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39話『滅び行く世界』

「お前は何故死にたいのだ?」


 死神は、誰も殺したくないからと答えた。


「ならば、人を殺すのをやめれば良いのではないか?」


 死神は己を抑えられないからと答えた。


 リェンツェは内に巣食うディアボロという人格に苦しめられていたが、死神もまた同じような状況に陥っているのかだろうか?

 それにしては、毛色が違う気がする。

 ディアボロという悪魔を間近で見てきたノクトの勘にしか過ぎないが、理性が本能を抑えているように思えた。


 まぁ、それは別にして悪魔を滅する力に関しては興味があるのは確かだ。

 身に纏う武具は未知の材質であるが、恐らくはその武具の力が関与していると思われる。

 死神に――被検体に抵抗の意志がない今なら、その秘密を解明できるまたとない機会かもしれない。


「悪魔を滅するその力には興味がある。その過程で死ぬかもしれないが、その覚悟がお前にはあるのか?」

「アア、頼ム! 俺ヲ殺シテクレ!」


 僅かな光明に縋るようにノクトに死を願う死神。その姿をノクトは自分と重ねながら見ていた。


 死神が己の意志に反して人を殺してしまうのなら、殺人に対して罪悪感を抱いているのだろう。

 ディアボロのピエロを演じていたノクトも、信頼を勝ち取るためにたくさんの罪なき人々を手にかけ今も尚その事に苦しんでいる。

 ノクトが死神の望みを聞き入れることへの後押しになったのは、そう言った境遇に共感めいた同情を感じたことが理由の一つなのかもしれない。


 まさか先程まで置かれていた立場――処刑人と罪人の立場が入れ替わるとは露程も思っていなかったが、まぁこれも成り行きというやつだ。


 そんな風に考えて今一つ状況を呑み込みきれていない己の感情を無理やり納得させた後、ノクトは今一度空を見上げる。


 未だ王都の空は瘴気のせいで、闇の世界と呼べるような嫌悪感を覚える暗さがある。

 ディアボロを討ち取ったことで呪いの発生源は絶たれたが、既に撒き散らされた瘴気がすぐに消えて無くなるわけではない。


 つまり、以前と何ら変わらないアンデッド多発地帯の王都は継続中。

 未だ光明の見えない闇の渦中にいる状況である。

 死を覚悟した際に見えた光明は、気候の変動のせいだったのか、はたまた幻だったのか。


 そんな永遠に光が見えそうにない空は、この国の未来の不穏を伝える暗示のように思えてならなかった。


「早クシロ! 俺ノ意識ガ失クナルソノ前ニ――」


 ノクトの胸中の一抹の不安を正しいと言わんばかりに、死神の声は今までよりも人間味を帯びて自らの死を促した……。



 ……そして、そんな不安は的中する。


 魔法耐性に特化している武具は、物理的に脆かったり、定点的な攻撃に弱かったりなどの何らかの欠陥があるのが基本的な考え方だ。

 にも関わらず、死神の武具は物理的にも魔法的にも何ら傷を与えることも、引き剥がすことも叶わなかった。

 武具に何が用いられているのかすらも皆目検討は付かず、正に人智の及ばない未知のものと評価せざるを得ない。


 そんな装備を身に纏う死神について多少なりとも情報を得ることができたのは、数々の実験と覚束ないなりにも死神本人と対話ができたからと言える。


 そこから得られた情報の一つは、死神は人を光として認識しているということ。

 ネクロマンサーのように魂を視認しているわけではなく、人という存在そのものを光と見ていると言うべきか。

 そして、弱い光よりも強い光を死神は好む。


 では……その光の強さとはどうやって決まるのか?


 答えは力――富、権力、武力、知力、魔力……。それらが他者よりも秀でている者が死神にとっての強い光――所謂、ご馳走だ。


 そんな力の強さは、他者に与える影響力と言い換えられる。


 悪魔は人々に災いを齎す存在であるが、自らの肉体を持たないため、この世に存在するには人の肉体を乗っ取ることが必須。

 悪魔が抱く各々の美学によって、取り憑く種や性別などの選り好みはあるが、概ね人に与える影響力が強い者を選びやすい傾向にある。

 単純に、その方が悪魔が本能的に求めている人々の不幸というものを与えやすいからだ。


 つまり、光が強い者――他者に与える影響力が強い者は悪魔の依代になる可能性が高いということが言え、王女と国王が死神に狙われた理由は、そう言った人としての力が誰よりも秀でていたからだと考えられる。


