33話『消え行く世界の人々(王女)』
王女――クラリスの運命は知らされていたものとは変わっている。
クラリスの父であるリェンツェが自国を地獄に変えたことも、ジークが時を超えてクラリスを守りに来たことも、彼女が生きているこの時間軸で実際に起こった真実だ。
その話と若干異なる箇所については、ジークが時の流れを変えるために動いた事によって生じた変化の範疇だと考えられる。
変わる前の世界のクラリスは、誰にも頼らず王都で父の罪の形であるモンスターと戦い、そして、死神に首をはねられて殺されるという惨たらしい最期を迎える。
その世界線にジークが介入して死神の斬首を止めた結果、クラリスの死の運命は一時的に覆るが、結局は実の父親であるリェンツェに殺されてその短い生涯を終えることになる。
そんな王国の未来を知ったジークが過去で行動したことによって、クラリスに仲間がいる世界へと生まれ変わる。
変化した今でも絶望的な状況には変わりないが、いつか平和が訪れると信じてクラリスたちはその世界で必死に戦ってきた。
そして、死神にクラリスが殺されるその直前、ジークが時の使者としてやって来たことで、その運命は好転したと言えるかもしれない。
しかしそれは、彼女が抱いていた不安を加速させる結果にも繋がった。
胸中にあった考えの一つが、ジークが過去から時を超えてやってきたことによって、強く警笛をあげ始める。
ジークが過去で動く前の世界と、ジークが過去で動いた今という世界。
その両者共に、節目となる部分は変わらないように感じられるからだ。
――クラリスは死神に殺される運命だった。
――ジークが介入して、クラリスの死の運命は覆される。
――彼が現れたことによって、仲間内に勇気が芽生えて後押しされる形で父との戦いに挑みに行く。
――そして、勝算が低い戦いだということを認識ながら、これから父と矛を交えようとしている。
なぞるような錯覚を覚えてしまうのは、果たしてクラリスの考え過ぎなのだろうか?
そして、このままなぞるように時が進めば、リェンツェに敗北する。
時の流れは変えられる。
しかし、さざ波程度の変化は許されても、大きな流れには逆らえないのだとしたら、このまま皆が滅び行く定めなのかもしれない。
皮肉なことに、勇者の登場は、彼が最も救いたかったはずの王女の心に小さくない陰りを齎していた。
◆
「――で、ここが俺の――いや、俺たち墓か……」
この時間軸を生きていた自分の墓、そんなものを見せられて彼は何を思うのか。
墓とはいえ、その下に遺体が埋まっているわけではない。
ジークが見ているのは、戦死者を祀るために設けられた簡素な石の慰霊碑だ。
戦いの只中に死者を弔う余裕がないということも理由ではあるが、この国がリェンツェに支配されて以来、人の死体を埋葬するという文化は完全に無くなった。
アンデッドの媒介となるのは、人骨や腐った肉の付いた死体が主。
埋めた死体が王都の呪いに当てられて、アンデッドとなる可能性がある。
一箇所にまとめておくと、死体の化け物の発生する可能性が高まるため、死者は灰にして風に運ばせてばら撒く形で供養する。
つまり、遺骨といった生前その人物を成していたものは一切残らない。
言うまでもなく、以前はこのようなことを皆が強いられる必要は無く、個々人の思想によって死者の弔い方は一任されていた。
リェンツェが王都に呪いをかけたことによって変わってしまったこの国の変化を表すものの一つと言える。
そのため、ここには死んだ仲間たちの骨は一欠片も埋まってはいない。
あるのは想いだけ。生き残った者たちが、死者に思いを伝える場所を望み作ったところだ。
そんな場所に来た理由はジークが望んだからに他ならない。
城に攻め込む前に、この世界で一緒に戦っていた自らの同志たちに一目会っておきたいという本人たっての望みからだ。
「この時間軸を生きていた貴方は、たくさんの人々に慕われていました。いつも皆の心を明るく照らすその様は、正に太陽のように明るいものだったと記憶しております」
――諦めなければ、必ず希望はみつかる!
この時間軸を生きていた彼の口癖は、折れそうになった仲間の心を何度も救ってきた。
そんな人々を明るく照らす強い光を持つ人物を、クラリスはジーク以外にもう一人知っている。
しかし、その人物は今や闇の象徴と化して、この国の宿敵となってしまっているが。
ジークは慰霊碑を見つめながら言う。
「未来の俺がどんなやつだったのかはわからない。多分、みんな美化している部分もあると思う。俺も恐怖を感じることはあるし、何度も挫けたり、逃げたりしようとしたことだってある。だけど……」
握り拳を作りながら、彼は力強い瞳をクラリスに向けて続ける。
「みんなが平和に暮らせない世界だけは絶対に嫌だったのは確かだと思う……!」
そう述べる彼の瞳は、やはり皆が知る正に勇者と呼ぶに相応しい光を帯びている。
そんな光源そのものである彼だからこそ、この絶望的な状況を打開することができると皆が自ずと信じられるのだろう。
そうでなければ、人間に裏切られた竜人族の長が、再び人間に心を開くことはなかっただろう。
そんなジークに宿る強い熱は、クラリスの記憶の中からある人物を呼び起こさせる。
――私は真に平和な国を築きたい。
このような地獄の王都を作り上げる前の優しかった父の言葉がクラリスの脳裏を過り、その父の姿が明確に目の前にいるジークと重なった。
紛れもなく昔の父は、王として平和な国を望んでいたとクラリスは確信している。
その考え方に身内贔屓が含まれているのは否定できない。
自らの父が国を滅ぼす存在に成り下がったとはいえ、未だ何らかの理由があってのことだと思いたい気持ちが彼女の中には残っているのかもしれない。
確かなのは、そんなジークが放つ光を目の当たりにしたクラリスの内心に蔓延る闇、それがほんの少し晴れるのを感じたということ。
人を動かすのは強い情動だ。
決して不可能と言われていた人類の融和を進めたかつての父と同じ強い光を宿すジークに対して、クラリスは突き動かされるような衝動を感じずにはいられなかった。
彼の行動で時の流れが変わったのは事実なのだ。
だったら、諦めなければ必ずこの国に平和は必ず戻って来るに決まっている!
時の強制力などというあるかもわからない曖昧なものに負けてたまるか!
そう思い自らの胸中に喝を入れる。平和を諦めている者なんかに、平和なんて掴むことはできないのだから。
クラリスはそんな熱の宿る瞳の持ち主に生じた思いを告げる。
しかし、クラリスがジークに告げる言葉は、そんな熱に動かされた情動とは少し違う。
先程まで感じていた不安と、生じた強い熱が合わさったもの――彼女の中に過った忌諱である。
「貴方の光はとても強い。それは私たちにとって希望の象徴と言えます。しかし、それは――その光はかつての父と同じです。だから、どうか、貴方は父の二の舞にはならないでください……!」
強い光は人々の目を眩ませる。それがこの国の人々の盲信を生み出し、そして今の悲劇を招いた。
そんな父と同じものを宿している彼が、父と同様の末路を辿るような気がした。
王の暴挙を最も近い場所にいながら止められなかったその娘が、同じ力を持った勇者にかけた言葉は同じ悲劇を繰り返さないようにするための忠告だった。
そして、勇者はその忠告を確と受け入れた。




