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34話『特攻、そして……』

 ――死なない覚悟があるものだけ着いて来い!


 竜人族の長――メッシュは、出立の前に自らの部下にこう言い放つ。


 ここにいる竜人たちは、一定水準以上の力量があると判断された者たちから成る志願兵だ。


 王都で死んだ者は、そのままアンデッドへと生まれ変わる呪いがかかっている。

 兵士を闇雲に増やすことは最善ではない。

 どんなに腕が立とうが、弱腰の者はどこかで足元を掬われる可能性が高いことは経験即から導き出せる事実だ。


 今から攻め込む場所は、正に生還者のいない死地。

 そこから平和をもぎ取るという無謀なことを行うには、士気の向上は必要不可欠である。

 戦う前から死ぬ準備ができている者は、酷な言い方をすると邪魔にしかならない。


 これは、そんな彼らの覚悟を試す最終確認である。


 いつも以上に覇気のある竜人族の族長の言葉を前に、否応無しに兵士たちの中に己と向き合う時間が生まれた。


 死なない覚悟。

 その言葉が皆の脳裏に染み渡った後、胸中に蔓延る僅かな恐怖に気づいた幾名かが弱々しい歩調で後方へと下がった。


 退いた者は明確に生き恥を晒したと言える。

 中には豪胆で怖い者知らずを自負していた者もいた。

 もしかすると、その心の傷は彼らの心の中に一生残り続けるかもしれない。


 しかし、そのことを誰も責めはしない。

 怖気付いた者たちは、生き恥よりも更に辛い、死に恥を晒すことを恐れたのだ。

 自らが同胞を殺す死体の化け物の仲間入りする姿を想像し、そんな自らの恐怖を素直に認めた者たちの行動は正に勇退と呼べるだろう。

 彼らの恐怖の正体は、自分本位から来るものではなく、他者を思っての行動を責めることこそ、最も恥ずべきことだとわからないものはこの場にはいない。


 そして、そんな決意を固め、王都に向かうことを決めた竜人たちは、本気でリェンツェから国を取り戻すと誓う。

 必ずや生きて帰る。死ぬとしても、それは王都の呪いを解いてからだと。

 技量、精神共に最高の竜の群れと呼べるものが正に完成した瞬間だ。


 城へと向かうのは計105名。内、メッシュを含めた102名が竜人で、残り3名はジーク、クラリス、エリシアの人間から成る。


 一国を支配した王と矛を交えるには、あまりにも心許ない数だ。

 勿論、この采配には一定の理由がある。

 

