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38話『死神の願い』

 ――それは突然始まった悪い結末を辿るお伽話だった。


 生き血を吸った様に赤黒い大剣は、その重量のみで人を殺せる鉄塊だ。

 身に纏う全身鎧は、光を憎むかのように闇よりも深い漆黒。

 地獄から這い出てきたようなそれは、ゆったりとした歩みの剣士である。


 砂埃の様に灰が舞う中、城門の方から一人の剣士がゆっくりと――そして確実に迫ってきている。

 目の前にいる剣士は、ジークに聞かされていた話に登場する死神の特徴と符合する。


 そこに魔法使い――ノクトが培ったネクロマンサーとしての考察を交えると、眼前の剣士には呪術や魔法の類は一切通じない。

 それは身に纏う武具の強力な耐性によるものだと考えられる。

 詳しく調べれば多少の弱点は炙り出せるかもしれないが、現状すぐにこの黒い剣士を殺すことはできないだろう。


 つい先程まで激戦の渦中だったということもあり、多少の物音には気づかず視認できる距離まで侵入を許してしまったようだ。


 何故ここにいるのかという疑問はあるが、眼前にいる剣士がジークの言っていた死神だとしたら、王女の命を付け狙う存在だと聞かされている。

 その考え方に基いて考察を進めれば、王女の父であり、王であるリェンツェ()にも用があるということなのだろうか?

 ……厳密にはそこに転がっているリェンツェの中身は別人であり、その肉体の支配者は悪魔であるが――


「――あわわわ、しっ、死神ぃ!?」


 突如出現した怪異にディアボロも気付いたらしい。

 体制的に視界の端で捉えるのがギリギリの様に思えるが、鎧の大地を蹴り上げる音がその存在を認識することに一役買ったのだろう。

 やはり、ディアボロも剣士のことを死神と呼んだ。

 これでジークの言っていた死神と、ディアボロが言っていた死神が同一の存在を指していると見なして良いだろう。


 魔法によって拘束された身体に残された少ない自由を必死に行使しながら、死神から遠ざかろうとディアボロは滑稽に足掻く。

 溺れている様にも幻視してしまうディアボロのその様から判断するに、死すら面倒ごとの一つ程度にしか認識しない悪魔を怯えさせるほどの何かを死神は持っているようだ。


 何がディアボロをそうさせるのかまではわからないが、ノクトの頭の中の点と点が繋がり線となる。

 このディアボロの異常な怯え方から察すると、先程聞かされた話は、出鱈目な創作話ではなく真実である可能性が高い。

 ということは、ディアボロがリェンツェを狙ったのも、ノクトがこれほどの力を得るに至ったのも、何もかもが死神という存在への対抗手段――死神を殺す手段だったのだと考えられる。

 そして、それはディアボロが――快楽主義者である悪魔が、悪魔たらしめる人々を苦しめるという本懐、それをかなぐり捨ててまで優先すべきことだったということだ。


 ノクトはようやくディアボロの話に興味を抱く。


「知っていることを話せ! 死神とは、一体どんな存在なんだ?」

「俺も全容は知らない。ただ……」


 ディアボロは一瞬だけ何かを言おうとして、続く言葉を引っ込めた。

 不自然な間の後、


「……そんなことよりも、俺が憎いんだろ! さぁ、早く殺せ!」


 と述べる。


 あれだけこの身体を失うのは惜しいだの、何だのとほざいていた悪魔は、死神が出現したことによってノクトに殺されることを望み始めた。


 明らかに知られたくない何かを隠している。

 ただ、『全容は知らない』という部分に関して嘘はないのだろう。

 わからないからこそ、そこに恐怖が生まれる。

 一国を地獄に変え、可能な限り戦力を――自分の手駒を揃えたのは、ディアボロの内に生じた恐怖によるものだと思われる。


 しかし何も知らないという部分に関しては嘘だろう。

 言いつぐんだ言葉は、知られては不都合な何かを隠したとノクトは判断する。


 そんな魂のみに着眼点を当てれば、不老不死と言える悪魔が恐れ慄く理由があるとするなら何か……?


 ……死神に殺されたら、悪魔の魂ですら滅びる?


