41.
新章開始です!
よろしくお願いします。
アブラゼミやミンミンゼミが鳴き疲れ、暑さも鳴りを潜め始めヒグラシがどこか遠くで起き上がる黄昏れ時、とある喫茶店のドアに取り付けられた鈴が鳴く。
「いらっしゃいませ」
唯一の店員にしてこの店の主は夕食時にしては早く、昼の休憩には遅いこの時間帯の来客を迎える。
「お久しぶりね。マスター」
その客の容姿は黒髪黒目の多いこの土地では異色の金髪を持つ少女。
加えて紫色の瞳がその異様性を際立たせていた。
手には少女が持つにはやや厳しい大きさのケース。
「お久しぶりですね、ルナリア様」
店主と呼ばれたその男は拭いていたカップを置いてルナリアを席に案内する。
「どうぞこちらへ」
店主はイスを引いてルナリアを座らせる。
「アイスココアを」
「畏まりました」
店は涼しいとは言えこの暑い季節に好き好んでホットドリンクを頼む訳もなく、店主は慣れた手つきでグラスに氷を並々入れ、一方のカップにココアパウダーと砂糖を加えて熱湯を少し加えて溶かす。
ドロドロのペースト状のものにミルクと少々の生クリームを、そしてとある粉をほんの僅かだけ加えてグラスに移してステアする。
最後にストローを挿して完成。
「お待たせ致しました」
ココア特有の甘い香りを放つ至高の一杯である。
「ありがとう」
少女の赤い口唇がストローに触れる。
その口を満たしたのは香りに負けない程の丁寧な甘さ。
主張し過ぎず、かと言って苦さを抑えるそれは砂糖が決して主役でも脇役でもない絶妙にしてアンバランスな存在である事を示す。
主役のココアはこれ以上ない程にその存在感を出している。
そしてこの二者がぶつからないよう調和の役目を果たすのがミルクと生クリームの滑らかさ。
「あら?」
だがもう1つ、そこに何かがいる。
「シナモン?」
ルナリアがその存在を呟く。
「ええ、気持ち少しだけ入れてみました」
ココアとは違うスパイシーな香り。
それは一見ココアの香りに反する攻撃的な香りだが互いを抑えるのではなく寧ろ競う事で両者を高め合っているような、ココアが一枚目ならばシナモンは六枚目のような物語をさらなる高みへと引き上げる存在だった。
「おいしい」
「ありがとうございます」
ルナリアの呟きにやや過剰にも見える礼を返す店主。
「少し時間いいかしら?」
ルナリアはグラスをテーブルに置いて店主に尋ねる。
「はい」
気付けば客はルナリアを除いて誰もいなかった。
この微妙な時間帯に来る客は少なく、ルナリアもこの時間を狙って来たのだろうと店主は理解していた。
店主はドアの札をひっくり返して『準備中』とした。
「メンテナンスと弾の補給を頼むわ」
ルナリアは背丈に合わないそのケースを開けて店主に見せる。
「前回から随分と期間が短かったと存じますが?」
店主はバラバラに分解されている銃のパーツ1つ1つをなぞるように触りながらルナリアに尋ねる。
「ええそうね。マスターも聞いたでしょ? 冥界犬の事」
今から2日前、A地区にて史上初めて第参都市にランクAの魔獣が現れた。
とある兵士が激闘とは言い難いが大きな被害を出すもこれを討滅。第参都市の危機は回避された。
「はい。なんでも討滅した兵士はつい最近異動で来たそうですよ」
「あら、彼の事知ってるの?」
ルナリアはアイスココアを飲もうとしたのを止めて店主に尋ねる。
「申し訳ありませんが情報料を頂戴しない限りお教えできませんよ? それにしても……“彼”……ですか」
店主はその兵士の性別についてすら言っていない。
ルナリアの一言は店主にその兵士と彼女に関係がある事を理解させるに十分過ぎた。
もちろんルナリアも店主の含みのある発言から店主に余計な情報を与えたのだとわかっている。
「今のを情報料でいいでしょ?」
「残念ながら先程のでチャラでございます」
どうやら店主はルナリアに自分が情報を与えたと気付かせた事で相殺したつもりのようだ。
「ケチ」
「情報を提供する身としては商品をタダでくれてやると言うのは少々おかしな事だと存じますので」
「そうね」
特に気にした様子もなくルナリアはアイスココアを飲む。
「ただ……。“彼”の近くにいるのは危険だと忠告させていただきましょう」
店主は最後のパーツを見ながら微笑んで言う。
「え?」
「ルナリア様は大切な常連様ですからね」
ルナリアの聞き返しを無視して店主は最後のパーツをケースに収めた。
「それにしても大分無茶に使ったようですね。所々ぶつかったか落としたかのような形跡がありますし銃身内も……」
店主は苦笑交じりで言葉を濁す。
「あたしも少し乱暴に使い過ぎたって反省してるわ」
飲み終わったルナリアは氷を口に含みながら言う。
「全く反省してる気がしないのですが……。とにかく3日お待ちください。火薬ももう少し良質な物を使うべきでしょう」
「商売上手な事ね。わかったわ、マスターの言う“良質な”弾薬を頼むわ」
「畏まりました」
恭しく頭を下げると店主はケースを閉めて店奥へと運ぶ。
(2日の間は丸々休みかしらね)
ゴリゴリと氷を食べながら今後の予定を朧げに考える。
「氷を食べるのは貧血やストレスの可能性がありますよ?」
奥から戻ってきた店主が告げる。
「そうかしらね」
平然と言い返したルナリアであるがその日、氷を食べないどころかグラスに触りもしなかった事を店主は知っている。
2章はほんの少しだけペースを上げて23時間毎の更新とさせていただきます。
ご了承ください。