 ここにいる竜人は皆剣士だ。

 竜人は魔法の素養には恵まれない傾向にあるが、代わりに人という種の中では抜きん出た肉体能力を持つ。

 剣をそこそこ振ってきた人間の剣士を5〜6人程度なら同時に相手取れる実力者、そんな者たちで構成された剣士の群れは、敵側からすれば数以上の脅威と言えるだろう。


 そんな竜の群れとも言える群れに、人間が三人混ざっているのは単純な理由によるものだ。

 王都近辺で戦う大半は剣士である。人間と竜人を比較すれば、肉体能力のみなら竜人に部がある。

 平たく言えば、竜人の方が人間よりも強いからという理由に他ならない。


 何よりも統率だって取りやすい。


 理想と現実は違う。

 結局は人間と竜人は似て非なる生き物。

 帰属意識やら心理的な食い違いやらの微妙な食い違いを纏め上げることができる者は仲間内にいない。

 かつてそれを実現しようとした王は、今や倒すべき宿敵になっているのだから、この世にはもう存在しないと言って良いのかもしれない。


 それに、頭数だけ増やしても敵に塩を送るようなものだ。

 王都の呪いによって、死者はアンデッドへと生まれ変わるからこそ、少数精鋭が望ましいと言える。


 つまり、同行する三人の人間は、戦闘要員としてはほとんど期待されていない。

 その役割の主は、竜人たちにできないことを担ってもらうためだ。


 ――ジークに関しては、時渡りの力で過去へと戻って、この破滅した未来を変えてもらわねばならない。


 竜人たちはリェンツェに敗北するつもりは毛頭ないが、生きて拠点まで帰れる保証があるわけではない。

 過去を変える手がかりを得たとしても、伝えられなければ意味はないのだからこそ、彼の同行は必須と言える。

 そんな勝つことも、負けることも、受け入れなければならない心理的な矛盾が、先の仲間の離脱に繋がった部分も否めない。


 無論、ここに残った戦士たちは、そんな心の葛藤に各人なりに決着をつけているからこそ、王都で戦うことを決めたのだ。


 故に、布陣はジークを玉として中央に据え、他の者たちは、彼に降りかかる火の粉を身を呈して振り払う。

 勿論、死んで壊れる盾になるつもりはない。砕けぬ矛として生き抜いて勝利を掴み取ることに関しては共通事項である。


 ――エリシアに関しては、リェンツェの下で動くノクトへの説得材料という点と、死神と呼ばれる黒い剣士との交戦歴があるという経験を活かすべく同行している。

 特に後者は、ネクロマンサーであるリェンツェよりも未知の存在だ。

 知らされている限りでは、エリシア一人で死神の撃退には成功し、死神はその後に城へと向かったという。

 そんな脅威の一つである死神は、味方というよりも敵と考えておいた方が良いだろう。

 しかし、死神の脅威度は、あくまでリェンツェやノクトと言ったネクロマンサーよりは低いと考えられている。

 

 今のところ、死神は剣士の域を出ない存在と考えられる。


 死神が全力を出していないと仮定しても、ここにいる竜人たちはエリシアよりも遥かに優れた剣士である。

 彼女の窮地が潜在能力以上の力を引き出させ、死神と互角の戦いを演じさせるに至ったのだろうが、裏を返せば一人の人間の女剣士で対処できたということだ。


 恐らくは対処困難に陥る可能性は低い。


 それでも死神は警戒対象には変わりない。

 伝え聞く通りなら、死神は魔法が全く通らない全身鎧を着込んでいるという。

 その鎧の硬度も未知数であるが、手立てがないわけではない。


 彼らにはそう言ったものに対処できる武具を、今この場に持参してきている。

 皮肉にもその武具は、今から打ち取りに行くリェンツェによって一時的にできた亜人種――ドワーフの交流によって得られたものだ。

 リェンツェへの対策も兼ねているのだが、いざという時はそれらの使用を想定している。


 ――クラリスに関しては、城内の案内と魔法による治療と戦闘を一任されている。

 城の中は広く、隠し通路なども多く存在する。そう言った知識は、実際に中で住んでいた者が一番詳しい。

 籠の中の鳥として、そこで過ごしてきた彼女ほどの適任はいない。


 一応、彼女の親であるリェンツェを説得できる可能性も多少は加味されているが、ジークが体験したという変わる前の世界線から察するに、そのことに関してはほとんど期待はされていない。