 そんな光の強い存在を付け狙う死神は悪魔を滅する力を持っている。


 そこから導き出せる仮説は、死神の存在は対悪魔用の兵器。

 その身に纏う強力な物理耐性や魔法耐性を有する武具は、如何なる強敵が相手でも必ず悪魔を殺せるようにするためのものだと考えられる。


 武具の製作者がいるのだとしたら、よほど悪魔が憎いかったようだ。

 これらの武具を死神どうやって入手し、どうやって身につけるに至ったかは思い出せないという。

 そもそも恐らく中にいる人物は、自分が剣士だったということ以外は忘れてしまっているらしい。


 これだけなら人類にとってはあまり有害ではないかもしれない。

 むしろ、悪魔を滅する力を持っているのだから、人類に陰ながら迫り来る脅威への対抗手段になり得る可能性だってあるのだ。

 歩みも遅い一剣士。もう少し早く動けると仮定しても、精々人の速度の域を出ないと考えれば人類でも御し切れる。

 当初はノクトはそう考えていたが、その認識は甘かったと悟る。


 そもそも死神が足の遅い剣士というのは単なる思い込みで、その行動は己の強さへの自負や余裕の表れなどと呼ばれる精神美学のようなものではない。


 その正体は死神が己へ課した楔だ。


 鉄塊と表現できる巨大な剣は、内に秘める理性――己が剣士であるという自我や矜持といったものを少しでも呼び起こすためのもの。

 そうやって本能を理性の楔で抑えていて、同時にその重い剣のもう一つの役割は、少しでも自分の歩みを遅くするための重しの役割でもある。


 皮肉なことに、死神が人を殺すために最も振われた剣は、最も人を救うことに貢献してきたものだったのだ。


 そんな中の者の弛まない努力の結果が、牛歩の如く遅い歩みを維持している正体である。

 ゆったりとした歩みは刑が執行されるまでの懺悔の時間ではなく、人類が死神という脅威から少しでも逃げられるようにするための、死神自身が己へ施している妨害策だった。


 その異様な外見に反して殺意が無い理由のは、甲冑の中にいる者が誰も殺したくないからに過ぎない。

 そんな強靭な精神力を総動員しても死神の内に生じる殺人衝動は止められない。


 何故なら、死神にとっての殺人とは人で言うところの食事のようなものだから。

 飢えた分だけ、生じた飢餓を解消しようと腹を満たす行動――殺戮を繰り返す。


 今はリェンツェという一国の王に潜んでいた悪魔を殺したことで、一時的に爆発的な空腹は落ちつきを取り戻し、自我による本能の抑制が多少なりとも働いている状態だという。

 しかし、飢餓状態には変わりない。

 己に可能な限りの殺さずの誓いを強いてきた代償は計り知れず、その空腹の度合いは一国を呑み込んでもなお留まることはないだろう。


 そして、その限界はすぐそこにまで来ていた……。



 ……がちゃり。


 鎧が大地を擦る音が止まる。

 それは、死神の中の者の理性の楔が決壊した音でもある。

 甲冑から覗いていた眼光が、一段階冷たいものへと変化した。

 その変化は殺すことに対する悲しみから、殺すことに対する悦びという真逆の変化だ。

 内に秘める理性が本能に負けたとも言える。


 この場にいる者は誰も知らない。

 様々な悪魔に関する文献を読み漁ったノクトも知らないし、それを成した死神自身も覚えてはいない。


 かつて――およそ500年前に、一大陸を支配した悪魔がいた。

 その悪魔が築いた地獄は、忽然と姿を消すことになる。

 大陸の支配者――悪魔の1柱に取り憑かれた者と、その悪魔の快楽の道具にされた人々は、漆黒の風が吹き抜けたのを最後に跡形もなく消え失せた。


 そんな死神の大虐殺を正確に把握している者はこの世にはいないだろう。

 そのことを辛うじて認識しているのは、同胞が滅んだことを知覚した悪魔のみ。

 そんな生命の理から外れた悪魔ですらも、その全容を把握できていないのだから、人類に知る術は無いのかもしれない。

 今を生きる人という種に限定するのなら、その大陸にかつて住んでいた者が生き証人として存在する。


 そのことについて、彼らに問えばこう返ってくるだろう。


 黒き風神の怒りに触れた者の末路か、と。


 それは死神の大虐殺の歴史というよりも、欲望の限りを尽くした一人の人間が神の怒りに触れて受けた天罰として捉えられている。

 

 そこから生き残った人々の数が少ないことや、あまりに非現実なことも相まって、その歴史を伝える者の話をまともに信じる者はいない。

 従って、その大陸は内乱で崩壊し、黒き風神は激しい戦果の喩えだと考えられている。


 確かなことは、その事実を正しく知ろうが知るまいとが、死神の殺人欲求は、人間、亜人種、悪魔……この世の生きとし生けるものが存在する限り続いていくことに変わりない。


 そして、それは500年振りに一大陸に住まう人類滅亡の時――死神にとっては久しぶりにまともな食事にありつける時が来た。


 ――斬首の音が近づいてくる。

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