16.
陽里の目の前に双頭犬が立ちはだかる。
大型犬サイズである魔性犬をさらに2回り大きくした巨大で黒く、頭を2つ持った犬。
その4つの目は赤くこの世の生物とは思えない目で陽里を睨んでいた。
「ランクBね。ボスってところかな」
魔性犬がランクCであるのに対して双頭犬はランクがBだ。
誰が決めたのかは知らないが魔獣にも阿羅機士にもランクが付けられている。
魔獣のランクが1つ上がれば脅威度が跳ね上がる。
双頭犬の危険度は魔性犬よりとても高いと意味する。
陽里は雷槍を両手で握って低く構える。
魔性犬と同様跳び掛かるかと思いきや双頭犬は炎を吐き出して来た。
その勢いは民間用の火炎放射器をも上回るもので直線50m近くが一瞬で火の海と化した。
「魔法か。厄介だな」
陽里はこの火炎放射を飛び上がって避けて下の惨状を見ていた。
燃え続ける物もなく火はまもなく消え、陽里は融けて再度固まったアスファルトに降り立つ。
再びお互い構えて様子を探り合う。
お互い相手の実力を知らないために下手な動きが出来ないでいる。
(魔性犬とは大違いだな)
そう言った達人にも通じる戦いが出来る双頭犬の理知的な部分に思わず陽里は賞賛してしまう。
別に油断している訳ではない。
ただ単純にそう思っているだけである。
先に動き出したのは双頭犬の方だった。
バックステップで距離を取ったかと思うとジグザグに移動して陽里に迫る。
(速いな)
だがジグザグが目には追えない程に速く、魔性犬との違いがここにも顕著に現れていた。
『右方向からの突進が予測されますが、火炎放射の可能性が高く攻撃の方向は不明です』
陽里から見て右側にいる時は右の頭が、左にいる時は左の頭が陽里に顔を交互に向けているのだ。
それがわかっていたために陽里の迎撃に遅れが生じた。
『左頭部に高エネルギー反応あり』
双頭犬から見て左――陽里から見て右の方の顔が口を開けて今まさに炎を吐き出そうとする。
(間に合わない……!)
雷槍による迎撃では間に合わないだろうと見切りを付けて先と同じく飛び上がって避ける。
2度目の火炎放射と同時に飛び上がった陽里だが双頭犬も首を上へ傾けて火炎放射が陽里に迫る。
(左右には避けられないか)
『鉛直に上昇を続けた場合、火炎放射に直撃する可能性99%』
角度の問題でケラウノスの加速より先に火炎放射が追い付くのであろう。
「なら鉛直に避けなければいいだけの話」
陽里が取った回避法――それは双頭犬を中心に半円形で避けるのであった。
双頭犬の頂上を通り過ぎたところで首をそれ以上捻られないのか火炎放射は真上に放出された状態で止まった。
陽里はそのまま地面に激突する形で着地した。
ケラウノスの飛行技術を使った無理矢理の高速バックフリップ。
当然アスファルトが耐えられる訳もなくクレーターを作る。
双頭犬もすぐさま火炎放射を中断して着地で怯んだであろう陽里に追い打ちの突進を仕掛ける。
「はっ!」
200mからの自由落下でさえ平然とする陽里がこの程度で怯む筈もなく陽里は槍で双頭犬を弾き返す。
(やはり槍頭は避けるか)
陽里は双頭犬に対して雷槍の槍頭に当てにいったつもりだったが、双頭犬はギリギリのところで回避して槍の柄に突進したのだ。
陽里と双頭犬との距離が開き戦況は振り出しに戻る。
互いに息を切らす事もなく静かに構える。
「……」
陽里は攻めあぐねていた。
相手は中距離では火炎放射で攻撃、近距離では自身を上回る驚異的な反射速度によって防御・回避する。
雷刃や雷槍と言った近距離用の武器では分が悪いのだ。
一方の双頭犬はまた焦っていた。
相手は中距離の火炎放射を軽々と避け、近距離に持ち込めど必死の槍にて迎撃に対応してくる。
能力を測るつもりでの一撃では無理だと判断した。
再び先に動き出したのは双頭犬の方であった。
3回バックステップし大分距離が空いたところで突進。
愚直な直進だがその加速度が桁違いであった。
『対象の速度が音速を超えました。衝撃波に注意してください』
双頭犬の一蹴りが音速を超えるための加速度を生み出し、アスファルトを破壊する。
『警告。後方より再度銃弾が飛来。0.5秒後に背部に着弾する可能性100%』
(背部!?)
双頭犬の加速と共に狙撃手が再び撃ってきたようだ。
『躱す事で双頭犬の口部に着弾と予想されます』
(そう言う事か)
MCASSによって導き出せれた相手の狙いを知って後方に加速して双頭犬との相対速度を落とす。
そのまま雷槍でもって迎撃の体勢を取ったその時――
(0.5秒経過)
双頭犬は火炎放射をノーモーションで放ってきた。
「ちっ」
陽里は雷槍を地面に突き刺してアスファルトを抉り大きな破片を立てて壁にする。
流石にノーモーションで放った火炎放射は通常と比べて大幅に弱く防ぐのは容易だった。
(もし威力に変化がなかったらただでは済まなかったな)
丸焼きにはなりたくないと思いながらアスファルトの盾を退かす。
「ん?」
双頭犬は陽里の後ろから何か小さな物が飛んできている事を第六感で察知した。
このままでは少なくないダメージを負う事を本能的に理解した双頭犬は急ブレーキ代わりに火炎放射によって減速を試みる。あわよくば目の前の敵を倒せる事を願って。
結果は減速だけが成功し銃弾を躱す事には成功したものの、敵は不意打ちを凌いだ。
しかし双頭犬は許せない事があった。
この血湧き肉躍る闘いに水をさされたのだ。
ここまで闘いが面白いと双頭犬は考えもしなかった。
生まれ、外の世界を知り、蹂躙する事が本能に組み込まれた己が強敵と出会って芽生えた初めての感情であった。
まずは不届き者を仕留める。
目の前の強敵は後回しだ。
陽里がアスファルトを退かすのと同時に双頭犬はビルの壁を蹴って陽里の頭上を通ってその不届き者を仕留めに全速力で疾走する。




