45.
普段の訓練場ではあり得ないだろう歓声が響く中心で陽里とエリザベスは立っていた。
「まさか狙ってワタシの血薔をあのタイミングで壊したのか?」
陽里はただ血薔を雷刃で弾いていただけでなかった。
「流石に雷環を使う予定はありませんでした」
陽里にダメージが及ぶ攻撃を自動的に、または任意のタイミングで防ぐための武装である雷環がエリザベスの血薔への最後の一撃になると陽里が思わなかったのは本当の事だった。
「ただエドベル教官が殺す気で突いてきたものですから」
もう少し威力を抑えるべく血薔が迫る速度が遅かったら割れなかっただろうと陽里は考える。
「殺す気でやらなければ貴様は倒れんだろうが」
事実エリザベスは本気でそう思っている。
「それに貴様の武装の1つである雷槍は壊れたとの報告があったが?」
前回の戦闘――つまり冥界犬との戦闘時に盾代わりに使った雷槍の柄が折れてしまったのだ。
「自分で直しました。柄だけならなんとかなると思ったので」
故障など問題が生じた場合、修理に出すべく届け出をする必要がある。
だが修理は非常に遅く、早くても1週間は掛かる。
壊れてから3日、エリザベスは雷槍が使えないと思っていたのだ。
だと言うのに自分で直す始末、エリザベスが頭を抱えるのも無理もない話だった。
「まったく……。つくづく狂った奴だな貴様は」
陽里は何も答えないが笑って誤魔化す。
「ふん、合格だ」
「ありがとうございます」
エリザベスはニヤッと笑って陽里は頭を下げる。
「おい、貴様ら! 静かになれ!!」
声を張り上げたエリザベスに周囲の歓声は一気に静まる。
「結城陽里一等陸士は今日をもってここを卒業する。それはこいつが十分に実力があるとワタシが見込んだからだ。文句があるなら出てこい。ワタシが相手をしよう」
当然誰も何も言わない。
「こいつが1ヶ月でと言うのはこいつが狂ってるからだが貴様らもこの夏までにはどこに出しても恥ずかしくないくらいに扱いてやるから覚悟しろ!」
「「イエスマム!!」」
ある意味死刑宣告に近い。
(この夏まで、か)
陽里はエリザベスが退役しようとしている事を知っている。
おそらく陽里以外にもその事を知っている人はいるだろうが、それはここのメンバーではないだろう。
「でだ。卒業証書授与なんてもんはない。なんだ? 欲しかったのか?」
ポーカーフェイスのままの陽里に尋ねるエリザベスであるが陽里がそんなものを欲しがる訳がないと知って訊いているのだ。
無論、陽里もそれがわかっているので何も言わない。
「だがまぁ代わりにこれをやろう」
そう言ってエリザベスが差し出した物は星が1つ刻まれた銅製のバッジだった。
「なんだ、気に入らないのか?」
それは七等星勲章だ。
ちなみにエリザベスの胸には五等星勲章が付いている。
「ありがとうございます」
陽里はそれを受け取ろうとするが――
「待て待て。こう言うのはワタシが付けるものだ」
そう言って陽里の軍服にバッジを付けるべく近付く。
エリザベスの赤髪が陽里の鼻を掠める。
(ローズヒップの匂い)
つい先程まで戦闘だったと言うのに汗臭さはなくそれはやはりあの戦闘は――
「なんだ、どうかしたか?」
陽里がその事に疑念を抱く直前にバッジを付け終えたエリザベスが顔を上げる。
「近いです」
陽里とエリザベスの顔の距離が数cmしかなかった。
「キスでもするか?」
「ご冗談を」
美人からの提案を一蹴する陽里であった。
「五十嵐新なら喜んで受けると思うんだがな」
顔を離したエリザベスは陽里の服に付いた埃を払って言う。
「一緒にしないでください」
陽里は心外だと言わんばかりに嫌悪感を露わにする。
「ふははは」
それに対してエリザベスは腹を抱えて笑うのだった。
一頻り笑ったところで落ち着いたエリザベスは陽里の顔を見て言う。
「卒業おめでとう。思う存分戦ってこい」
「はい」
陽里が答えるとエリザベスの額に青筋が立つ。
「はいじゃねえだろうがああ!!!」
「イエスマム!」
最後まで稀に忘れる陽里なのであった。
「彼はどうだったかね?」
その夜、師団長室で大量の書類を捌きながらA師団師団長鹿島喜助は報告に来たエリザベスに問いかける。
「残念ながら今日付けで卒業だ」
すでに喜助の秘書を追い払って部屋には2人だけのためエリザベスは気にした様子もなく言葉を崩す。
「ふふ。追放じゃないのは予定通りじゃないのかねぇ」
初めからエリザベスは陽里を卒業させるつもりでいた。
昨日陽里に告げる時に卒業と言ったのもそれを見越しての事だ。
「卒業試験には合格したからな」
「ははっ。本来そんなものはないのにねぇ」
卒業試験と言うものは特に規定されたものではない。
教官の独自判断で各部隊に配属されるのだ。
尤も教官の目に適うまでに成長する兵士は珍しく滅多にいないのだが。
「ワタシの隊だ。ワタシが決めるまでだ」
とは言っても喜助が文句を言う事でもないので横槍を入れる事もない。
「それじゃあ明日には顔合わせかな?」
「例の特殊部隊か?」
エリザベスの目が真剣になる。
「君も考え直しといてくれよ? 中尉殿」
喜助は書類に目を通したまま言うのだった。




