98.Dream
視点:ルナリア
一瞬でこれが夢だと気付いた。
(ああ、またいつものか)
最初に思ったのがこれで、もう慣れてしまっている自分がいる事に思わず笑ってしまう。
この夢はあたしの意思で体を動かす事も出来なければ世界を変える事も出来ず逃げる事も叶わない。
それはどこか銀幕を見ているような感じでもあり、体験しているかのようにリアリティーがあった。
否、これはあたしが経験した過去だ。
どうせいつも通りの展開でいつも通りに起きる。
ただそれだけなのにいつも上手くいかない。
(ああ、またいつものか)
こうして銀幕の前に座ったあたしはあたしでなくなる。
今日もクラスメートに筆記具を隠された。ノートを破かれた。落とした消しゴムを蹴られた。
言葉に出されない分、なおの事質の悪いものだった。
「どうして、どうして」
ただ泣きじゃくるしかないあたしを抱きしめてくれる人がいた。
「ルナ、おかえりなさい」
大きくて温かい両腕に抱かれてあたしはその人のシャツを涙で濡らす。
「どうして、どうして」
どうしてあたし、生まれたの?
学校はただただ辛かった。
話し相手はもちろんいない。
教師にすら白い目で見られているのだとわかってしまっていた。
あたしの居場所は世界でただ1つ。この家こそあたしの安住の地であった。
その男の人は無言で優しく背中を叩きながら抱きしめてくれる。
それこそあたしにとって救いであり全てだった。
「そうだ。ケーキがあるんだった。食べるかい?」
その言葉にあたしは頷くだけだったけど彼はあたしの手を握って2階の大きなベランダに向かう。
この人こそあたしの父である。
あたしより少し色の濃い金髪に白髪が混じっているのはここ数年彼が努力してきた証拠であり、その事はあたしにとって誇りに思う事でもあった。
数年前は手すら握ってくれなかった事を考えれば当時のあたしより今のあたしの方が幸せになったと思えて、その事があたしに過去の自分に対して優越感を抱かせる事もあった。
母はもういないが、幸い家は裕福な方でお手伝いの人が1人2人来て生活に不便はなかった。
「おいしいと評判のものを買ってきたんだ。ささ、食べようか」
イスに座ったあたしの目の前に既に切り分けられた状態で皿に乗せたロールケーキと淹れたてのミルクティーが置かれる。
季節は春も半ばであるけど今日は少し寒く、あたしはミルクティーを飲んで温まる。
「今年はなかなか暖まらないね。外で食べるのは失敗だったかな」
「そんな事ない!」
今と言う幸福な時間を失う事に恐れを抱いたあたしが父の言葉を否定する。
そんな父はどうしてと言いたそうな顔であたしを見る。
「べ、ベランダで食べるの好き」
少しばかりでなく無茶な理由だが父は納得したようで自分で買ったケーキを食べておいしいと言った。
あたしもそれに倣って一口食べる。おいしい。
以前読んだ小説に甘酸っぱい日々と言った表現があった事を思い出す。
(このケーキみたいな感じなのかな)
甘く柔らかく、酸っぱさが優しく感じる。
そんな世界は物語でしかないのだろうか。
そんな事を考えていたらまた頬に伝う。
「急にどうしたんだい!?」
父が慌ててあたしに近付いてポケットにあるハンカチを取り出して拭いてくれる。
(あたしは何を望んでいるんだろう)
同級生に囲まれて泣いたところで何も解決しなかった。
担任教師の前で涙を流しても何も動かなかった。
今こうして父の前で泣いたところで世界は変わらない。
とっくに気付いているのにそれでも止まらない。
大好きな父を困らせたくないのに。
(どうして、どうして)
どうしてあたし、生きてるの?
あたしが泣いてしまった事で2人だけのお茶会はお開きとなった。
たった一口しか口にしていないフルーツロールケーキは父に後で食べるかいと訊かれて頷いたら冷蔵庫に入れられたようだ。
しばらく1人で部屋でごろごろしていたが暇に耐え切れずあたしは部屋を出て大きな屋敷の廊下を歩き出す。
「ねぇねぇ。アラキについて教えて?」
父の仕事部屋に訪れたあたしは父に教えを請うていた。
父は阿羅機の開発者であり、それは連合国が全面的に推し進める技術分野である事からいつしかあたしも興味を持って父の話を聞いていた。
「今日はどんなのがいい?」
作業を中断してにこやかにあたしを見て微笑む。
「んとね、空飛ぶの!」
最近聞いた中で1番面白そうなものをあたしは注文する。
「そうだねえ。空戦型阿羅機と言えばこんなのはどうだい?」
父は手招きしてあたしをその膝に乗せようとする。
年齢的に恥ずかしくて遠慮しようとしたが結局父に乗せられて画面を見る事となる。
「何これ?」
あたしは指を差して尋ねる。
「これはね、まだ研究開発段階なんだけど既存の機体とは大きくコンセプトを変えたものなんだ」
年端もいかないあたしには父の言ってる意味がよくわからなかったけど父の様子からしてすごそうなものだとはわかった。
父もこれでは理解出来ないだろうと気付いたのか謝る。
「ルナには難しい言葉だったね」
「うん。でもなんかカッコいい」
白でもなければ銀でもない白銀色に青と黄色のアクセントのあるスマートな形をした阿羅機。
「そうかい? ありがとう」
あたしの言葉で父が笑ってくれる。
それだけであたしは満たされていた。




