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40話『滅び行く人々―1』

 ……空気が揺れた。


 喩え話でしかないはずの恐怖を表す言葉が、目の前で実際に起こった瞬間である。

 抑えられていた死神の殺人衝動が解き放たれた結果、この場にいる全員――いや、生きとし生けるもの全てが逃れられない死を悟り、震えたのだ。


 死神と三人の人間を含んだ竜人たちとの戦いが始まってから戦局は大きく動いていない。


 数だけで言えば、死神は圧倒的に不利な状況だ。

 幾ら死神が一流の剣士だったとしても、四方を十数人の剣士に囲まれたら勝ち目は薄いように思える。

 しかし、それは一般的な生き方をしてきた者達が勝手に作り上げた常識にしか過ぎない。

 圧倒的強者に――死神にとっては、数の差など力量を埋める理由にはなり得ないのである。


 それを証明するかの如く、数的優位な状況にも関わらず、竜人たちは死神の鎧に対して一太刀も浴びせることはできていない。

 死神の攻撃を避けるか、大剣で防がれる。それ以上の成果を今のところ挙げられていない。


 そんな状況ですら甲冑の下で足掻いていた者が手綱の役割をしてくれていたおかげで維持できていたに過ぎなかったのだ。

 その死神の理性の手綱が切れ、殺人衝動を露わにした今、このまま止め続けることなんて不可能である。


 そんな中、一人の人物が死神の前へ歩み出た。


 この中で人としての影響力――死神の視界で語るならば、光の強さが王女の次に強い竜人の長だ。

 戦闘能力のみで評するならば、この中で最強と呼べる竜人族の長――メッシュである。


 死神の牛歩の歩みが大きくリズムを乱す。

 獲物を前にした獣が涎を垂らして下品に舌舐めずりする行為に値するそれは、死神が如実に飢餓状態であることを表していた。

 死神の頭の中を覗けるとしたら、人を葬り去ること以外考えていない。最早、本能の赴くままに行動する手前まできている。

 それでも、未だ歩調が早まりきらないのは、死神の――甲冑の中にいる者が未だ鋼の自制心を発揮しているからである。


 そんな死神に視線を固定しながらメッシュはジークに問う。


「ノクトの調子はどうだ?」

「今は……休んでる」


 ノクトは本来死んでいてもおかしくはない。その状態で言葉を無理やり紡ぎながら、ジークに己が得た知識を伝えている。

 だが、それも最早限界だ。だんだん眠る様に静かになりつつあり、今はほとんど反応がない。

 ディアボロに呪われた代償――寿命の限界はすぐそこまで来ているのだろう。

 今やジークの残された片腕に抱き抱えられながら、静かに浅い呼吸を繰り返しているだけだ。


 しかし、ノクトには未だ休んでもらっては困る。

 ジークには過去へ帰還した際に、少しでもこの惨状を変えられるだけの情報を持ち帰ってもらわなければならない。

 そのため、ノクトしか知らない情報を惜しみなく伝えてもらわねばならない。

 酷な話かもしれないが、死ぬのはその後にしてもらいたい。

 そしてそれは、ノクト自身も望んでいることでもある。

 だからこそ、メッシュはこの様な命令を下す。


「クラリス、今からノクトの治療に当たれ! これから何が起きても気にするな……」

「ですが……!」


 今のところ仲間内に死人は出ていないが、油断できる状況ではない。

 誰も死神に斬られてはいないが、人である以上体力がある。

 そう言った体力面でのサポート――魔力を戦士たちの体力に変換し、今の戦況を支えているのがクラリスの役割だ。

 クラリスが扱える攻撃魔法には死神の武具を破壊できるだけの力は無いのだから、自ずとこれが適任であり、そして、必須でもある。

 死神が明確に殺意を剥き出しにした今、彼女が抜けることへの戦況に齎す悪化は火を見るより明らかだ。

