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28話『それでも勇者は友を信じたい』

 本当に悪い夢だと思いたい。

 だけど、切られて失くなった腕が疼く。その痛みがこの世界を夢ではなく現実だと告げている。

 無二の親友が敵であることを、俺の心は受け入れる事を拒み続ける。



 この未来の世界を基準にして遡ること約1年前。

 この時間軸に生きていた本来の俺は、仲間たちと共に、王都から漏れ出るアンデッドを討伐していた。


 そんな黄昏時のある日のこと。突如、昼と夜の境界線と言える時間に、アンデッドの群れをかき分ける人の影が一つ現れる。

 死者の群れの中に平然と立つ人間というのは、異様なもので、その場にいる者の大半の心を縛りつけたという。


 その影の正体は、王都が陥落して以来、一切の消息がわからなかったノクトだ。


 そして、その場に居合わせた者全員に告げる。

 それは、人類への戦線布告だった。


『突然だけど、ここにいる君たちは、死霊術師(ネクロマンサー)である僕の実験台となってもらう。これも偉大なるリェンツェ国王陛下のためだ。確と受け入れよ』


 直後、黒い風が吹き抜け、一瞬で十数体の死体ができあがる。

 そして、その死体に偽りの魂が宿り、アンデッドへと変貌を遂げた。


 何らかの呪術を使ったらしい。


 生還者が言うには、魂を抜かれるような感覚を覚えたという。

 生き残った者の大半は、凄まじい疲労に襲われてその場に倒れ込んだ。

 その生き残りの中には未来の俺もいた。


『うーん、魔力のコントロール調節には、まだまだ改善の余地があるな。あとは範囲の選定。それから――』


 人を殺したにも関わらず、ノクトはまるで意に介していなかったという。

 先程行った魔法の考察をしながら、アンデッドの群れを引き連れ、そのまま城へと歩を進めた。

 刈り損ねた生き残りには一切目をくれずに。


 あくまで人を殺すためというわけではなく、一定の兵力増強と魔法の練習と言わんばかりの態度だったという。


 そんな態度に未来の俺は立ち上がり、モンスターの群れをかき分け、ノクトに詰め寄る。


『なぁ、ノクト! お前のことだから、リェンツェに加担しているのも何か理由があるんだよな!?』

『うるさいなぁ……』


 近づいてきた俺に、隠し持っていた小刀を突き刺す。

 面倒気に、そして一切の躊躇いもなく。急所を一刺しだった。


『……なんでこんなことを!?』


 死に際の俺の疑問に、ノクトは口元に手を当て、


『昔は貴族と平民、今なら闇と光。そして、これからは生者と死者だ。僕と君とでは、住む世界が根本的に違うんだよ』


 と述べる。

 そして、死に行く俺に背を向けながら、言葉の続きを繕った。


『僕はね、昔から君のことが嫌いだったんだよ。やろうと思えば、本当はさっきの魔法でも殺せた。だけど、屍の群れに君が加わるのが不快だったから、命拾いさせてあげたというのに。ほんとバカだなぁ……』


 これがノクトの魔法から生き残った者たちが伝えた、この世界で本来生きていた俺の最後だ。

 クラリスが使っていた城の庭園と、池のほとりを繋ぐ転移魔法陣も、リェンツェが死者の国を作り上げて以来全く起動しないらしい。


 俺が予知夢で見た内容は、ノクトに全て伝えてある。

 つまり、ノクトはリェンツェのために動いていると考えられる。


 その件を皮切りに、ノクトは王都周辺にいる、自警団やその外にある小村へ出没して、アンデッドを――リェンツェの仲間を増やしているという。



 俺はに未来のリェンツェが王国を滅ぼすという話をクラリスにした。

 実の父が、そんなことをするとは受け入れたくない、彼女はそう俺に言ったのを覚えている。

 あの時の気持ちは、なんとなくわかるつもりだった。

 だけど、それは本当に、わかるつもり(・・・)だっただけだ。


 これが事実だということを頭では理解している。

 だからこそ、苦しい。頭と心が別の方向を向いているから。

 このまま身体が引き裂けてしまう、そんな気さえしてしまう。


 ……きっと、あの時のクラリスはこんなどうしようもない感覚だったんだろうな。


「……ジークさん、大丈夫ですか?」


 クラリスの声で我に帰る。

 どのようにしてここまで来たのかはっきり覚えていない。

 ただ流れるまま、二人に着いて行っただけだ。


 ここは王都の外れ。

 大きなほったて小屋は、リェンツェに刃向かうレジスタンス達の拠点。

 変化する以前の未来の世界にはいなかった、クラリスの仲間たち。

 確実に未来は変化している。全ては俺が過去で行動したから。


 だとしたら、ノクトが俺を殺す未来も、俺が招いたことなのか?

