵を借りてから夜に整理をしていたようだ。
元はただの物置部屋だったらしく時間が掛かったらしい。
陽里が声を掛けてくれれば手伝ったと社交辞令的な事を言ったところ信次は自分にとって快適な部屋にしたいと言ってどの道断っただろうと言った。
「そう言う訳でもし今日の零時からだった場合間に合ったのは佐畑一等陸曹だけです。それに――」
「それになんだって言うんだ」
秋雄は言葉を続けない陽里を促す。
「それにあまりやり過ぎるとパワハラになりますよ」
陽里の言わんとしている事がわかった秋雄は手を震わせて怒りが爆発寸前になる。
陽里はこう言ったのだ。「隊長が変に思う」と。
さらに詰めて言えば学校で言う「先生に言いつける」である。
尤も事態はそんな気楽なものではなく一触即発の状態である。
「クソデブ、クソガキ共に感謝するんだな。言っとくが次はないからな。10分後に出撃だ」
そう言って秋雄は部屋を出る。
静寂が訪れる。
「ま、満太さん大丈夫ですか!?」
動き出したのは香織だ。
「大丈夫です」
呻き声ではあるものの目立った外傷はなかった。
「それよりもオイを庇ってくれてありがとうです」
満太は香織と陽里に頭を下げる。
その陽里はと言えば本を再び読み始めており満太の礼を意に介さない。
「いえ、いくらなんでも理不尽過ぎですよね」
香織は汗を拭くよう満太にタオルを渡す。
「オイも食べるのが遅かったのが悪かったです。そうでなければこんな事には……」
満太は気を落として俯く。
「もう終わった事だし出撃の準備をしましょうよ!」
「そうでしたです。準備しましょうです」
香織は手を叩いて湿った空気を払うのだった。
陽里が言っているのは頓智でもなんでもなく屁理屈染みた言葉に過ぎません。
尤も、彼には彼なりの目的があるようですが……?