 リェンツェは人の心を完全に捨てた存在と大体の者が考えている。


 そんな人員たちで構成された布陣は、王都の闇の根源を目指して歩を進める。


 相手の戦力は未知数だが、王都から溢れるアンデッドよりも、その中枢たる城内を守護するアンデッドの方が量も質も優れたものだと考えられる。

 何せ、アンデッドの親玉であるリェンツェの根城だ。そこの警備が手薄だとは考え難い。


 城の内部へと移動するための転移門は破壊されている故に、彼らは正面突破を行う。

 全ては勝つために。そして、過去から見た今という惨状そのものを覆すために。


 かくして、平和を掴み取る戦いは始まった。



 モンスターの群れが現れたら、それに対処できる最低限の人員を残すことを基本行動としながら、歩を城へと強引に進める。


 トカゲの尻尾切りのような行動だ。その残す尻尾の役割は群れを成す血の通った仲間である。

 何も思わずにはいられないが、尾を引くようなこと――斬り伏せられる仲間などを見ることは、今のところ一切無い。

 それは先を進む者たちにとっては救いと言える。


 残した仲間たちの無事を祈りながら、前へ、前へと進み、遂に――ジークたちは、目的地である城が見えて来た。


 ここまで残った人数は、竜人15名、人間が3名。

 数はかなり少なくなったが、竜人の戦力に関して言えば、引き連れて来た中では実力者を温存できたことはかなり運が良かったのかもしれない。


 王国が滅んでからこの城の中の情報を持ち帰って知らせてくれた者がいない事を考えれば、ここまで来れたのは順調と言えるだろう。


 ……いや、順調過ぎる。


 この場にいる皆は口にせずとも、同様の疑問を抱いている。

 対処できないほどのアンデッドが日夜王都を中心に出入りしていることを知っている彼らは、ここまでの道のりに対して楽観的な感想を抱くことはできない。

 それこそ人の歴史の数だけアンデッドは存在すると言っても過言ではない。

 にも関わらず、ここに来るまでにいたモンスターは、手をこまねくような強敵はおらず、数に関しても想定よりは少なく感じた。


 誘われるような感覚を覚えずにはいられない。もしくは、中には所狭しと怪物の群れがいるのだろうか。

 後者にしては、城の方からは気配すら感じないのは気になるが。


 不安を押し殺しながら、彼らは城門に近づいた。


 ……そして、不安は一つの答えとして現れる。


 城門に無理やり破られた風穴がある。


 脳裏を過ったのは死神の存在だ。

 自分たちよりも先にリェンツェの首を取りに来たということなのだろうか。


 そんな事を考えながら、皆が城の中へと進んで行く。


 やはり中には誰もいない。

 ここを拠点にした方が安全なのではないか、そんな馬鹿げた疑問が過ぎるほどに。


 そんな考えは一人の竜人の言葉と共に消え失せる。


 ――見ろ、怪物の亡骸だ……!


 その言葉と共に、竜人の一人が指を指す方向に目を向けると、灰が点々と広がっていた。

 アンデッドは殺されると、灰へと姿を変える。

 それはこの世の理の一つ。死者の遺体を二度も弄ぶ事を、神は良しとは考えないということらしい。

 もっとも、ここは人の道理すら外れた者の本拠地。

 そんな常識は通じないかもしれないが、考えすぎてもキリが無い。


 確かなことは、ここで争いが起きたということ。

 そして、その灰の状態から察するに、戦いが起こってからそれほど時間は経っていない。


 全員が得も言われぬ緊張を感じながら、中へと歩を進める。

 煌びやかであっただろう城内の装飾品やら調度品やらの残骸に混ざりながら、かつてはモンスターを模っていた灰の量が増していく。


 争いがあったのは確かだ。恐らくは死神と王の戦い辺りと考えられる。

 この様相を目の当たりにした彼らは、死神への警戒度を大きく上方修正した。

 一介の剣士から、王国を滅ぼしたリェンツェと同程度へと。


 この先に何が待ち受けているかはわからないが、相手は強敵という大前提。

 各々が分かれて行動するということは自殺行為だと考え、纏まりながら行動することを崩さない。

 むしろ、その結束力は、少人数となった今の方が強いかもしれない。


 前へ進む度に警戒感が上昇し、ひんやりと冷たい嫌な汗が張り付いていく。

 それに従うようにゆっくりかつ慎重に歩を進める。

 そして、先頭を歩いていた竜人の足が止まった。


 部屋の一室から只ならぬ気配を竜人の鋭敏な知覚が感知し、遅れて同行する人間がそのことに気づく形で扉の先の状況を全員が把握する。


 扉の先にアンデッドがいる。

 第六感と呼ばれる特殊な感覚が、この先にいる敵の存在を捕捉した。


 各々が仲間の顔を見合わせ、この扉の先へと進むかの相談を行う。

 そして、すぐに答えはまとまった。

 彼らは戦うために、勝つためにここへ来たのだ。危険に立ち向かうのは必然である。


 決意を固めて扉を開ける。

 扉の先にあるのは、城内でも有数の広い部屋だ。催しなどの祝い事を行うときに使われる場所、平たく言えばパーティールームと言ったところである。

 その奥にいる存在を見た者は――


 ――あっ、あああ……!


