29話『玉砕覚悟の情報収集』
室内に入り、俺はノクトの行動から得られた情報を聞く。
ネクロマンサーは、魂を操る魔法使い。死体に魂を取り憑かせたり、精神を動揺させることで魂を抜いたりすることができる。
俺が一度目の夢の世界で殺された理由は、隣にいたクラリスが死んだことが起因して、精神的な動揺を起こしたからだと考えられる。
それに耐えるためには、強靭な精神力を保つことがカギ。
ただこれらはノクトの行動を客観的に見て得た情報でしかなく、能力の全容はわからない。
そして、その師匠でもあるリェンツェも同様だ。
そんなリェンツェはこの時間軸から見て二年前から籠城を決め込んでいるという。
王都に発動させているアンデッドを生み出す呪いの維持のためには、定期的な魔力の供給が不可欠だと考えられる。
そんな内容を一通り話し終えた頃、クラリスが頭を下げた。
「申し訳ありません。私の父のせいで、こんなことに……」
全ては王が原因。話の主軸は、どうしてもリェンツェ――クラリスの父親とは切り離せない。
居た堪れない気持ちになっても無理はないだろう。
だけど、メッシュさんはそんなクラリスの謝罪に対して、首を横に振る。
「謝罪は口にしない約束だ。知らなかったとはいえ、俺も竜人族の族長として、国王の悪行に加担した。なら、その責任の一端は俺にもあるし、それを御しきれなかった部下、ひいては国民のせいだ。謝り出したらキリがない」
「……そうでしたね」
そう言われても、実の親が大厄災の首謀者であるという十字架はクラリスからは消えないだろう。
それでも、この世界で生きているクラリスは変わる前の未来の世界よりも随分気持ちにゆとりがあるように思う。
少なくとも孤独ではない。それは、クラリスにとって少しでも救いになっているらしい。
「一応、国内の情勢を簡単に説明しておくと、この国は今、大きく分けて二つに別れている。リェンツェが率いるモンスターの軍勢と、それ以外の国内にいる人と言われる種全員だ。平たく言えば、アンデッド対人類という構図だが、残念ながらこの戦いが始まってから人類は一枚岩になれずに時が過ぎてしまった」
人類が一枚岩にならない理由は幾らでも思いつく。
特に、リェンツェという人間と亜人種の旗本だった王の叛逆は大きい。
この状況下で人間同士が纏まるのさえ難しいのに、人間と亜人種が結託するなんて不可能に近い。
そもそも、亜人種の中にも、竜人やエルフなどと細分化される。
事態の収集どころか、軽い内輪揉めすら起こったという。
その辺りを俺が理解したことを確認し、メッシュさんは続ける。
「だから、俺たち人類側はただでさえ劣勢な上に統率力というものがまるでないまま、沢山の人が死んでいった。今やまともな部隊すら整えられずにここで関所みたいな活動をしながら、少しでも王都のモンスターを減らすことで限界だ」
今残っている戦力も、もうジリ貧。その上、他国からの支援も望めないのもわかる。
加えて、敵勢力の底は全然見えないときた。
「打つ手なし……なのか……!」
どう贔屓目に見ても絶望的な状況にしか思えない。だが、メッシュさんは俺の言葉を否定した。
「いや、希望はある。お前が時空を超えてやってきてくれたことは、ある作戦を実行に移す契機となった。5日後に、今いる人員の中から選りすぐりを連れて、城に乗り込む予定だ」
酒で唇を潤し、メッシュさんはニヤリと笑った。
「何か打開策があるのか! メッシュさん、俺にできることなら、何でも協力する! 遠慮なく言ってくれ!」
「そうだな、これからジークに任せることはかなり酷になるが頼めるか……?」
「勿論だ、遠慮なく言ってくれ! 剣技は学んできた! 片腕だけでもそれなりに戦えると思う」
希望があるならそれに賭ければ良い。
片腕しか無い俺にできることなら、本当に何だってやるつもりだ!
「ああ、必ずやり遂げるよ!」
「――じゃあ、ジーク。お願いね!」
俺の言葉にエリシアが反応し、俺の手を掴みながら笑みを見せた。
……ん? なんだ急に、どうしたんだ?
「私からもお願いしますわ、ジークさん」
クラリスも、俺の手を掴み笑う。
一体みんなは俺に何を望んでいるというんだ?
そもそも、よく考えれば俺一人が増えたところで戦況が変わるとは思えない。
たしかに人より剣技には自信がある。それだけ鍛錬してきたから当然だ。
だけど、今は片腕しかない分のハンデがある。そもそも敵戦力は未知数。
隻腕の剣士一人が増えて戦況に何の変化が……。
……いや、待てよ。
俺が来たことが希望になったとメッシュさんは言った。
この未来の時間軸で生きていた俺がいた頃には無理で、時空を超えて過去から未来であるこの世界にやってきた俺にはできること。
それは、過去へ戻って、やり直しができる。俺が来たことでメッシュさんたちに生まれた希望は?
