35話『消え行く世界の人々(賢者)』
――そこで何してるの、一緒に遊ぼうよ!
遊びの輪に誘う声は、何度も断ったノクトと同年代の少年の勧誘である。
なんで自分を? と誘いの回数だけ少年に理由を問うたが、その回数だけ「何となく!」という理由の無い返答のみが返ってきた。
自分と少年の特徴を比較してみる。
――貴族、本の虫、偏屈、一人が好き。
――平民、体育会系、無邪気、輪の中心。
見下すような優越感や違いを馬鹿にするつもりはないが、根本的に合わないと考えるべきだ。
感情的な少年と理屈屋な自分は、正に太陽と月、水と油である。
風景のようにお互いが認識することこそ、余計な摩擦を生まずに過ごせる最善かつ最良であると考えられる。
なのに、少年の日課となった遊びの勧誘は続く。
少年は折れない、ノクトも折れない――理由もなく誘われる、理由をつけて断る。
そんなくだらない維持の張り合いは、何日も続き、やがてノクトが――負けた。
……いや、そもそも。
この勝負が始まった時から、既にノクトは自分が敗北していたことに気づいたと言う方が正しい。
来なくて良い広場に、少年の勧誘を待ち続けて断るという構図。
どうやら、それを心の中で楽しんでいる自分がいるようだ。これを子どもの遊びと言わずして何というのか。
その時からだろうか?
理屈屋だと自負していたノクトが、自分の中に潜む感情的な面に気づいたのは。
どうやら、少年の焼ける様な強い情動が伝染したらしい。
だからと言って、身についた堅苦しい思考方法は変わらない。
読みかけの本に、友情を題材にした物語があった。
一時とも永遠とも揶揄されるそれは、果たしてどちらが正しいのだろうか――。
◆
「ジーク! ゴホッ……来てくれたのか!」
年齢にそぐわない白髪と化した男が、殺したはずの友の名を呼ぶ。
彼は――ノクトは死にかけている。
地べたを這いながら、竜人たちと連れである人間三人に近づく。
そんなノクトへ竜人たちの視線が集まり、彼らはその表情に僅かな驚きを表し――やがて、明確な警戒へと変化する。
ノクトの予想していた通りの反応である。
今まで敵として動いていたのだから、このような状況は避けられない。
だが、今は素直に自分の言葉に従ってもらわなければならないのだ。
事態は一刻を争うのだから。
「その死神の攻撃を防げ! ジークと……ゴホッ! ジークと話がしたい!」
ダメ元で呼びかける。
彼らからすれば、自分は死神と同じか、それ以上の脅威と見なされていてもおかしくはない。
……どうか通じてくれ! そんな彼の願いは思いの外、簡単に叶った。
「わかった!」
エリシアの返事は即答だった。
今までノクトが行ってきた悪行を忘れたかのような彼女の言葉の後、頭目と見られる竜人の一人が他の竜人へと命令をくだす。
「対処すべきは死神だ!」
その言葉と共に、竜人たちのノクトに注がれる殺意のこもった視線は、即座に死神へとその対象を変える。
なるほど持つべきものは友らしい。
粗方、自分の悪行には理由があるものだと説得してあるのだろうと結論づける。
ノクトが重ねた悪行の全ては、リェンツェを止めるために行なってきたもの。
内に潜り込み、隙を突いて国を奪い返すために、敢えてリェンツェに――文字通り悪魔に魂を売り渡したが、決して人類の敵になったわけではない。
……しかし、手は汚しすぎた。
今や血やら死体やらの感覚を簡単に想起できる。悪魔に魂を売り渡した代償の一つだ。
そんな彼にジークが駆け寄ってきた。
「大丈夫か、ノクト!」
一年前に自分が殺したはずの友がいる。彼もまた、エリシアのように自分の呼びかけに素直に従ってくれている。
……もしあの世にいるのだとしたら、その迎えなのかもしれないが。
死にかけのノクトの脳裏にそんな考えが過るが、5年前にジークが言っていた話が真実だとしたら、時空を超えて過去から今という未来へとやってきたという可能性がある。
いや、ノクトはその話をもう疑っていない。
――信じるに値する証拠でも集めて持ってこい!
ジークと仲違いする直前に、ノクトが言い放った言葉だ。
時を超えて未来を見て来たというジークの話を、当時のノクトは受け入れられず、その話が真実である証拠の提出を求めた。
そして、それは今見事に果たされた。
……完敗だ。
勝手に始めた一人相撲の結末が、ようやく訪れた瞬間である。
だが、この世界がジークが見ている悪夢として終わるのだとしたら、それはやり直しが効くということだ。
ノクトの手には、今なお友を刺した時の記憶が昨日の様に思い出せる。
それを無かったことにできるかもしれない。
なら、或いは……。
……或いは、このクソったれな現状すらも打開できる可能性はある!
罪の意識を背負いながら、孤独に敵の本拠地で戦っていた彼は、ジークが時を超えてやって来たことによって、最も救われた存在なのかもしれない。
そんな友に初めに出た言葉は、
「相変わらず無茶ばかりしたようだな……!」
挨拶がてらにそう言い、視線はジークの斬られた片腕へと向かう。
そんな事を言われた当の本人は、
「お前もな……!」
とだけ返答する。
お互い意地を張った結果である。
似て非なる生き物と思っていた自分たちだが、どうやら妙なところで性格の共通点があったようだ。
そんなジークとの再会を喜ぶ余裕は無い。
死神をジークの仲間たちがいつまで食い止められるかはわからない。
だとしたら、早速本題へと話を進めるべきだとノクトは判断する。
「お前は、いつから時間を超えてやってきた? 五年前か? それとも……」
……自分が死に際に見ている幻覚か?
続くノクトの言葉は、自らの咳によって遮られる。
死ぬ前に見ている幻覚だとしたら、この世に神はいないだろうが。
そんな朦朧とするノクトの意識に、はっきりとジークは答える。
「四年前だ」
「そうか……」
四年前。
それはジークとノクトが仲違いをして、一年が経った頃である。
その翌年にはリェンツェの魔法が発動して、この国は地獄へと変わる。
はっきり言って、そんな時間軸からやり直したところで、この絶望的な状況を打開するには遅すぎる。
……そもそも。
仮にリェンツェの破滅の魔法を止められたとしても、どんなに昔からやり直せたとしても。
この国が死神に目をつけられてしまった時点で、もう終わりなのかもしれない。
事態は最早一国の危機どころではなくなっている。
人類、ひいては生命の危機と言っても過言ではない状況なのだ。
だが、その事実を知らない時を超えてやってきた友人は、やはり希望を感じさせる強い瞳を宿している。
それは、かつて暴走する前の王に匹敵する力――国を変えられる力を秘めているように思えた。
導き手が持つ特有のものだ。
そんなジークならば必ず過去を変えられるとノクトは確信した。
……ならば、託そう。
己が知り得た知識を。闇の中で掴んだ光明を。
闇に生きた賢者は、光を抱く勇者へと全てを委ねる事を決める。
先ずは――。
「リェンツェは僕が殺した……」
師であり、人類の敵でもある男の死は、賢者の口から唐突に語られた。