 クラリスの胸中は不安一色。メッシュの言葉に素直に従い、安心して後を任せることはできなかった。


 だが、メッシュは敢えて死神から視線を外し、クラリスの目を見る。

 飢えた獣の前でするには愚かな行為――自殺行為かもしれない。

 それでも、メッシュがそんな事をしたのはクラリスに余裕を見せるためだ。

 自分たちに気取られず、今は己のなすべきことを全力でしろという意味を込めて。

 そして、念を押すように言う。


「なあに、心配するな。ちょっと踊るだけだ」


 ダメ押しに力強い笑みを浮かべながら、いざという時――まさに今という時のために持って来た神刀を取り出す。


 戦闘の最中に聞こえて来たノクトの話は断片的ではあるが、戦いの最中でも伝わっている。

 特に、戦況に関する情報――死神が纏う鎧に魔法耐性だけでなく物理耐性も持ち合わせているということは皆が周知していることである。

 だが、諦めるには未だ早い。ここにいる剣士が携えている剣は最高峰の業物。

 もし何かの偶然で死神の甲冑に当たれば、それを貫くだけの力は十分あるかもしれない。


 そして、本来討ち取るためにやってきたリェンツェはもういない。

 ならば、この先のことを考えて切り札を温存しておく理由はなくなった。

 出し惜しみの必要はもうないのだから、今こそ神刀の出番であるとメッシュは判断したのだ。


 そして、メッシュは神刀と呼ばれる刀を一片の迷いなく鞘から抜き放つ。

 神刀の刀身は、この世に刀として生を受けて以来、初めて外気に触れることになる。

 脈動していると錯覚する血のような紅い刀身は、魔法の素養には恵まれない傾向にある竜人にも魔力というものを肌で感じさせるだけの力を秘めていた。


 勿論、それだけの力を秘めた刀には弱点がある。封を解かれて5分後には跡形も無く消失し、二度と使用できなくなるからだ。


 だからこそ抜きどころは慎重に吟味していた。相手の癖やノクトの話から得られた死神の特徴をメッシュなりに考察し、その機会は今が最善であると判断して。


 そんなものを――竜人族の長の覚悟を見せられれば、これ以上何かを言うことは野暮というもの。

 もしこの決断に異議を唱えれば、メッシュが――いや、竜人の誇りに泥を塗ることになる。

 そうなれば、士気という心の影響力の低下を全体に招くだろう。

 何よりも、メッシュが死神に負ける気は毛頭無いと判断し、クラリスはメッシュの言葉に従うことにした。


「わかりました。なんとしても、死神をくい止めてください!」

「当然だ!」


 そんな力強いメッシュの言葉と共に、クラリスは弱ったノクトの治療へと向かう。

 それと同時に、メッシュはある構えを取った。

 その一連の流れを理解したメッシュの部下である竜人は、後方へと数歩下がる。

 彼らの行動の意味は今から行われることに巻き込まれないようにするためである。

 何よりも、その動きの間合いに入り、少しでも邪魔にならないようにする意味の方が大きいかもしれない。


 そして、そのメッシュの構えを見て一人の人間――ジークもまた、今からメッシュが行うことを理解する。


「竜の舞!?」


 時空を超えてやってきたジークが最も時を共にしたのはメッシュである。

 ジークが過去へと戻った際に、自らの目を――リェンツェという王に盲信しているメッシュ自身の目を覚まさせる手段の一つとして、メッシュは付きっきりでジークにその竜の舞を教えた。

 

 だが、ジークが知っている構えとは少し違う。剣が――竜の頭が二つある。


「ジーク、お前の竜の舞は100点だ。この短い期間で、しかも、片腕のみであそこまで踊れたのなら、お前は紛れもなく剣の天才だ! だから、ノクトが目を覚ますまでよく見てモノにしろ、ニンゲンの子よ……。これが、竜人族族長の――最強の竜人メッシュの竜の舞だぁ!」


