No.14 女神の決意
『桜』の部屋では華の呼吸は浅く、今にも止まりそうだった。
ベッドの傍で、アッサムが華の手を握っている。
その手は氷のように冷たい。
「……華」
アッサムの声は震えていた。
「華!……ダメだよ!……もう少しだけ頑張って……!」
その時、勢いよくドアが開いた。
「アッサム!」
ダージリンだった。
雨に濡れたマントを翻しながら部屋に入って来て、手には白い花を握っている。
「早くこれを!」
アッサムはすぐに花を受け取ると、
「任せて」
そう言ってアッサムは部屋を飛び出した。
部屋には、ダージリンと華だけが残る。
ダージリンはベッドの横に座り、華の手を握った。
「……!」
息を呑む。
華の手は冷たく、この間にも体温が奪われて行く。
ダージリンは唇を噛み、
「……華」
静かに名前を呼んだ。
「もう少し、もう少しだけ……耐えてくれ」
しばらくしてドアが開き、アッサムが戻ってきた。
手にはコップがあり、白い花を煎じた薬が入っているのだろう。
アッサムは華の上半身を優しく起こす。
「……華飲んで……もう大丈夫だからね」
華の口をそっと開かせ、コップの液体を流し込む。
静かな時間が流れ、ダージリンが呟いた。
「……間に合ったのだろうか」
アッサムは華の様子を見つめながら、
「……ギリギリだったけど」
小さく微笑んだ。
「……これで大丈夫なはずだよ……ありがとう、ダージリン」
ダージリンは静かに首を振った。
「私は何もしていないよ」
少し間を置き、ダージリンは、
「……すまない。華と二人にしてくれるかい?」
と呟き、アッサムは黙って頷いた。
アッサムは静かに部屋を出ていく。
部屋には、静けさだけが残った。
その頃、街の中心にあるシンボルの、時計台の上に、一人の男が立っていた。
ディアナはフードを深く被り、魔術書を手にしている。
時計台の周りには、国民が大事に育てている、美しい薔薇が植えられていた。
ディアナは魔術書を開き、指を鳴らした。
次の瞬間、薔薇の花に火が灯る。
その火は瞬く間に広がり、やがて、時計台を取り囲む巨大な炎となった。
街の空に黒煙が上がる。
「火事だ!」
「逃げろ!」
「助けて!子供が居るの!」
人々の悲鳴が響き渡るが、ディアナは炎を見下ろしながら笑った。
「さあ、女神様。どうしますか?」
「貴様!」
パトロールをしていた、紅の騎士団の団員が駆けつける。
「神聖な時計台に何をしている!」
剣の柄を握ろうとしたが、ディアナの視線が向く。
冷たい目だった。
「……私は今、虫の居所が悪い」
魔術書が光り、次の瞬間団員は頭を押さえ、
「ぐっ……!」
そのまま地面に倒れ込む。
騒ぎを聞きつけ、他の団員たちが集まって来て、ディアナは舌打ちした。
「……ちっ」
そして、
「そちらの団長に伝えてください。……女神様を私に寄越しなさいと」
その言葉を残して、ディアナの姿は闇の中へ消えた。
街には人々の悲鳴と、魔物の雄叫びが響いていた。
その頃、『桜』の部屋では、華の指が微かに動き、ゆっくりと目を開ける。
「……あれ……私……」
華が横を見ると、そこには椅子に座ったダージリンがいた。
腕を組み、仮眠を取っているようだ。
華は小さく呟く。
「……ダージリンさん」
その気配に気付いたのか、ダージリンは目を開いた。
華を見て、
「……華!」
とすぐに立ち上がり、ベッドの傍に寄る。
「華!良かった……本当に……」
華は上半身を少し起こした。
その瞬間、ダージリンは華を強く抱き締めた。
華の目から涙がこぼれる。
「ダージリン……さん……ありがとうございます……」
その時、『桜』の部屋のドアが勢いよく開いた。
「ダージリン!」
ストレートだったが、息を切らしている。
「街が……!街が火の海だ!」
ダージリンの顔が一瞬で変わり、ストレートは続けた。
「それに魔物が国民達を襲ってる!」
部屋の空気が張り詰め、ダージリンは静かに華から離れた。
そして立ち上がり、
「……行きましょう」
ストレートに言うと、華を見る。
「華。貴女は此処に居なさい」
小さく微笑んだと思うと、
「……必ず、皆で戻りますから」
そう言って、ダージリンは華の額に、そっと口付けた。
そしてマントを翻し、
「行くぞ、ストレート」
二人は部屋を後にした。
部屋には静けさが戻り、華はベッドの上で、しばらく座っていた。
「……私が、私が何とかしなくちゃ」
華はゆっくりと立ち上がり、そして窓を静かに開けた。
遠くの空に黒煙が上がっている。
華は何かを決意したように、そっと窓から外へ出た。