リスクが高いものということも推測できる。では、それは何なのか?
……玉砕覚悟の特攻。
嫌な考えが脳裏に過るが、俺のその考えを肯定するかのようにメッシュさんは笑う。
「へっ、色男は辛いねぇ。二人の美人がお前を頼りにしてるぞ! せっかく遠路遥々未来にきたんだ、ド派手に突っ込んで、リェンツェたちの隠している情報も過去への手土産として持っていけ!」
……いや、笑えるわけがない。
話の流れからして、勝算があるようには思えない。
「勝算はあるのか?」
俺の問いに、メッシュさんの笑みを浮かべるが、その中に諦めのようなものが浮かんでいた。
「全力で城の中の隠されている秘密を炙り出すつもりだ。勿論、俺らの命はジークが一つでも多くの情報を持ち出せるように使う」
どうやら、メッシュさんは本気らしい。
……ただ、俺の問いには答えない。勝てるとは言わない。
俺はそんなメッシュさんから視線を外し、今なお俺の手を握るエリシアを見る。
「お前……俺に言ったよな!? あの言葉は嘘だったのかよ!?」
――私たちはあんたの世界の夢の住人じゃないわ!
――このローブル王国を――今をしっかり生きる人間よ!
そう言い俺を叱咤したのはエリシアだ。こんな考え方、あの時と真逆で今をしっかり生きる人間の考え方ではない!
エリシアは答えた。
「これは、アンタにとってはただの夢よ! 起きたらその腕の痛みも何もかもが無かったことになって、過去に戻る。そうだったわね!」
努めて明るくエリシアはそう言い切った。
確かに、これは俺にとって夢だ。この世界も、俺が目を覚ましたら消えてなくなる。
それでも、エリシア達はしっかりとこの世界を生きている。
なのに、都合の良い時だけその言葉を使わないでほしい。
俺をぶん殴ってまで否定したその言葉を……。
「じゃあ、なんであんなこと言ったんだよ……!?」
「決まってるでしょ? 過去に戻って、未来を変えるなんていう反則技、私たちには使えない。覚める夢だからって、無茶してあんたが死んだら、今まで集めた情報を伝えられないじゃない。だから、あの時はつい熱くなっちゃっただけ。叩いたことは……ごめんなさい」
なんだよ、それ……。
無茶苦茶じゃねえか!?
「ジークさん。もし次に未来に行くことがあって、私が死にそうになってたとしても、その時は見捨ててください。私なんかよりも、貴方の命は遥かに重いのですから!」
クラリスはそう言い、エリシアと同じように俺に笑いかける。
……はじめてだ。
クラリスが笑っても嬉しくないなんて。
メッシュさんは諦めたように言う。
「とりあえず人員を集めるまで未だ日はある。今持っている情報をお前に叩きこんで、過去にお前が戻った際に最善を尽くせるように行動方針を与える。そして、一番有益な情報をくれる可能性が高いのは、お前の友だち――ノクトだ。もしかしたら、完全にリェンツェの傀儡になってるかもしれんが、その時はまぁ臨機応変に対応しよう」
メッシュさん達の覚悟は固いらしい。
周りの物分かりの良さからして、おそらく俺が時を超えてやってきた場合のプランは既にできていたのだろう。
正直嫌だ。俺に情報を集めるためだけに、勝算なく突っ込むなんて。
……。
だけど、この腐った未来を変えられるのは俺しかできない。
この案に乗らなかったら、それこそみんなの決意は無駄になる。
こんなやり方は認めたくないけど、明るい未来を作りたい気持ちは同じだ。
……わかった、やるよ、やりますよ。
だけど、言いたいことがある。
俺だけにやらせるな、という意味を込めて。
「一つ約束してくれ……!」
「なんだ、ジーク。多少のわがままなら応えてやろう。何せ、お前はこれからこの未来を覆してもらわなくちゃならないのだからな!」
そうか、なら特大のわがままかましてやるよ。
たかがクソガキの、見た目は15歳、中身は11歳の勇者様が、人生の先輩方たちに、未来を覆すのと同じくらい難題を与えてやる!
「情報収集なんてケチなことしてないで、リェンツェからこの国を取り戻して来い! それがこの馬鹿馬鹿しい賭けに乗る条件だ!」
メッシュさんは目を見開き、考え込む。
「それはまた難題だな。たかが人間の子ども一人に、全てを託さなければならない情けない現状を知ってその望みを言うとは……。でもまぁ――」
がははと笑い、メッシュさんは強者の笑みを浮かべた。
「――上等じゃねえか、ニンゲンの若造! 竜人族族長――メッシュ。お前の望みを必ずや果たしてみせよう!」
啖呵を切ったそれは、諦めて投げ出した者の表情ではない。
俺は諦めない、彼らもまた諦めていない。
そのことがわかって、俺はようやく心から笑えた。