 竜の舞はただの踊りではない。竜人という肉体能力に秀でた亜人種が培ってきた戦闘スタイルの基本でもあり、剣術でもあるのだ。

 しかし二本の剣を用いて舞うそれは、長い竜人の歴史の中でもメッシュ以外に体得した者は存在しない。

 メッシュの竜人として規格外な身体能力が可能とする正に秘技である。


 片や神刀、片やそれには劣るが十分な業物。そんな二つの剣は、竜が獲物を喰らうが如く死神を目掛けて襲いかかる。


 勿論、そんな斬撃の荒波にただ呑まれるだけの死神ではない。

 もう少し死神に理性の抑えが働いていれば、メッシュの剣撃を受けて身を滅ぼそうと考えただろう。

 抑えの効かない殺人衝動は、死神の意志に反して人を殺し続けるのだから。


 だが、今や死神は剣を持って自らが剣士だったという矜持を維持することで限界だ。

 剣を離してしまえば、最早ただの獣に成り果てる。

 そうなれば、本能の赴くままに自らの怪力のみでこの場にいる者全てを蹂躙してしまうだろう。


 だからこそ、メッシュの斬撃を1人の剣士として死神は迎え撃つ。


 携えた大剣を死神は常軌を逸した身体能力で斬撃の荒波への盾にして防ぎながら、その僅かな隙間を縫うように狙って反撃する。

 それをメッシュがかわして反撃し、それを死神が防いで反撃する――。

 そんな絶え間ない攻防が光のような速度で繰り返され、その後を追うように少し遅れて二人の激戦の音が追随する。

 

 外野にいる竜人たちは言葉なくその戦況を見守る。

 自分たちの族長と死神、二人の剣士としての最高峰の戦いを。

 人類史上類を見ない激戦を。

 そして贔屓目――いや、紛れもなく僅かに死神よりもメッシュの方が優勢だと確信した。


 そんな期待のこもった視線を一身に浴びるメッシュは、恐らく彼の一生の中で最も肉体を酷使しているだろう。

 もしその相手が少しでも後ろ髪を引かれるような者――たとえば、リェンツェというメッシュの友人だったとしたら、かつての情に心が揺り動かされてここまでの力は間違いなく引き出せなかった。

 たとえ、その相手が悪魔に乗っ取られた傀儡だとしても、だ。


 そんな相手は目の前の死神に殺されてもういない。

 だからこそ、メッシュは自らが振るう力に躊躇いがないのである。


 それに、メッシュの内に巣食っていたトラウマが晴れたことも理由の一つだ。


 ――友よ、やはりお前はこんな破滅の国は望んでいなかったのだな……。


 王都を地獄に変えたのがリェンツェの意志ではなく、その肉体に取り憑いた悪魔のせいだった。

 だからと言って、王の罪が帳消しになるというわけではないのかもしれない。


 王を選んだのが国民だとしたら、このような破滅が生まれた責任は、その王を選んだ国民一人一人にあるものだとメッシュは考える。

 しかし罪の重さがあるのだとしたら、それは立場が上にいる者から順に重いとメッシュは思う。

 たとえそれが己の意志が介在しないものだったとしても、だ。

 王という立場が招いた悲劇でもあるのだから、無関係な被害者ではいられない。


 だが今はリェンツェが――信じた友が、死体の国なんて望んでいないと知れたことは、メッシュにとって余計な精神的な足枷を払うに十分だった。

 そう言った要因が、限界以上の力を彼に齎しているのである。


「死にたいんだったよな、死神! ならば、今すぐ望んでいる地獄へと誘ってやろう! 悪魔に乗っ取られたリェンツェを葬ってくれた礼として、その願いを叶えてやる!」


 それは、ほんの一瞬の隙だった。

 メッシュは死神の横に放たれた一閃を宙返りでかわす。

 それも死神から見て、後方の逃げの回避ではなく前方へと向かう攻めの回避。

 柄に両腕を縛られている死神は、すぐにメッシュへの反撃はできない。


 つまり、チェックメイトだ。


 その隙を突いて、一番狙いやすい人の弱点である死神の首に、メッシュは神刀を放った。


 もう片方の剣も業物には変わりない。幾度もの壮絶な鍔迫り合いを経験しているにも関わらず未だ刃こぼれ一つすらないのだから、これを拵えた職人の技術も紛れもなく一流だ。

 しかしメッシュの剣士として培われた直感が、神刀の方が死神の重装を貫ける可能性が高いものだと判断してそれに賭ける。


 ――勝った!