 なくはない。

 悪魔の異常な快楽への追求は、魂が死なない大前提があるからこそ成り立っている。

 その土台が根底から揺らいでいるのだとしたら、いつまでも快楽のみを追い求め続ける存在ではいられなくなる。

 つまり、死神が悪魔の天敵。もしくは何らかの力で悪魔の魂すらをも滅ぼせる。


 そんなことを考えている間にも事態は進行していく。

 がちゃり、がちゃりと音を立てながら、死神は此方へと近づいてくる。


 ディアボロの顔が引き攣った。


「はっ、早くしろ! 早く俺を殺せ! さもなくば――ん゛ん゛ん゛」

「悪魔すら怯えを齎す死神という脅威……。それがどれほどのものか、その身を持って指し示せ!」


 そう言いながら、ノクトは拘束魔法の力を行使して、ディアボロの口から自由を奪い取った。

 間一髪だった。口元から僅かに血が滴り落ちているのは、舌を噛み切り自害を謀ろうとした証だ。


 そうまでして、ディアボロが死のうとするくらいだ。

 これで死神の力は悪魔の魂を滅する能力を有しているか、それに準ずる力があると考えて良いだろう。


 後は死神がディアボロを殺すのを見届けて、その得体の知れない死神の力というものがどんなものかを観察すれば良い。


 ……そう決めた時、ノクト肩の荷が少しだけ下りた気がした。


 ノクトは未だ人を殺すことには抵抗がある。

 友すらをも手にかけたノクトではあるが、人を殺す事に対して罪悪感が完全に消えたわけではない。

 悪魔に乗っ取られたとはいえ、目の前にいるのはかつて憧れた王――紛れもないリェンツェの肉体である。

 ディアボロを憎む気持ちはずっとノクトの中を巣食っているが、いざその命を断つとなると、どうしても躊躇いを覚えてしまう。


 まぁどう言い訳しようが、状況的には手足の自由を奪った後、飢えた獣の前に差し出すことと同義だ。

 ノクトが殺したことには変わりない。

 ただ、直接手をくださなくて良い分、罪の意識が軽くなったのは確かだ。


 皮肉だな、とノクトは思う。

 友の――ジークの宿敵である死神がこうやって姿を現したことは、ノクトにとってある意味救世主となったなった。

 そんな生じた状況の違いは、正道と覇道という正反対な道を歩んだジークとノクトの違いを如実に表しているようだった。


 そして、そんなノクトの胸中も知らずに死神は淡々と歩を進め、携えた剣がディアボロへと届く距離まで来る。


 ……斬首の音が近づいてくる。


 ディアボロは動かない口の代わりに、必死に目を血走らせながらノクトを見る。

 目は口ほどに物を言う。

 言葉にせずとも伝わって来る悪魔の胸中は、紛れもない生への執着一色。

 命が消えるという恐怖、それに縛られた者が浮かべる助けを求めるものを言葉なく訴える。


 ……哀れだった。


 人々が残したディアボロという悪魔について記した数々の文献。

 それらの出来事はディアボロに苦しめられた人々の悲しい歴史――悪魔にとっては拵えた作品の数々と呼べるものだ。


 ある国では、小村の子どもを処刑台に集めて、その首を実の親にはねさせる。

 ある国では、無作為に集められた人々を火炙りにする。

 ある国では、国中の食料を奪い、人が人を食い始めるまで飢餓状態にする。


 共通しているのは、全て惨たらしい末路を辿ったということだ。


 そんな悲劇が行われた国はもうこの世には存在しない。

 ディアボロの魔の手から逃げ延びた者や遠方から伝え聞いた風聞、そう言ったものが資料として、お伽話として、教訓として残されているだけだ。


 そして、そんな人々が歩んだ苦しみが記された情報を基に、ノクトはディアボロという悪魔の趣味嗜好を理解し、取り入ることに成功して今のディアボロの状況を生むに至る。


 単なる情報に、それ以上の意味はないのかもしれない。


 だが、そこに勝手な解釈を付け足すとしたら、ディアボロに弄ばれ、殺された者たちの無念や執念といったものが、ノクトにディアボロを討ち取れという願いを託したのかもしれない。


