38.
「今日はここまでにしよう」
A師団師団長鹿島喜助の言葉によって会議が終わる。
皆疲れきってぞろぞろと会議室を出て行く中にエリザベスも含まれていた。
昼から始まった会議は長引きに長引いて日付が変わる頃合いであった。
ゾンビのようにふらふらしながらエリザベスはやっとの思いで自室に辿り着く。
(明かりをつける気にもならないな)
カーテンは閉まっていないため外からは月明かりと街の明かりが部屋を灯している。
エリザベスはソファーに座って仰向けになる。
「……」
静寂。
(耳鳴りがする)
彼女の耳鳴りは一向に収まる気配はなくそれどころか徐々に大きくなっていく。
いよいよ耐え切れなくなったエリザベスは棚から瓶を取り出す。
(いつもはビールやワインだが今日はこれだな)
取り出したのはウイスキー。
ロックグラスに氷も入れずにグラス半分程度注ぐ。
一口。
エリザベスの粘膜を焼く。
そっと一息つけば口からアルコールが飛び出すかのように熱くなる。
ただ無心でそれを繰り返す。
杯が乾けば注ぐ。
5回程注いだところでノック音がする。
「はい」
足取りがふらつくのは疲れているからか酔っているからか。
エリザベスがドアを開けると喜助がそこにいた。
「酒臭いねぇ。弔い酒かい?」
「男が女性宿舎に立ち入るのは良くないと思うが?」
酔ってはいるがだらしないところを見せるのも癪なエリザベスは平静を装って喜助を咎める。
「いやいや師団長ともなれば問題にはならないさ」
「夜這いか? セクハラで訴えるぞ」
エリザベスは非難する目で喜助を睨む。
「まぁまぁそう言わずに一緒に飲もうじゃないか」
そう言って片手につまみが入った袋を見せた喜助は半ば無理矢理に部屋へ押し入る。
「電気付けるぞぉ」
喜助がスイッチを付けて部屋を明るくしてつまみを取り出す。
「一体なんの用だ。明日も会議だろうが」
追い出す事を諦めたエリザベスは喜助にグラスを渡してソファーに座ってウイスキーを呷る。
「ありゃりゃ、随分と飲んでるねぇ」
喜助は床に座ってウイスキー瓶の減りようを見ては渡されたグラスに並々注ぐ。
「うるせ」
不貞腐れながら喜助の持ってきたつまみを食べる。
「トラウマでも呼び起こしたかい?」
一気にグラスの半量を飲んだ喜助はエリザベスに尋ねる。
「……」
これをエリザベスは黙秘する。
「あの時も今回も仕方なかったんだ」
どこを見ているとも言えない方向を見ながら喜助は続けて言う。
「もちろん君の過去は伝え聞いたものでしかない。実際はもっと複雑な話だったのだろう。だけど君の責任だけではないのも事実だ」
喜助は再度グラスの半分を飲んで杯を乾かす。
「あれはワタシの責任だ。今回だってもっと早くに気付いていれば誰も死にはしなかった」
エリザベスが下を俯いて体を震わす。
エリザベス・エドベル大尉。
若くして第壱都市軍にてとある小隊を率いていた頃の階級だった。
大尉と言う階級ならば大隊や中隊の長を任される程のものであるがその小隊は特別なものであった。
「具体的な事は機密情報だから知らないけど確か名前は――
「リンクス小隊――オオヤマネコ小隊だよ」
機動性に長けるべく少数精鋭にした突撃部隊。
「神和国からしてもその脅威的な侵攻速度は確かなものだったらしいね」
その日、エリザベスが率いたリンクス小隊は旧グレートブリテン島への侵攻作戦が任務だった。
第壱都市に近いそこは神和国の主要都市もあるために日夜激しい攻防が続いている。
それに終止符を打つべく派兵されたのだ。
熾烈を極めた作戦ではあったがリンクス小隊は驚く程までに神和国を追い詰めた。
「敵都市に攻め込む前夜だった」
森の中で野営していた時、それらは現れた。
「突然大きな地響きが何度も何度もした」
警戒したリンクス小隊はまもなくその姿を確認する。
大きさにして5mの人型の魔獣。
「半巨人か」
ランクBの魔獣。知能は低いが力が極悪なまでに高く、パワーにだけステータスを振ったような魔獣である。
「1体だけならば対応が可能だった。もっと早くに……」
初めは1体だけだったが次第に数を増やしていき遂には隊員数より多くなっていた。
「半巨人が現れる前に撤退していれば助かっただろうにな」
そう言ってエリザベスはウイスキーを呷る。
命からがら撤退した時には半数が死に、残りも重症だった。
神和国は狙っていたのだ。
誘き出したリンクス小隊を確実に殲滅する事を。
「そこからはひたすらに撤退戦だった」
昼も夜も関係なく魔獣に追い回される日々だった。
徐々に数を減らしていくリンクス小隊。
「大西洋に出た時にはワタシと虫の息が1人だったよ」
エリザベスは自嘲しながらウイスキーを注ぐ。
作戦は失敗。
エリザベスに対する処罰は1階級降格。
虫の息だった隊員は搬送途中で息を引き取ったとエリザベスが聞いたのは降格後の話だった。
「ワタシは臆病なんだ。部下が死んでからは戦地に出る事を恐れて教官であり続けた」
「そこで客員として呼んだんだねぇ」
自分が持ってきたつまみを齧りながら喜助は静かに言った。
「今回だってそうだ。ワタシが冥界犬の存在に気付いていれば。結城陽里には気配を隠す危険性について説いていたと言うのにな」
そう自虐的に嗤って2桁目であろう杯を乾かす。
「どうやっても気付かないさ。魔獣とは未知だ。未知に対して未知のまま対応出来る者なんていない。君のせいでも誰のせいでもないさ」
不測の事態に冷静に対応出来る者は限られている。
エリザベスからしたら冥界犬の討滅作戦は失敗なのだろうが喜助やA師団全体、引いては連合軍からしたら今回の作戦は成功なのだ。
「鹿島師団長」
突然役職付きで呼ばれた喜助は危うくグラスを落としそうになる。
酔っていると自覚しながらも喜助はエリザベスの目をしっかりと見る。
「――」
半ば予期していたのかもしれない。
そう喜助は思いながらエリザベスの話を聞くのだった。
この後滅茶苦茶何もなかった。
2017/06/03 微修正