 それとも初めから決まっていた未来なのか?


 ……。


 そんな事を考えていると、中から人影二つ出てきた。

 俺のことを説明しに先に中へ入った、エリシアが中にいる人物を連れてきた。

 その人物は、暗がりからまるで蘇った死人を見るかのように、俺を見ていた。

 その後、驚愕に見開いた目は明確に不機嫌なものへと変わった。


「……姿勢が悪いな。昔はこんな辛気くせえやつじゃなかったのによぉ。まぁ時渡りの魔法があるとしたら、俺の知っているジークとは別人か」


 酒臭い匂いが鼻をつく。

 こんな世界になっても娯楽はあるのか、なんて事を考えていたが、目の前の人物を見てそんな考えはすぐに消える。


 事前に聞かされてはいたが、実物を見るのは初めてだ。

 知識にはあっても、想像の数倍は威圧感があるように感じる。


 暗がりから出て来たのは、体表が鱗に覆われた竜を思わせる人間だ。

 いや、実際に竜人と呼ばれる人間の近縁種であるから、その認識は正しいのだろう。


 そんな男は酒瓶をラッパ飲みする。

 緊張感は無いに等しい。そんな態度は大物だからなせるものなのだろうか。

 ただ今の俺にとっては、豪胆というよりも、無配慮か無神経に映る。

 竜人族の族長――メッシュ。


 俺は彼を知らない。でも、彼は俺を知っている。

 時の歪みが齎したことによる、不可思議な出会い。

 それは、片や初見であり、片や再開でもあるという矛盾を、正しいものとして同時に成立させる。

 ただ、お互いに共通して、良い感情は浮かんでいないのは確かだ。


 紅い体よりも更に紅い眼光が、俺を値踏みした後、背後から覗く尻尾が不機嫌そうに跳ねた。


「俺たち竜人は、ナヨナヨしたやつが大嫌いなんだ! 戦う覚悟が無いのなら、こんなやつその辺に捨てていけ! 指揮が下がる!」


 メッシュさんの言葉はきつい。竜人特有の勝気さがそうさせているのか、それとも個人の性質からか。


 だけど、いくら勝気な竜人とはいえ、こんなやつが、人の上に立っているというのはどうかとも思う。


 俺は不貞腐れ目を背けた。


「ダチの裏切りなんて生きていたらいくらでもある。現に、俺とリェンツェは友だったが、裏切られ、利用され、挙げ句の果てに、知らない内に王国の崩壊に加担させられたくらいだ」


 俺の事情はエリシアに聞いたのだろう。リェンツェは王として亜人種と信頼関係を築いていたと聞く。

 だから、友だちが離反した悲しみが、わかると言いたいらしい。

 しかし、そんな言葉をかけられても今の俺は心ここに在らずだ。

 そんな俺を他所にメッシュさんは続ける。


「だが、ノクトはリェンツェと違って、少々毛色が違う部分がある。練習と称して俺たちの前に現れては人を屍の化け物に変えているが、何人かは生き残ることがある。これが偶然かどうかはわからないが、そのおかげで皆ネクロマンサーのことが少しだけ詳しくなった」

「……それって?」


 俺は背けた目をメッシュさんに向けた。力強い瞳は、太陽のように、熱を帯びている。

 その焼かれそうな熱の中に、優しい温もりを感じた。


「ノクトがリェンツェに従った振りをしているという可能性は捨てきれない。勿論、あくまで可能性に過ぎないが、俺たちにその可能性を説いたのは、お前のもう一人の友だちだ」


 俺はエリシアの方を見た。


「……エリシア。お前は未だノクトを信じてるのか?」


 俺の問いかけに対して、僅かにエリシアの目線を下げる。


「私の考えを押し付けるつもりはないわ。事実、多くの人間がノクトに殺されたし、その中にこの世界で本来生きていたジークも入っている。自分が信じた友に殺される未来を、過去からやってきたアンタがどう思うかはわからない。それでも――」


 エリシアは、俺の目を見て言い切った。


「――それでも、私はノクトが人々を苦しめる世界を望んでいないと信じてる!」


 ……ああそうだった。

 ノクトは国王を――リェンツェを尊敬してはいた。

 ただ、それは国を良くする姿勢に対してだ。

 こんな人が苦しむ世界を作ることに対して、喜んで協力するようなやつじゃない!


「……エリシアの言う通りだ! きっとあいつなりの考えあっての行動に決まってる!」


 もし人道を踏み外してたら、ぶん殴ってでも止めて罪を償わせてやる……!

 俺がそう言うと、メッシュさんは少し笑った。


「ふん、多少は俺の知ってる、太陽みたいに明るい雄に戻ったじゃねえか!」


 さっきまで不機嫌そうに跳ねていたメッシュさんの尻尾は、嬉しそうに跳ねた。

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