 だとしたら、これはその報いだ。

 人という種を利用し尽くし、最後は己が身を守るための道具にした報い。


 人々が今まで受けた苦しみを――裁きを、今その身で受ける時が来たのだ。


 ノクトはディアボロの処刑を静かに観察する。

 悪魔すらをも恐怖させる死神が、果たしてどれほどの脅威なのかを確かめるために。

 そして、悠久の時を生きた悪魔の魂が死ぬ様を見届けるために。


「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!?」


 そんなディアボロの言葉にならない悲鳴は、この世から消えさる前の遺言だった。


 そして、遂に斬首の時は来た。

 漆黒の鎧を着た死神が、剣を高らかに掲げる。決して逃れられない死は、遂に悪魔へと向かう――


 ――ありがとう……。


 死神の剣がディアボロの首に当たるその刹那。

 ほんの一瞬だけ悪魔に乗っ取られる前の優しい王の声――本来のリェンツェの声。

 そんなものがノクトの耳に聞こえた気がした。



 必死に生き足掻いていたディアボロは、斬首という形で惨たらしい最期を迎えて生き絶えた。

 剣が分厚いせいで、首が切り落とされたというよりは、上から頭蓋ごと潰されたと表現すべき惨状だ。


 そして、その光景を見届けたノクトの死神への評価はやはり一剣士だった。

 流派や練度などによる詳しい評価はできないが、肉体能力は人の範疇に思えた。


 ただし、死神が持つ特殊能力と呼べるような力にはやはりというべきか別の感想を覚えた。


「消えた……のか……!」


 ネクロマンサーは魂を弄ぶ魔法使いだ。

 生命が終わりを迎える際に肉体から解き放たれる魂を光のように視認することができる。


 そして、ディアボロの魂は、リェンツェの肉体から抜け出て、死神の手に収まり――握り潰されて消滅する。

 消え行く過程は違えど、その様はまるで人が成仏するのと似ていた。

 つまり、ディアボロは間違いなく死んだ。

 予想はしていたが、目の前に現れた事実にノクトは驚きを感じずにはいられなかった。


 そんな悪魔を葬った死神は、剣を掲げ直してゆっくりとノクトへと歩を進める。


 先程悪魔を食らったばかりだというのに、その足取りは貪欲に生命を求めているようだ。

 何を基準に動いているかは今一つわからないが……。


 悪魔を滅ぼす力を神に願い、そして死神がやって来た。

 そして、死神はノクトへと向かってくる。命を奪いに来ているのだろうか。


 物を買うなら金がいる。

 悪魔に望むなら魂が必要だった。

 ならば、死神に願ったのなら――その対価は……?


「……僕の命が欲しいのか? そんなに欲しいならくれてやるよ」


 ノクトは別に死んでも構わないつもりでいる。たくさん人を殺めておいて、のうのうと生きることなんてできやしない。

 どの道、ディアボロに呪われたのだから抗えない死は確定している。

 それに、もう王都に巣食う元凶はいない。

 だったら、自分が生きながらえる理由はもうどこにもありはしない。

 ディアボロが齎した王都の呪いも直に晴れるだろう。


 死神の悪魔の魂を滅する力に関しては気にはなるが、ディアボロなんかと比べれば人類にとってさほど脅威とは成り得ないように思う。

 むしろ、そんな力を持っているのなら、上手く活用すれば人類にとって有益な存在にもなるかもしれない。

 勿論未知の部分は多いが、その辺のことに関しては、死神の処遇含めて、後世の人々――これからの未来を生きる人々に一任しよう。


 幻聴かもしれないがリェンツェの感謝の声を聞き、ディアボロの末路まで見届けたのだ。

 もう自分の役目は終わりだ。少なくとも、すぐに対応すべき脅威ではないのだとしたら、自分は死神に命を支払いあの世へと逝こう。


 遅い歩みのおかげで、その間、今までノクトが殺してきた人々への懺悔を済ませる余裕すらあった。


 あとは、刑が執行されるのを――死神の裁きを待つだけだ。


 そして、死神はノクトの首をはねられる位置にまで来た。


 この距離に来ても殺気は感じ取れない。

 死神にとって人の命を奪う行為は、食事のように当たり前の行動なのだろうか。

 まぁ、自分のような外道にはこのような得体の知れない存在に殺される末路が相応しいのかもしれない。


 そんな思いをひとしきり弄び終えると、死神は高らかに剣を掲げる。

 それに釣られてノクトの視線も上がる。

 王都にかかった死の呪いがほんの僅かに弱まったからか、空にほんの少し太陽の光が覗いていた気がした。

 死ぬ前に見ている幻覚かもしれないが、その陽光を未来への明るい道筋に見立てて祈る。


 ――どうか、この国に皆が笑える平和が来ますように。


 そんな願いを済ませた後、ノクトは目を瞑り、死神の斬首を待った。

 もう思い残すことはない、許されるなら苦しまずに穏やかな気持ちであの世へ逝けることを祈りながら斬首の瞬間を待った……。


 ……だが、一向に首を斬られる痛みはやって来ない。


 既に自分は死んでいて、瞼の裏のような真っ暗な世界が死の世界なのだろうか?

 そんな思いを抱いたのと同時に灰の砂漠に鉄塊が落ち、爆発したような凄まじい轟音が辺りに響いた。

 少し遅れて、鎧が崩れ落ちる音が後を追うように続く。


 思わずノクトは目を開ける。


 そこには死神が膝を折り、頭を垂れていた。

 その姿はまるで、斬首を待つ死刑囚――或いは、己の罪を嘆く咎人のようだった。

 そして――


 ――コロシテクレ……。


「……え?」


 死神は死霊術師(ネクロマンサー)に死を願った。

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