 この中の竜人の中では若い方に数えられる男が押し殺すように悲鳴をあげる。

 先行していたからこそ、この以上にいち早く気づき、その驚愕が声となって漏れた。

 大口を開け、その方向を震えながら指し示す。

 遅れて、その若い竜人の見たものを認識した者たちは、彼と似たような反応を示した。


 一同の視線が城内のパーティルームの特等席へと向けられる。


 何処かに飾られているとしたら、趣味が悪いとしか言いようがない黒い甲冑は、闇を彷彿とさせる。


 さながら主催者ホストのように、さながら王のように。

 山の如く不動の態勢を取りながら、血を吸った赤黒い剣を床に刺して座すその様は、正に絶対者特有の隙だらけの態勢だ。


 ――黒い甲冑を着た死神。


 しかし、それだけなら彼らが――特に覚悟を決めてやってきた竜人がここまで驚くことはない。

 城門の風穴を見れば、誰もがその存在がここにいることくらいは想像していたのだから。


 驚きの理由は、死神を封じ込めるように纏わりつく怪物たちの方だ。


 蛇を思わせるような骨の集まりが、死神を椅子へと縛りつけ、人の倍の大きさはあるゾンビが三体、死神を凄まじい力で抑えつけている。


 まるで、アンデッドの拘束具だ。


 邪神か何かを封じ込めるような異様な光景である。

 その封印の儀を行うモンスターたちの人に似た顔のような部分が苦悶を描いているように見えるのは、果たしてこの場に居合わせた者たちの気のせいだろうか。


 間違いなく、あんな者に縛られながら原形を留めていられる死神はこの世の理から外れている。


 覚悟していたとはいえ、この一室は皆の想定以上のパンドラの箱だったようだ。


 その封印を解いた各員は、一斉に戦闘態勢に入った。

 竜人たちが持つ種族的な特性の一つとして、強さの嗅覚というものを感じる力が人間よりも鋭敏だということが挙げられる。

 しかも、ここにいるのは戦闘のプロフェッショナルだ。

 彼らは、一般的な竜人よりも強さを嗅ぎ分ける嗅覚は優れていると言える。


 だからだろうか。


 この剣士の強さというもののタガが外れているのに気づいたのは。

 それは視覚以上に事態の異常を伝えてくる。


 ただし、どれくらいの強さかを正確には把握することができない。

 彼らの持っている感覚の物差しでは死神の強さを測定するには短すぎる。

 下方から山を見上げているような圧倒的な感覚を覚えるだけだ。


 頼るように、一部の竜人たちの視線は自分たちの族長へと向かう。

 自分たちでは測りかねる死神という存在を、自軍の中で最強と呼べる存在はどう値踏みするかを知りたくて。


 だが、そんなメッシュの顔を見た部下たちは、すぐに視線を族長から外して死神へと戻した。

 族長に浮かんでいる表情が、自分たちと同じく高い山を見るような顔をしていたのに気付いたからだ。


 いや、山では未だ低い。

 雲や空よりも遥か高見にある、それこそ星のように途方もなく遠い存在なのだろう。

 ならば、自分たちが束にならねば勝てない。気を抜き、余所見している余裕はない。


 しかし彼らの感覚気管が警笛をあげているのは、どちらかというと、死神に纏わりついている怪物たちの方である。


 それは、竜人だけではなく、人間も同様だ。


 禍々しい外見だけで言えば、死神はアンデッドよりも威圧感を覚えるものを持っている。

 しかし、どうしてもアンデッドの方を見入ってしまう。


 アンデッドは人類の天敵である。

 どんな生物だろうが、自分たちの天敵には敏感に反応してしまう。本能に刻み込まれているのだから仕方ないことである。


 しかし、そう言った本能的に嫌悪感を示す部分が死神にはあまり働かない。

 そもそも、剣を携え、鎧を着ているのだとしたら、人の範疇のようにも感じられるからだろうか。


 だからと言って分かり合えるとは思えない。

 状況から察して、死神の脅威度は自分たちの想定よりも遥かに上だ。

 願わくば、その刃の向かう先が自分たちでない事を彼らは祈った。


 そんな願いはゆっくり――確実に断ち切られる。


 ……がちゃり。


 鎖が切れるように、骨の蛇を思わせる拘束具が決壊し、死神が立ち上がる。

 未だゾンビによる圧力があるにも関わらず、それをものともしない動きで大剣を手に収めた。


 ……直後。


 閃光が走り、死神を抑えつけていたゾンビ共は、死神が座していた椅子ごと斬り伏せられて灰と化す。


 太刀筋はやはり一級品と呼べるものを宿している。

 怪物の持つ怪力をものともしない死神は、あくまで剣士として戦うようだ。

 それが死神の拘りなのか、美学なのかはわからない。

 わかることと言えば、死神の目標は間違いなく自分たちだ。

 牛歩の如く遅い歩みで、ゆっくり――そして、確実に此方へと向かってくる。

 どうするべきか。そんなことを考えられる時間があるのは、彼らにとって運が良かったことの二つある内の一つ。

 そして、もう一つは、アンデッドという本能的に人々の視線を奪う存在が消滅し、それが今まで埋没していた一人の人間を炙り出したということだ。


 ――ノクト!


 最初に人影を視認したのは、自軍にいる玉の少年だった。

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