 その光景を見届けている誰もが、胸中にそんな思いを抱く。

 死神の両手は大剣に固定されていて、反撃は不可能だ。

 この状況で逃げ切れることは不可能だろう。


 ……しかし脳裏に勝利が浮かんだ者たちは、その光明に目が眩み、一瞬だけ忘却していた。


 死神は剣士ではあるが、その性質は甲冑の中にいる者の理性という名の残滓の一面に過ぎない。


 そして、死神の理性にはメッシュは剣士として映っているが、死神の本能からすれば強い光を宿した餌である。

 そんな餌が自ら眼前まで来て、手が届く距離にいるときた。


 飢えた獣の行動は単純明快。先ずは邪魔な理性を振り払う意味を込めて、両手に握られている剣から手を離す。

 本能に負けつつある理性にとって、手にある剣は唯一の心の支え――剣士としての矜持だ。

 そんなものが手から消失することは、暗闇の中で明かりが消えることと同義。

 その行動は理性を黙らせるには十分過ぎた。

 こうして、死神の中の本能は肉体の主導権を掌握するに至る。


 そして、この行為によって死神の武器の一つ――手刀が解禁されたことを意味する。

 速度だけで言えば、鈍重な大剣を振り回すよりも遥かに早く鋭利な凶器だ。

 しかも、鎧に宿る得体の知れない力によって、死神の肉体能力は底上げされている。

 よって、その辺の剣士が剣を振り回すよりも、死神が手を振るう方が遥かに殺傷能力が高い。


 もっとも、メッシュの神刀が死神の首元まで迫っていた時まで、死神の両手には大剣の柄が握られていた。

 普通に考えれば、手刀による速さの利を考慮しても、決して間に合う余裕なんてありはしないだろう。


 しかし、それは弱者の考え方だ。

 絶対強者にとってその距離は、埋められる程度の差でしかない。

 特に本能のまま動く今の死神は、鎧に宿る力を制限する理由もないのだから尚更だ。


 そしてその手刀は放たれた。

 光すら生ぬるいと錯覚する一撃は、この場の誰もが視認できなかった。

 死神の手刀はメッシュが着ている装備やら筋肉やら骨やらと言ったものを何ら障壁とせずに、正に紙のように上半身と下半身を真っ二つに分ける。


 そして、死神が捨てた大剣が床に落ちる音と重なりながら、メッシュの臓物や血液が辺りに散らばる。

 人間の身体に流れているものと大差の無い色を帯びた血液は、正に今死神を討ち取ろうとしていた者の末路を表していた。


 圧倒的力量差が齎した結末だ。だが、完全な余裕が死神にあったわけではない。

 手刀を放つ間際、死神は神刀の一撃を避けた。

 その斬撃が己の武具を貫き殺し得る可能性があると死神の本能が判断したからだ。

 もし、死神の理性がもう少し色濃く残っていたら、その斬撃を受けることを選んだだろう。

 そうなれば、鎧に何らかの影響を与えられた可能性があったのかもしれない。

 しかし、それはあくまで可能性。たらればの世界に過ぎず、真実は藪の中だ。


 そんな闇を切り裂く光となり得たメッシュは、死に行く過程の中で後悔を言葉として紡ぐ。


「わるい、やくそく、まもれ、なかった」


 ――国を取り戻す、生きて勝つ。


 メッシュが誓ったその約束は、己の死によって果たせなくなった。

 そんな無念を抱きながら、竜人族の長は神刀の力の消失と共にこの世から消える。

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