第3話:痕跡を嗅ぐ
側近が倒れた事件から、宮廷の朝は騒然としていた。
私、瑠璃は、薬匣の片隅で手を洗いながら、匂いをたどる――微かに残る、甘くて苦い香り。あの薬草の香りは、昨夜の食事には混ざるはずのないものだ。
蒼も傍らにいる。彼も匂いを嗅ぎ、目を細める。
「君が言った通り、普通の薬ではない。誰かが意図的に混ぜた痕跡だ」
「はい。匂いが証拠です」
私は小瓶を取り出し、匂いを確認しながら、体の反応も観察する。血色は悪く、汗は甘い薬草の香りを帯びている。舌先にも異常な苦味の残り香。症状と匂いを照合すると――使用された薬は、古い宮廷の治療法の名残、つまり“禁じられた薬”だとわかる。
「……これは、誰も触れちゃいけない薬の匂いだ」
蒼が低くつぶやく。私も頷く。香りが語る通り、これは単なる偶然ではない。
私たちは薬匣の奥にある古書の間に移動する。古い薬方書、記録、治療の履歴。匂いの痕跡を追う手がかりは、ここに残されているかもしれない。
「禁じられた薬の配合は、記録からも消されている……」
私は書物に指を這わせ、微かに残る匂いを嗅ぐ。ページの間から、薬草の残香がふわりと漂う。痕跡は確かにここにある。だが、誰が何のために使ったのかは、まだわからない。
蒼がふと私を見る。
「君、匂いだけでこれを見つけるとは……すごいな」
「……ありがとうございます。でも、匂いは嘘をつかない。残された痕跡を読むだけです」
私たちは協力して、側近の倒れた原因を追う。宮廷では表向き、食中毒と発表されているが、匂いと症状が示すのは、誰かが意図的に薬を混ぜた可能性だ。
棚から小瓶を一つ取り出す。微かに甘く、少し苦い香り。指先に香りが残る。
「この香り……側近の体からも、瓶からも残っている」
蒼が頷く。
「手を伸ばせるのは、限られた人物だ。宮廷内で、この薬に触れることができるのは……」
私の胸がざわつく。匂いの記憶が、一つの結論を指し示す。
「……誰かが、事件を仕組んだ」
匂いは嘘をつかない。目には見えないけれど、香りの残り方が真実を語っている。
私と蒼は、初めて宮廷の陰謀に一歩足を踏み入れたのだった。




